第3話 C ~舞台裏の誤算~

「──なんで六人しか集まらないのですか!?」


 十二時五分。六人の高校生が駅前から真っ白な部屋へ転送された直後のことだ。

 過剰な程に黒幕らしさを演出した真っ黒な部屋に、悪キューレ姉妹はいた。部屋には電灯等は何も備え付けられておらず、設置された複数の大きなディスプレイから漏れた光が灯りの代わりになっている。どうにも目に悪そうな環境の中、姉のプラは両手を天井に向けワナワナと震わせ叫んだ。

 額に巻いた「+」の羽衣も合わせて震える。


「頑張ってホログラムも作って! 百人分の『能力』も考えたのにぃ!」


 『ネオ・ラグナロク』では黒幕に選ばれた高校生達が殺し合いに強制参加させられる。だが現実にデスゲームを開催するにあたり、姉妹は形式を勧誘からの自由参加へと変更した。


 ──果たしてこれをデスゲームと呼べるのか、これは大いに議論の余地があるだろう。


 何せそもそも敗北すれば死というルールがない。一方で景品は原作据え置きだ。勝ち残れば願いが叶う。ゲームはローリスクハイリターン、破格の条件で開催される。 

 だからプラは、たとえ参加が自由でも、勧誘した百人の高校生の内、最低でも五十人は参加すると見込んでいた。


「ねぇ、マイナどうしてでしょうか! 皆私達のこと嫌いなのでしょうか!?」


 半泣きになったプラが妹の肩を揺らす。


(恐らく、そもそも信じて貰えなかったのでしょうね。殆どが勧誘の内容を、半信半疑のその手前、夢か何かだと片付けてしまった)


 姉とは違い、マイナの見込みは二十人程度だった。比較すれば現実的に思えるが、それでも尚、甘い予想だったということになる。マイナは肩を揺らされながら、手元のノートパソコンで『ネオ・ラグナロク』と検索をかけた。ヒット数は多くない。そもそも原文は一年前、作者である薔薇咲円の手によって既に削除されているのだ。


(勧誘の対象が広すぎましたか。元々『ネオ・ラグナロク』を知っていた高校生に限定できれば良かったのですが、私達にそこまでの知名度はありませんし──大半は『ネオ・ラグナロク』を知らず、検索しても曖昧な情報しか出ない。となると、どうしても信憑性は低くなる)


「……あの、聞いていますかマイナ?」


(突然現れたホログラムが説明を一度しかしないというのも恐らく失敗でした。突然のことに驚いて聞き逃したりした場合、話についていけません。いや、そもそも映像の内容が説明不足だったのかも。それと集合が昼の十二時というのも今思えば──)


「もしかして、あなたも私のことが嫌いだったりしますかぁ!? 私を忘れないで!」


 一層激しく体を揺らされ、マイナははっと現実へと引き戻された。パニック寸前のプラを見てマイナはふと冷静になる。反省とは次に活かすためにするものだ。逆に言えば次などない自分達は、反省などしても仕方がない。


「そんな訳ないでしょう、姉さん。少し考え事をしていただけです」


 マイナはプラの目元に手を伸ばして涙を拭う。


「六人しか来なかった要因はいくつか考えられますが『今となっては』です。割り切りましょう。それに最低限、私達の目的は果たせました」


 マイナは姉から視線を外すと、ディスプレイの一つに目をやった。液晶には、真っ白な部屋──◎(ヴァルハラ)が映し出されている。丸机、六脚の椅子、そして六人の女子高生。


「そ、そうですね。すみませんマイナ、取り乱してしまって」


 プラは気を落ち着かせるように大きな呼吸を挟んだが、不安は抜けない様子だった。六人という人数は、彼女たちの事前準備の多くが無駄に終わったことを意味する。あらゆるゲームにはプレイ人数が設定されており、時には人数に合わせてルールを調整しなければならない。百人でやる予定だったものを六人でやっても仕方がないのだ。ゲームマスターにはゲームマスターの苦労がある──百人に勧誘をかけた以上、仮に全員が来ようと、或いは二人しか来なくとも、成立するゲームにしなければならなかった。


「この人数では、私が用意した五十人から百人を想定した決戦を予選・準決勝・決勝の三幕に分ける『プランA』も、マイナが用意した五十人から十人用の原作準拠の『プランB』も使えません。シンプルな異能バトルを行うには少人数過ぎる。まさか一応念のために二人で用意した少人数用の──『プラン』Cの出番がくるとは」


 C──その中身が、プラが取り乱した一番の要因である。それはAもBも駄目だった時の最終手段・保険、セーフティーネット。自信のある本丸では決してなかった。


「うぅ、アレ本当に成立するんでしょうか? テストプレイもできてないし、とんでもないクソゲーになっていたりしたら──」 


「姉さん、今更不安になっても仕方がありません。既に『能力』は分配しました。パネルも仕込みましたし、後はなるようになるだけです。なるべく盛り上がることを祈りましょう」


 マイナは懐から折りたたまれた細長い紙を取り出した。それを見たプラもはっとして、同じものを取り出す。真っ黒な部屋で、異質な白さを誇る折りたたまれた二つの紙。相手を張り倒すための扇子──そういう語源の、いわゆるハリセンである。


「今はただ、これの出番が来ることを祈りましょう」


 実際、デスゲームの黒幕ではあるが、悪キューレ姉妹にできることはもうあまりない。ゲームが始まれば事前に用意したものを走らせるだけだ。過去への反省も、未来への不安も、今は棚に上げる他ない。できることといえば──。


「! 姉さん、モニターを!」


 ──現在進行形の、アクシデントへの対処くらいのものである。


 ヴァルハラの異変に気付いた瞬間、マイナはクソラグくんの遠隔操作を開始し、プラは大慌てでマイクを握り、スイッチを入れて叫んだ。


「『なっ、何してるロク!?』」


 ボイスチェンジャーを通じたプラの声が、モニターの向こう側に置かれたフクロウのぬいぐるみ、クソラグくんの口から発せられる。だが、間に合わない。


 鈍い音が響く。そして、◎《ヴァルハラ》で青月十三月が気絶した。

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