《10》変わりゆく時の流れ

 私は夏蓮ちゃんと共に幼馴染みで元彼でもある文人バカの手を片方ずつ、強引に引っ張り合いながら学校内にあるクラスの振り分けが書いた掲示板の前に到着していた。


「はぁ、はぁ。茜ちゃんは……まだまだ……全然余裕……ありそうですね」


 膝に手を当てて息を切らしながら私に話して掛けてくる夏蓮ちゃんを尻目に、私は余裕の返しをして見せた。


「もう。二人とも体力なさすぎ! ほら! 早くクラスを見て行かないと時間ないよ!!」


 これだけの余裕があるのも体力が有り余っているからというのと、クラス分けを見るのも全くの躊躇ちゅうちょが無かったからだった。

 

 前回の世界での高校生活では文人バカとクラスが別れることもなく――それどころかこれまで文人と出会ってから別々のクラスになることなく過去に戻ってきたので、この過去の世界でも当たり前のように文人バカと、また同じクラスになると信じて疑わなかったからだ。


 だから例え、夏蓮ちゃんに文人の手の反対側をゆずろうとも痛くも痒くもなかった。

 

 


 ――この時までは。




「……えっ」


 

 名前順にならんでいるクラス分けの表に視線を向けた私は思わず声を漏らした。

 

 すぐさま後ろに居た夏蓮ちゃんの方へと視線を移すと彼女も驚いた表情をしており、おそらく私と同じように文人バカに聞き取られないように小さく声を漏らしていたように思えた。


 私と文人の1年生のクラスはの世界では二組だった。

 

 けれど……


 二組の表には何度見直しても私と名前しかなかった。

 

 もしかして……と思い夏蓮ちゃんのクラスだった一組の表に視線を向けると……。


 えっ……。


 どうして……。


 どうしてこうなるの……。


 そこには

 

 大沢文人おおさわふみと

 小花夏蓮おばなかれん


 と、こんな風に二人の名前が綺麗に並んでいた。

 そして少し離れた場所に結香の名前も見られた。

 

 これまでの世界での1年生の時は私と文人、結香に陸と全員が同じクラスの二組になっていて、夏蓮ちゃんのみ一組だったはずなのに……。


 私は困惑していた。名前順ならこうやって二人の名前が並ぶのは仕方のないことではあると納得しつつ、いくつもあるクラスの中で私と文人が違うクラスになってしまう……これも一歩譲って仕方がないとして、それより文人バカと夏蓮ちゃんが同じクラスになってしまうというのは、これからの文人と夏蓮ちゃんの関係性を考えるとかなり大きなハンデとなってしまうからだ。


 

 これまでは同じクラスだったということもあり、私と文人が付き合うこととなるきっかけが多くあったはずなんだけど……。

 これがまさか立場になってしまうなんて……。


「文人良かったじゃん! 夏蓮ちゃんと同じクラスなんて~ もしかしてこれが運命の出逢いとかだったりして!? これを機に高校デビューでもしちゃう?」


 私は心底同様していたがここで夏蓮ちゃんに動揺しているのがさとられては余計に不利になってしまうのではないかと思い余裕を隠すように振る舞った。――ちょっととばしすぎな言い方にはなってしまったけど……


「う、うん。俺……一組なんだ……へぇ……」


 なぜか文人バカもこのクラス分けを目にして、様子がおかしいように思えた。


『私と離れるのがそんなに寂しかったりして?』本当に文人バカが動揺している理由がそうであればどれだけ嬉しいかと思いつつ文人バカ二組の教室に向かっていった。


「それじゃあ文人、また後でね」


「うん。また」


「夏蓮ちゃんもまた」


「はい。また」


 そう二人に軽く手を振り、私は見慣れた二組の教室へと入る。


 教室に入った私は、既に揃っているクラスの視線を一身に浴びつつ担任の教師から案内された席へと座った。


「茜、間に合ってよかった。ここまで文人と一緒に来たのか?」


 席へと座った瞬間後ろに振り向き私へ真っ先に声を掛けてくれたのはもちろん陸だった。


「うん。そうだよ」


 陸……。


 名前順に並べられた席の目の前には陸が居る。

 そんな陸を見ていると再び罪悪感が『ブクブク』と湧き出てきていた。


 そんな中、私は内心この二度目の世界の運命をうらんでいた。


 文人バカと言うのが今回の一番の目的であるものの、肝心かんじん文人バカとはクラスが離れてしまい、逆に同じ動機でこの世界に来た夏蓮ちゃんと文人バカが同じクラスになり、それどころか私はこの世界に来る前に別れを告げた元カレが目の前にいるという……。


 ううん。

 もう二度と会えないと思ってた人に会えた。

 それだけで十分だよね。


 これがまさに自分勝手に周りを振り回してきた罰なのではないのかと思いつつ、どれだけの逆境におかれようと贅沢は言ってられない。


 今の世界はの世界。

 つまりはゲームで例えると本来あることのないボーナスステージのようなものなのだから。


 当たって砕けるぐらいにがむしゃらにやらなくちゃ!


「文人とも長澤ともクラス離れちゃったな……」


「うん。でも陸がいるじゃん! 私はそれだけで十分! それより文人でしょ~ 私たち二人が居なくて結香だけで大丈夫か……――まぁもう一人居るかもだけど……」


「……うん? まぁ文人ももう高校生なんだしやっていけるだろう。そろそろ俺たちから自立してもらわないとなぁ」


「……それもそうだね」


 私も陸から自立しないと……。


「そう言えば部活なに入るか決めた?」


「えっ……まだ決めてないけど」


「茜も卓球部入んない?」


 陸と結香は前の世界でも中学の時からずっと卓球部だった。

 私は今回と同じく前の世界でも高校に入ってすぐに、陸から卓球部に誘われたけど幽霊部員として手伝う程度にとどめていた。

 

 その理由に文人バカと一緒に居られる時間が少なくなるというのが少なからず絡んでいて……。

 それなのに、文人バカと付き合うが卓球になるなんて、前の世界でのこの頃の私は思いもしていなかった。


「う~ん、まだ色々と見てみたいし。考えとく」


「そうだよな。文人の考えも聞かないとだしね」


「いや、文人は関係ないから」


 未来から来た私にとってはまでの元カレに対してこうやってさっきから何度も普通に話しているのは本当に凄い事だと思いつつ、これが何年も一緒に居た幼馴染みのなんだと実感していた。


 ――もちろんこれは文人バカに対しても言えることなんだけど。


 そうやって陸とやり取りをしているうちにあっという間に入学式の会場となる体育館へと向かう時間になった。

 担任になる教師の指示に従い席順のまま廊下へと並び『ぞろぞろ』と歩みを進める二組の生徒たち。


 いつもならこの前に文人が居たんだけどなぁ……。

 

 そうやって文人バカと同じクラスだった頃を懐かしく思いつつ体育館に到着した私たちは、すでに到着していた一組と三組の間の席に座った。


「あっかね!」


 到着後すぐに隣から勢いよく私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ゆ~か~!会いたかった~!」


 声のする方へと振り向くと結香が座っていた。

 さっき振りだったのに何故か異様に懐かしく感じていた。


「もう~何よ。さっき別れたばっかりじゃない」


「だって~」


 今にでも結香に飛び付きたいぐらいのこの気持ち。

 どの世界に行っても結香からは物凄い安心感が感じられるのは結香が持つ魅力なのだろう。


「クラスバラバラになっちゃったね」


「うん」


 私はそううなずきながら結香と同じクラスであって欲しかったと改めて思っていた。


「私も茜とまた一緒だと思ってたのに」


「私もだよ。結香とクラスが離れるなんて考えてもいなかった」


 本当にそうだ。だって前の世界では一緒のクラスだったんだから。


「でも、茜はまだ相馬がいるから安心だよね! 私は大沢だよ~心細いったらありゃしない」


 そう言って笑いながら話す結香。

 

 出来れば私的には文人と陸を交換してもらえたら有難いなぁ……なんて。


 そう言えば前の世界では……

 文人が夏蓮ちゃんにお辞儀みたいなのをしてるのを見て、ハトニワトリかみたいな論争を陸としてたっけ。


 あの時はまだ何も考えてなかったし悩んでなかったなぁ……。

 

 あっ……

 

 そう言えば……みんなとの関係が変わるのは怖かったんだよね。


 当時の私の考え方が幼かったからこそ『恋愛』という感情から逃げて仲の良い幼馴染みという関係性を『維持』したいという気持ちが強かったんだということを思い出した。


「あっ、でも茜は大沢と一緒のほうが良かったんじゃない?」


 みんなそれぞれ何処と無く気づいている想いもあったはずだけど……。

 

 私はなるべく気づかない振りをしていた。

 

 それが……陸を含めた周りの人間を傷付けていたとも知らずに……。


「うん。どうかな? もしかしたらそうかも?」


 結香は少しうなずいたような動きをしつつ「あの大沢のすぐ後ろの子知ってる? さっき大沢と一緒に教室に入ってきたんだけど……」


 私も一度首を縦に振って前に座ってる二人を見ながらこう返した。


「知ってるよ。さっき私と文人とあの子ので学校まで来たもん」



「えっっっ……!? 茜あの子のこと知ってるの?」


「うん。ちょっとね……」



 私と夏蓮ちゃんがタイムリープしたことにより時の流れが変わったのか『私と陸』『文人バカと結香……そして夏蓮ちゃん』とクラス分けが大きく変化してしまった。

 


 そして、このクラス分けが私たちの今後のに大きく影響を及ぼすとは、この時の私も夏蓮ちゃんも、もちろんその他のみんなも知るよしはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る