《6》元カレとの再会
私にとっての
「おはよう」
陸はこれまでと何にも変わらない様子で、駐輪場に自転車を停め終えた私を出迎えてくれた。
スラッとした足の長いモデル体型に、髪型はマッシュで、メガネを掛けている知的なイケメン。他の女子からしたら、この風貌で私と付き合うまで、彼女が居たことがないのが、不思議なくらいだったらしい。私にとっては幼馴染みとして、子供の頃からいつも一緒に居るから、そういうのはあんまり意識してなかったんだけど……陸のこの素っ気ない性格にも問題があるのかな? いっそのこと他の女子と幸せにでもなってくれたら……私の気も少しは楽になる。――なんて思ってしまう自分がいるのも確か。
「おはよう。陸。今日も早いね」
陸は絵に描いたような真面目キャラだった。いつもこの駅には陸が一番に到着をして私を出迎えてくれる。そして……最後に
「うん? なんか元気ない?」
「……えっ。そんなことないよ! 全然いつも通り! 入学式前でちょっと緊張してるんかな……なんちゃって」
こうやっていつも私の事を見透かして、私の求めている行動をしてくれる。誰かさんと違って気が利きすぎるから……つい甘えてしまう。今回は気を付けないと。もう絶対に陸を傷つけないようにしなきゃ。……今まで本当にごめんね、陸。
「なら良いんだけど。文人が来たら茜の緊張もほぐれるんじゃない? どうせあいつの方が緊張してると思うし」
「……文人」
陸から文人という名前が、こんなに簡単に聞けるなんて……本当に戻ったんだ、私。
そう言えば確か……入学式の日って文人と別々に登校したような……
――あぁもう。あの日は入学式の後の印象が強すぎて、朝のことはあんまり覚えてないや。
「文人、ちゃんと間に合うかな……」
「俺もさぁ気になって、さっき電話したんだけど寝てるのか、電話にも出なくてさ……一応家にも電話掛けて、おばさんに起こしてもらうようには言ったけど……今から起きて準備することを考えたら、俺らは先に行ってた方が良いかもな」
「……そうだね」
「文人のこと待っておく?」
陸は優しい。私の気持ちを
「どうした? 大丈夫か?」
「きゃっ!?」
気付いた時には、目の前に陸の顔があった。私を心配そうに見つめるその瞳を見ていると、簡単に吸い込まれそうになるぐらいに、大きく綺麗な瞳をしていた。
「やっぱり今日はなんかおかしくないか? そんなにぼっーとして……熱でもあるんじゃ……」
そう言って陸は、自身の額と私の額に体温を確かめるように、片方ずつ手を添えてきた。
「熱はないみたいだけど……顔が赤くなってるような……」
もう陸~! 急におでこ触ったら、いくら未来の私だって驚いて赤くなっちゃうじゃん!!
この時の私の鼓動は、言うまでもなく『どくん、どくん』と激しく高鳴っていた。
「ううん、平気。文人なんか放っておいて早く行こう行こう! 文人には後でうんと叱ってやらないとね!」
私は照れ隠しをして、駅の中へとそそくさと入って行き、その後を追うように陸はそっと着いてきてくれるのだった。
陸と私は『ガタンゴトン』と音を立てて到着した、満員電車に乗り込んだ。
この時間の電車は通勤、通学の時間帯の為、座れることなんてまずない。そんな私はドア側にもたれ、その目の前には私を守るように陸が立ってくれる。これまでの3年間、幾度も経験していた光景だったが、こんなにも尊いものだったとは……一度失った今だからこそ初めて実感した。
「……中学も良かったけどさぁ……高校のも良いよな……」
陸が私の方をじっと見ながら、話し掛けてきた。
「……えっ? 何が?」
「……何がって。……制服」
「そう? そんなに違う?」
えっ!? 制服の着心地ってそんなに違ったっけ!?? 私からすりゃ中学の時の制服なんて、3年も着てないからどんな感じだったなんて全く覚えてないんだけど……これなら起きた時に一度中学のも着てた方が良かったのかな? でもそんなところお母さんにでも見られたら、今度こそなに言われるか分からないしなぁ……
「うん。……何て言うか、中学のセーラー服は清楚感あったけど……今の黒のブレザーと青いリボンもさぁ、なんかその……アイドルっぽくて可愛いなぁって……」
陸は照れながら言った。普通の男子なら言わないことを、照れながらでも言えるのは陸の凄いところだ。
うん?? それって……もしかして私のこと言ってる!?? こんな間近で見られながら、男子に誉められるなんてめっちゃ恥ずかしいんですけど……こんなの昔の私、よく耐えられてたよね!?
ハッキリ言うと、陸と付き合う前までの私は、幼馴染みであること以上に、陸の事を意識したことは全くなかった。
もちろん幼馴染みであり、昔から知ってる陸に対して恋愛感情を抱く流れが無かったのもそうだけど、同じような立ち位置の相手に、既に私の心は奪われていたというのも大きかったと思う。
それに、当時の私は良い意味で今よりも幼く鈍感であり、恋だの愛だのに関しては、全くの無知だったのが幸いして、平和な友情関係を築けていたと今になっては思う。……そのまま私が、意識しない状態で居続けていれば……私たちは4人でずっと居れたはず。
「……あぁ。電車通勤になって、みんなのゆっくり見れるもんね!
そんなアイドルっぽい子も居た!?」
私は周囲を見渡し必死に
「……俺が他に見てる女子が居ると思うか……? ……目の前には1人しか居ないんだけど……」
変わらずに高い身長を生かして、私の方を見下ろすように話しを返してくる陸。
ちょっと~!! 陸!! 私の苦労も知らないで~! 陸ってこんなにストレートにアピールしてきてたっけ!? これを毎回、回避してたなんて本当凄いな昔の私。
「……確かに! 誉めてくれてありがとう~陸。 私的にはもうちょっと、色々とアレンジもしたいなぁって思ったんだけど、入学式で最初だから、とりあえずは真面目ちゃんバージョンにしてきたんだよね」
私は両手を広げてアピールする仕草をするなど、なるべく、さりげなく対応した。
「まぁ、アレンジするのは良いんだけどさ……ちょっと脚見えすぎな気がするんだけど……」
陸が私の足元をチラッと見ている視線を感じた。
「へ~どこ見てんの? 陸は脚が好きだっけ? ほら! もっとめくって見せてあげようか!?」
私は目線を逸らさない陸に対して、ただでさえ短めにしているスカートの裾をめくるような仕草を行った。
……あぁ。振った元カレになにやってんだ私……。
私だって好きでこういうことをやってる訳じゃない。こうしないと当時の陸からしてみれば、不自然に見えてしまうからやってるだけだ。何度も言うが、時が違えど私からすれば、数時間前に振った相手と同じ相手に対して、この態度を取っているのだ。この私の変わりの身の早さを、誰かに褒めて欲しいと思う。
「いや見たいとかじゃなくて――いやもちろんそれは見たい……――じゃなくて他の奴にも見えるからさぁ、ちゃんと気にしろって事を言ってるんだよ!」
「だって、このぐらいの長さの方が動きやすいもん」
「いや、逆に見えてしまうのを気にしてたら動きにくいだろ」
確かに。今の私なら陸の言いたいことは凄く理解できる。実際こうしてる今も恥ずかしいんだよね。でも……。
「そうかな? 私の足元なんて誰も見てないでしょ」
「……だから。俺が見てるからさぁ……」
「陸なら全然いいよ! 昔から私の短パン姿見てきたでしょ? それと何が違うっていうの?」
3年前の私はこうだった。陸に多少、体を見られようが全く気にしていなかった。もちろん今の私もそうだ。陸には既に全てをさらけ出している。今さら脚の一本や二本見られたぐらいでは、何も思わない。でも……。見た相手が照れていたり、照れている相手から褒められたりすると、こっちまでもが恥ずかしくなってくる。
「いや……茜が気にしなくても――」と陸が話していた時だった。
「――もう! 二人とも入学式の日なのに、早速なにか揉めてる感じ?」
電車はいつしか次の駅に到着していて、私の親友の結香が、開いたドアの向こうから、颯爽と私たちの前に姿を見せるのだった。
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