第5話 回想 ~インターバル~

「どけよ」


 それが赤糸の第一声であり、そして、その白い部屋で発せられた最初の言葉らしい言葉でもあった。円卓と壁とに挟まれた曲がった通路を進む赤糸は、道を阻んでいた雄々原色々女を壁へ突き飛ばす。そして向かう先には、小麦色に焼けた肌の少女──青月十三月がいた。


 何やら急いだ様子で手元に視線を落としていた青月は、接近するその女に気が付くのがワンテンポ遅れる。顔を上げた時にはもう、その眼前に赤糸は立っていた。


「見せろ」


 二言目と共に赤糸は青月の腕を掴み、捻り上げる。悶着あって、スリップ。クソラグくんが叫んだがもう遅い。青月は頭を地面に強く打ち付けた。鈍い音と共に、青月の体が波打つように跳ねる──そして青月は、ピクリとも動かなくなった。脳裏に『死』の一文字が浮かび、皆が凍り付いた。だが一瞬空いて時計の針は動き出す。突き飛ばされフラついていた雄々原が、まずハッとして青月の元へ駆け寄った。


「おい、君、君! ──う、む、恐らく大丈夫だ。気絶しているだけだ、血も出ていない」


 雄々原の言葉に、緊迫した空気がほんの少し弛緩する。赤糸は動きを止め、その光景をじっと見下ろしていた。人一人の意識を奪ったにも関わらず、態度に明らかな動揺は見られない。


「あ、あなた、何をしていますの!? まだ戦いは始まっていないのに──!」


 呆然と成り行きを見守るしかなかった生流琉が、そこで振り絞る様に声を発した。しかし非難に赤糸は答えず、チラリと自分の手に目を落としてからクソラグくんの方を見て言う。


「おい、どういうことだ? こいつの手には何も書いていなかったぜ」


 生流琉の隣に立つ影木が、己の手に目を落とした。


「ああ、なるほど。これが見たかったのね」


 『能力』──赤糸は青月に「見せろ」と言った。それが青月の腕を掴んだ理由であり、離した理由でもあるのだろう。


「そこに書かれている情報は本人以外確認できないようにしているロク! それに今はまだ決戦じゃないロク! ここは◎(ヴァルハラ)! 暴力は禁止ロク! 次やったら不戦敗ロク!」


 赤糸の目的は失敗に終わったようだった。クソラグくんの指示で、青月の両隣に席があった生流琉と雄々原が青月を椅子へと座らせる。赤糸は舌打ちをしながら席へと戻り、その場はそれで収まった。

 だが、本来すぐに行われるはずだったルール説明は、青月十三月が気絶から醒めてからということになり、残った彼等五人は停滞した虚無の時を過ごすことになったのである。

 そこからは知っての通り、暫しの沈黙が続いた後、影木の軽口を切っ掛けに三人が喋り始めた。残る三人の内、赤糸工夫は我関せずとふんぞり返り、青月十三月は気絶している。


 そして、残る一人は──。

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