《5》無くなって気づく有り難み
「ないっ! ないっ! ないっ~!?? えっ~!?? こんなになくなってるの!?」
私、
彼女は私と同じく、とある男子に対して後悔を抱いていたようで……
そして彼女と私の持っていた、思い入れのある2つのアクセサリーを重ねたと同時に、私たちは不思議な光に飲み込まれてしまい、次に目覚めた時には……3年前の入学式の日の朝という信じがたい状況に……。
――こうして私は、今まで経験したことのない、半分夢を見ているような『ぼっー』とした変な感覚でありながらも、入学式が行われる学校に行くために、寝間着きから制服へと着替えている最中だったが……3年前の自分の体型が、こんなにもみすぼらしかったとは思ってもおらず、思わず大声を出してしまったと同時に、一気に目が覚めたような衝撃を受けていた。
いや、待って……。そりゃ卒業する時でさえ佳奈ちゃんに触られて「普通ね」って言われる程しか無かったけど……こんなのまな板と変わらないじゃん!こんなのってあんまりだよ……。
私は自身の身体に触れながら、3年間で得ていたものの、重みをひしひしと感じていた。
あって当たり前で、無くなって初めて有り難みに気付く。というのはまさにこの事だと思う。もちろん身体だけじゃなくても……。
……大丈夫、茜。心配することなんてないよね。こんなの放っておいたって大きくなるんだから! それより文人にもう一度会えるかだよ……。……ってか本当に大きくなるよね……? えっ……スポブラしか無いんだけど……しかもSサイズって……。今度、結香でも誘って可愛いの買いに行かないと……。その時にちゃんと測ってもらったら……人並みには…………。
タンスをあさりながら、不安と悲しみを胸の中で膨らませていく私だった。
「ちょっと~朝から大きな声で~何かなくなったの?」
ドアを開けて、再びお母さんが私の部屋に入ってきた。
「お母さん~私の大事な物が……。お母さんの半分わけて~」
私は、軽く片手を胸に添えてお母さんの胸元に目線を向ける。
「えっ? 何の話し??」
私のお母さんのは……ややぽっちゃりしてて、今の私よりはあるが……
「あっ、でも垂れたのはいらないや」
「はぁ? あぁ……垂れるほどあんたには無いもんね~」
すぐ私の考えを察したのか、お母さんは上目遣いで、下着姿の私の胸元を見てくる。
「……お母さん。朝からケンカ売ってる?」
「そっちから仕掛けてきたんでしょ。 そんな事で悩んでる暇があったら早く降りて来てよ。 片付かないんだから……」
そう小言を言いながらお母さんは部屋から出ていった。
もう。他人事だと思って……。でも、そろそろ制服を着ないとだよね。やっぱり新しいと制服の匂いも違うなぁ。サイズも少し大きいような……って私が小さくなったってことか……もともと小さいのに……さらに全体的に小さくなってるなんて……。
私は部屋のクローゼットから、真新しく汚れの全くない制服を取り出し、袖を通していった。
……うん? スカートの丈ってどうだったけ? 確か……陸に言われるまでは短くしてたような……
こうして、なるべく今――私にとっては3年前――の着こなし方を意識して着替えを進めた。
でも本当に3年前に戻ってるんだ……。
着替えを終えた私はリビングで朝食を食べながら、テレビに映っている朝のワイドショーを眺めていた。普段とは何も変わらない我が家の光景だったが、テレビのワイドショーは明らかに、一昔前に人気だったタレントが出ていたり、ニュースや芸能情報も懐かしいものばっかりだった。
「あれ茜? 今日は髪結ばないの?」
そんな私に、お母さんが不思議そうに話し掛けてきた。
「……えっ? 髪?」
「ほら、いつもは2つに結んでるじゃん」
「あっ……あー。 そう言えばそうだったね」
――しまった忘れてた……この頃ってまだ2つ結びにして学校に行ってたんだ。制服は意識してたのに……髪型を忘れるなんて……。しかし、この体型で2つ結びって、私ってこんなに幼かったとは……。でもいきなり急に変えすぎるのもまずいよね? ここは……とりあえず、これまで歩んできた通りに進めないと。
「これ食べたら結んでくる」
「あれ? あんた牛乳も飲んでるって珍しいじゃん! あんなに嫌がってたのに」
私はもともと牛乳が嫌いだった。ただ、陸の影響なのか、いつの間にか飲めるようになって、今も当たり前に飲んでしまっていた。
「えっ…… あーそりゃ私も高校生になったんだし、色々と成長したいな~って思ったからさぁ」
そうか~この頃は牛乳も飲んで無かったんだ!? だからこんなみすぼらしい身体なのかも……。それなら今から飲んでたらもっと大きくなるのかも!?
期待に胸を膨らませる私だった。
「あんた~さっきから胸の大きさばっかり気にして。好きな人でも出来たの? それならその人に早く揉んでもらいなさいよ!」
「なっ……えっ!?」
私は思わず牛乳を吹き出した。
「ああかね……お、おおまえにそんな人が居たのか!?」
お父さんもキモい目でこっちに視線を向けていた。
「違うってば!! 身長だって!! お母さん、もう変なこと言わないでよ~」
「父さんは許さんぞ! 茜が他の男に触れられるなら一層のこと父さんが――」
「――キモっ!!!! もう変なこと言わないで!!!! 私の身体は誰にも触らせないんだから!!!!」
私は両手で――今は――無い胸を覆いながら叫んだ。
――こういう変化のない家族のやり取りは、今の私にはとても有り難かった。こんな代わり映えのしない朝を迎えていると、あのバカが私の前から居なくなったなんて、悪い夢だったんではないかと思えてくる。……いや、そうであってほしい。この平和な日常がずっと続くように……。それが今の私の一番の願いだった。
真新しい制服に身を包んだ私は自転車に乗り、春の暖かな風を切り裂くように、最寄り駅へと駆け抜けていた。私にとってその暖かさは、昨日までの居た世界とは全くの別物のような、そんな不思議な暖かさに感じた。
そして、自転車を漕ぎ進めた私の視線には、最寄り駅が見えてきたのと同時に、1人の人影も目に入ってきていた。
……あっ。陸……。
私にとってのさっき振りのその姿を見ていると、胸の奥が『ぎゅっ』と押し潰されるような……そんな耐え難い感覚に襲われていた。
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