第4話 歪 ~ミスマッチ~
「──ふふ、何人誘ったか知らないけれど、正直六人も集まるとは思わなかったわ」
騒動から十分ほど経過した。六人は皆それぞれ席に座し、異様な雰囲気のまま誰も喋らない時間が続いていた。その沈黙を一人の少女がようやく破り、口火を切ったのだ。
彼女は名を
その印象は、一言で言えば『黒』だった。
長い漆黒の髪に黒いセーラー服──そういった直接視覚的な意味での黒。加えて、微笑を浮かべる口元と、反対にどこか冷ややかな眼差しという、どこか歪な組み合わせが、整った顔立ちを人に、仮面のようだと思わせる。そして仮面の奥の表情は見えず、その得体の知れなさが──暗闇の中にあるかのような曖昧さがまた、彼女を『黒』たらしめていた。とはいえ、真っ白な部屋で彼女の服装は、浮き彫りになってよく映える。白椅子へ軽く座す影木は、テーブルの上のぬいぐるみを見ながら、からかうような調子で続けた。
「あんな胡散臭い流れ作業みたいな勧誘でよく来たわね、皆」
「失礼な物言いロクね」
不満の声があがった。声の主は件のマスコット、クソラグくんである。
「ひょっとしてホログラムだったことについて文句ロクか? 君達学生と違って僕は忙しいロク、一々一回一回一人一人の前に出て解説していたら体がいくつあっても足りないロクよ」
すると、クソラグくん──マイクを通じて喋っている『中の人』は悪キューレ姉妹のプラだ──の弁明に対し、今度は別の少女が小首を傾げながら手を挙げた。
「ひとつよろしいかしら」
ベースは令嬢風の少女である。縦巻きにロールされた質量のあるブロンドの髪は、さながら中世貴族のようであり、俗にいえばドリルのようでもあった。現代日本では冗談のような外見だが、所作や佇まいにはどこか気品が漂っており、その髪は地毛で、実際にそれなり身分なのだろうということが察せられる。いや、それなりの身分『だった』のだろう。何せ歪だった──というのも、生流琉が令嬢風というのは首から上に限っての話であって、服装は上下共にピンク色のボロボロのジャージだったのである。恐らくは学校指定のジャージであり、胸元にはしっかりと『生流琉』と刺繍されていた。それに、よく見れば頬もこけている。確実に、何かあったのだろう。
「何ロク?」
しかし生活水準不明の少女、生流琉に悲壮なオーラはなかった。寧ろ今は気力に満ちている節があり、どこか楽しそうだった。そんな生流琉が、クソラグくんに尋ねた。
「クソラグくんはあなた一羽だけですの? クソラグくんといえば『ネオ・ラグナロク』の世界では有名なアニメの人気キャラクターで、世界各地にテーマパークもあるはずでしょう」
「いや、一羽だけロク」
生流琉は口元を抑え、「ええ!?」と、驚きの声を上げた。
そこに「──失礼」と、眼鏡をかけた少女が切り込む。
彼女は決して大声で騒いだ訳ではなかったが、芯の強さをイメージさせる声はよく通った。雄々原は、この場に支配的な白に同調する様な純白の学ランに上品な白手袋を身につけている。だが、それは単なる男装という訳ではない。腕には生徒会と書かれた腕章が巻かれていた。白学ランは彼女が通う伝統校の生徒会長が、代々身に着けてきた特注の制服なのである。雄々原はその校で──歴代初の、女子生徒会長だった。彼女の所作は、優秀さと自信に裏打ちされた確信に満ちている。
「随分驚いているようだが、君の指摘した内容──それは『ネオ・ラグナロク』なる作品の、単なる作中設定では無いかね。その妙なフクロウのグッズなど当然私達の世界には存在しない、私はフクロウが一羽でも特におかしいとは思わないが」
眼鏡を軽く押し上げながら、雄々原は言った。そして瞬間、キランと光る。光ったのは眼鏡ではなく、生流琉死殺の目だった。
「いいえ、大問題ですわ! 私が指摘したいのは、今回の私たちが招集された経緯、その原作設定とのズレ! 私、今回の勧誘が立体映像で行われたことに、ずっと引っ掛かっていましたの! 偉大なる原作様『ネオ・ラグナロク』におけるクソラグくんはただのぬいぐるみではありませんわ。クソラグくんは大人気キャラクターなのです! 街中で配られたファイルやポケットティッシュにプリントされたイラスト、たまたまつけたテレビ、消しゴムの帯に鉛筆のキャップ、街中に貼られたポスターに至るまで、日常のシンボルと言える程ありとあらゆるところにクソラグくんが蔓延っていますわ! そして物語は様々なそのグッズ達がある日突然、選ばれた高校生たちに語り掛けるところから始まりますの。『おい、お前。お前ロク。この声が聞こえているロクね? フークッククク、そう俺ロク、ご存じクソラグくんロク。喜べ、お前はラグナロクを戦う戦士に選ばれたロク』──以上は一話のクソラグくんの台詞の引用ですわ。『ネオ・ラグナロク』という作品は、大枠で見れば単なる能力バトルもの、デスゲームものに部類される一方で、日常を侵食する非日常というホラー文脈も所謂フレーバーとして取り入れています。クソラグくんの声を聞いた高校生たちはその事を周囲に訴え、しかしその声は決して周りの人には認識されず、幻聴、幻覚の類だと思われ、全く信じてもらえない──けれど、彼等の耳にはクソラグくんの声が聞こえ続けますの。クソラグくんのグッズが蔓延った社会に逃げ場などありませんわ! そして、そんな彼等の事情や思考、行動とは無関係に、その声を聴いた能力者である高校生たちはある日ある時突然、闘いに強制招集されるのです! 『意識はふいに暗転し、気付けば真っ白な部屋に立っていた』と──二十三話、二章開幕からの引用ですわ! 少年少女を闘いに誘う黒幕、その正体や力は得体が知れず、不気味で抗い難い程に圧倒的! そういった要素も『ネオ・ラグナロク』の魅力の一つなのですわ! まぁ四章で黒幕の悪キューレ姉妹が表舞台に出てきてからも当然面白いのですけれど!」
怒涛──長台詞。
話す内にどんどんヒートアップしていった生流琉は、途中からはもう席から立ち上がっており、最終的には天に向かって拳を突き上げていた。ほとんど無呼吸で捲し立てた為酸欠寸前になったのか、顔を真っ赤にし、しかし満足気に肩で息をしていた。気品は失せ、ボロのジャージが似合っている。彼女がどこか楽しそうだった真相は、つまり、そういうことだった。
「大ファンね」
ふふ、と影木は微笑みを絶やさず、しかしどこか困惑したように言った。
「つまり?」
「原作と設定が違いますわ! リスペクトに欠けたクソ実写化はやめてくださいまし!」
「実写化」
彼女は一連の出来事をメディアミックスとして捉えているらしい。生流琉はそのまま両手でテーブルを叩き、クソラグくんに訴えかけるように意気揚々と言葉を続ける。
「そもそも原作のヴァルハラにはテーブルも椅子も無かったはずですわ! 『真っ白なだけの何もない空間』だと原作二話にありましたもの!」
「ふむ──ちょっとその前に良いだろうか」
そこでまた、雄々原が切り込んだ。
「君の話には早口で何を言っているのか解らない部分や聞き取れたが何を言っているのか解らない部分があったが、今のように原作からの引用を挟んでいたね。しかし私の調べでは、『ネオ・ラグナロク』は既に削除されたそうだが」
「ふっ、私一言一句とはいかずとも、原文の八割・九割は記憶していましてよ! 何せ私は『ネオ・ラグナロク』第一章からのファンですわ! 削除される前に原作を何百周したことか、『ヴァルハラにようこそ』という隠れ家的ファンブログも運営していましたわ!」
「隠れ家的というのは?」
雄々原が尋ねると、影木が補足した。
「検索避けを施しているということでしょうね。普通に『ネオ・ラグナロク』で調べただけじゃ、サイトは見つからないようになっている。原作との距離感を配慮したネット文化。違うかしら?」
「その通りですわ!」影木の補足に、生流琉は満足気に頷いた。
「なんだ、君もその、所謂オタクだったのかね」
「あら、この流れで言われるのはちょっと心外ね」
「いやいや、オタク結構。生憎私は『ネオ・ラグナロク』とやらを拝読したことは無いが、何かに熱狂し、真摯に向き合う姿勢は理解できる。誰かに否定されるべきではないだろう」
腕を組み、頷きながら雄々原は続けた。
「そしてジャージの君の主張も概ね理解した。原作との乖離、つまり『ネオ・ラグナロク』という作品の再現にしては現状には粗が目立つということだね。確かにあの映像での勧誘は、人気キャラクターのグッズが高校生を殺し合いに無理矢理誘う──というものからはやや遠い印象はあるだろう。加えてゲームは強制参加ではなく自由参加で、集合場所は駅前。他にも諸々差異があるとくれば──なるほど、確かに私も気になってきたな」
雄々原の言葉に生流琉は力強く頷き、影木も「それはそうね」と同意する。そして、三人の視線が円卓中央のクソラグくんに集まった。
「──だああああああぁぁっ! 面倒臭ぇロク!」
そして、クソラグくんがキレた。
「細かいことでネッチネチネチネチ! 五月蠅いロク、陰湿ロク! こっちだって時間がない中色々考えて頑張ってるロク! メディアが違えば事情も変わるし展開も設定も変わるロク! ちょっとの改変くらい受け入れろロク! 確かに映像ではインパクト重視で〈『ネオ・ラグナロク』の世界は真実に存在する〉とか言いはしたけど、それは言葉の綾ロク! これは原作とは別物ロク! 独立ロク! 今回は僕一羽だけが本物、君達には決まった場所に来てもらう必要があったロク! 以上! 何か悪いか!? ああ!?」
クソラグくんは作り物の翼をバタバタと動かし鶏のように騒ぎ立てた。魂の叫びはプラの口から発せられ、荒ぶる動きはマイナの操作によるものだ。姉妹の気持ちは一つだった。
「大体僕の呼び出しに応じたってことは、自分の意志で参加したってことロク! 願いを叶える権利が欲しいロクよね? じゃ~ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇロク!」
「ひぇっ──」と、生流琉は意外にも突然の大声に怯んだ様子を見せた。押しには弱いのだろう。対して雄々原は冷静さを保ったままクソラグくんへ尋ねる。
「気分を害したならすまないが、これはその話の信用に関することだ。実際には死ぬことのない疑似的な殺し合いをし、勝ち残ったら願いが叶う──これは現実的に有り得ないという以上に、そもそも話がうますぎる。私としては、何らかの悪意によるエサを疑わずにはいられない」
雄々原は眼鏡をクイッと中指で押し上げた。
「例えば、『勝ち残っても願いは叶えない』。或いは、『やっぱり普通に殺し合いをしてもらう』、『そもそもゲームなど執り行わないし、そのまま餓死してもらう』などと君が言い出す可能性がある。その場合私達に何ができる? 答えは無だ。考えてみれば恐ろしいよ、私は興味本位だったり半信半疑だったりしつつも、見え見えの甘言に乗った結果、超常の力によって為す術なくこの場所へ連れてこられたのだ。そして今、どうやら生殺は握られている」
「そ、そ、そんな怖いことしないロク! ちゃんと約束は守るロク!」クソラグくんは怒りから一転、慌てて弁明する。「ちゃんと勝ち残った一人は願いを叶えてやるロク! まあ、今回はちょっと特殊ルールがあるロクが──」
「そういう言葉を信用する為、先のような原作と異なる事項に説明が欲しいのだが」
続けて追及しようとする雄々原を、そこで影木が制した。
「まあま、原作再現が足りないと言うのなら、まず『人死が出ない』ことが原作無視でしょう。色々原作と違う粗そのものが、そのフクロウちゃんの言っていることの信憑性を逆に上げている──そういう風に、今は考えておきましょう」
「! ふむ」
影木のフォローには言外の含みがあった。『そういった懸念通りの危険な相手だった場合、こちらが相手を信用する・しないに関わらず悪意は執行されるはずだ』──察知した雄々原は「確かに」と返し、そこで引いた。本当に命を握られているのなら、安心感を得ることに固執し、自分達を如何様にでもできるだろう相手の不興を買っては元も子もない。雄々原は聡明だ──影木はアルカイックに微笑む。一方、生流琉はきょとんと成り行きを見送った。
「あの、ところで特殊ルールとは?」そして控えめに挙手し、素直に気になったことを尋ねる。
「それは追々説明するロク、今、それをするのは二度手間になるロク」
クソラグくんは返す。二度手間になる理由は明白だった。
このデスゲームの参加者は六人。その内、影木無子、生留瑠死殺、雄々原色々女の三名は先程から積極的に言葉を交わしていたが、残る三人は沈黙を貫いている。その一人が、例の金髪特攻服少女だ。
赤糸工夫──彼女は他と同じように白椅子に座しながらも、ポケットに手を入れ、足を机の上で交差させている。口を開かず、不機嫌そうに天井の方を眺めていた。手持無沙汰のまま停滞している現状に苛立っているのかもしれない、が、もし仮にそうであったなら、それは些か理不尽と言うものだろう。停滞の原因は間違いなく彼女自身によるのだから。
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