《9》両手に花

 ――私、小花夏蓮おばなかれんにとってというドキドキする感情が芽生えた……今、この瞬間がとても特別なものだった。

 

 桜が舞い散る駅の改札前で――私の初恋の相手である大沢文人おおさわふみとくんと二人っきりの特別な空間。



『彼がこっちを見てきている……。』そう考えただけで照れくさくてどこかに逃げたいような、そんなソワソワして落ち着きがない気分が続いていた――その時だった……。


「文人~!! もう! こんな所で何やってるの!?」


 私たちにとってお馴染みの『幼く高い声』を響かせて――近付いてくる一人の女の子……。


 そう。


 私の憧れであり最大のライバル――って勝手に思っている――彼のの高山茜《たかやま

あかね》ちゃんだった。



 これまで私の方を『じっ』と見つめてくれていた彼の視線が茜ちゃんの方へと移動するのを感じて少し心細くなる。


 ……ここに……茜ちゃんが来るはずは……。


 彼の意識が茜ちゃんの方へと遠ざかっていくのを感じながら、私達がタイムリープをした影響でこれまで歩んできた未来と別のルートへと、すでに進み始めているのを実感した瞬間だった。


「……あかね?」


 そんな茜ちゃんを見つめながら小声でつぶやく彼は、なぜか私よりも驚いている……そんな様子に見えた。


「あかね。じゃないよ! もう!こんな大切な日にギリギリになっちゃって~ほら! 早く! 急がないと入学式に間に合わないよ!」


 

 ……はっ、はいるすきがない…。


 相変わらず、いつものように近しい距離感で話し掛ける茜ちゃんの登場で一気に周りの空気が一変いっぺんした。


「……う、うん。でもなんで俺に500円くれるの?」


「何って、お金が無いから駅から出られないんでしょ?」


「……えっ? なんで茜がそれを知ってる――」


 あああ~! あかねちゃん! 今、このタイミングでお金を渡すっておかしいって!


 私は心の中で焦っていた。


 なぜなら、目の前で茜ちゃんが500円玉をサッとスカートのポケットから取り出し、彼の目の前に差し出していたからだ。


 本来だと大沢くんの定期や財布がこの場に無いことが知らないはずの茜ちゃんだったけど、恐らく大沢くんが困ってるのに対して居ても立っても居られなくて、渡しに来たはず。


「えっ!? えっと……そんなのあれ! そこに居てる夏蓮ちゃんから聞いたに決まってるじゃん!!」


 茜ちゃんはそう言いながら『探偵が犯人を見つけた時』のように私に指を指して言いきった。


 えっ!? 茜ちゃん~かなりムチャ振りしてきたけど~!??


「――えっと……もしかして茜と知り合いだったんですか?」


 大沢くんは驚いた様子で再びこっちに視線を向けてくれていた。


 いや、そういう表情で振り向かれても……。

 

 ここは過去に戻ってくる前につちかった演劇部での演技で何とかするしかないか……!


「実はそうなんです。茜ちゃんとは連絡のやり取りもしますし、大沢くんのことも時々茜ちゃんの話しで出てきてたんで知ってました」


 苦し紛れの嘘で大沢くんを誤魔化した。

 当然、この時点で茜ちゃんと連絡のやり取りなどした形跡はどこにもあるはずはなく……。


「あっ、それで俺の名前を知ってた訳なんだ~」


「そうです、そうです」


 大沢くんごめん! 全部嘘なの……。


 罪悪感にさいなまれる私だったが何とかこの場は切り抜けられて、ホッとしている自分がいた。


「茜……。」


「……うん?」


 そうやって私が落ち着きを取り戻している間に二人は何やらこそこそと話しをやり始めた。


「変なこと言ってないよね?」


「うん? 何が?」


「いや、だから!」


「べーつに、何も言ってないけど~文人がなんでそんなこと気にするの?」


 二人の会話の中から大沢くんが私のを言ってる声がわずかに聞こえてきた。


「あのー」


「うん? どうしたの夏蓮ちゃん?」


「わたし……大沢くんに名前?」


 大沢くんとは世界ではさっき会ったばかりであり、これまでも面識は全くないはず。

 そして、さっき会ってから今まで大沢くんに名乗っていないし、茜ちゃんもちゃんとしか呼んではいなかったはず……。


「…………。」


 大沢くんは少し焦ったような表情で暫く黙り込み……。



「――あっー!! こんな呑気のんきに話してる場合じゃないよ! 早く学校に行かないと!!」


 そう言いながら逃げるように自分のスマホを取り出し、時間を確認しながら話しをそらした大沢くん。


「あっ、本当だ!忘れてた! てか、呑気のんきにって文人のせいでしょ!ねぇ、夏蓮ちゃん」


「は、はい」


 大沢くん……? やっぱり何か変な気がする……。いつもと何かがような……。


 

 彼に対し少し違和感を抱きながらも、私たち3人は入学式が始まる高校へと急いで向かうことに。


 ちなみに彼は「先に貸してもらったから」との理由で、結局私の渡したお金で改札を通ることとなり、茜ちゃんは少し不満げな様子でした。



「ちょっと~! 文人~! 夏蓮ちゃん~! 早く~!」


 茜ちゃんは小柄だからか足が速くあっという間に私たちと距離が離れていった。

 そして、遠くから茜ちゃんが私たちの方に振り返り、私たちを呼んでいるという……とはまた違った状況に変化していた。


「あかね……速すぎるよ……」


「そう……ですよ……ね」


 私も息が上がっていたものの横並びに彼と走れてるのはと何も変わらず嬉しかった。


「あの……大沢くん……」


「……うん?」


「さっきの話しの続きなんですが――」


 もう一度私の名前をどこで知ったのか聞こうとしたその時だった……。



「――もう文人~! 早く行くよ!!」


「って、ちょちょっと~!」


 茜ちゃんが目に見えぬぐらいの速度で私達の方へと向かって来たと思いきや、すぐに彼の右の手のひらをガシッと掴んで彼を引っ張っていった。


 


 ――やっぱり茜ちゃんは凄いよ……。



 こんな簡単に大沢くんの手を引っ張っていけるんだから。



 ……あぁ……やっぱりこうやってまた大沢くんは私の元から離れていっちゃうのかなぁ……。

 


 過去に戻ってきても……。


 

 離れていく彼と茜ちゃんの姿から目をそらしかけた……


 

 その時だった。




「夏蓮ちゃん~! ほら!夏蓮ちゃんもそんなところで足を止めてないで文人を引っ張るのを!!」


 

 その一声で私は心を動かされた。


 

 やっぱり茜ちゃんは凄かった。

 

 私の憧れだった。


 こんなことで諦めていたら彼女になんかがない。

 


 茜ちゃんに勝って大沢くんと付き合い……彼の

 


 それが私の――



「――ハァハァ、どうやら…間に合いそうだね……」


 彼は世界では息を切らしながらこう私に話しかてくれた。


「そう……ですね……」


 

 私はただそう返すだけという、何気ない会話だったのだけど、この何気ない会話を桜の舞い散る中『二人で駆け抜けた』この事実が私の高校生活の中でもとても大切な想い出の1つだった。


 

 だから……。




 このでも必ず……



 

 私は前を向き、桜並木の通学路を駆け抜けていく彼と茜ちゃんの後ろ姿を懸命に追った。

 

 桜の舞い散る中……通学路を駆け抜けていくのは二人じゃない。


 

 私が……



 私がもう一度……彼と……!



「さぁ! 大沢くん! 連れて行ってあげますね!!」


 


 私は笑顔で彼の左側の手のひらをガシッと掴み茜ちゃんを振り払うかのように、強引に彼を引っ張った。


 もちろん茜ちゃんも離されまいと懸命に手を握りしめているのが分かった。



「夏蓮ちゃん!? ちょっと速くない?」



「速く……ない……ですよ! あかね……ちゃん……」


「うん?」



「いつか……片手にだけに……してみせますからね!」



「私だって……こんなことするの今回だけなんだからね!」


 

 私たちは彼の手を片方ずつ引っ張りながら話していた。



「……うん? ……何が……今回だけ……てか……もう……走れないん……だけど……」




「大沢くん!」「文人!」「ほら!!早く行くよ~!!」



の声がハモったのと同時に茜ちゃんとの長い戦いが始まったんだと感じた私だった。

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