《2》桜が舞い散るなかで

 それは春の心地よい風になびかれて、桜が舞い散っていた入学式の日。私は新しく通うこととなった高校の最寄り駅のホームで、とある男性とぶつかってしまう。


「すいません!大丈夫ですか??」彼はそう私に謝り気遣ってくれた。彼はとても慌てていた様子だったので理由を聞くと、定期券を落としてしまい、駅から出られないで困っていた。


 私はこれも何かの運命ではないかと思い、彼の手伝いをすることに決めた。とりあえず彼と共に落とし物が届いていないか、駅員さんに聞いてみたものの、落とし物は届いておらず。入学式までの時間もあまり残っていなかったので、定期券を探すのを諦めて学校に向かうことに。しかし、彼は財布も忘れてしまったみたいで……。


「えっと、俺のことは良いから先に行って!」彼はそう言ってはくれたけど、そんな彼を見捨てたら、私は罪悪感で入学式どころではなくなってしまうと思い、私はそんな彼の手のひらに五百円玉を乗せた。


 すると……彼に差し出した私の手のひらを、彼が掴んで立ち上がる……そこまでは想定内だったけど……。


 その後、彼は私の掴んだ手と反対の手で、私の頭を優しく撫でるように触ってきた。


 私にはこれまであまり男性が近寄ってくることがなかった。それに両親も既に離婚していて、母親と妹と三人で暮らしていることから、手以外を男性に触られるのは、この時に彼に触れられるまで経験したことがなかった。彼は桜の花びらが私に付いていたから、取ろうとしてくれたみたいだけど……男性の暖かい大きな手で触れられる。これは初めての経験であり、私にとってはとても新鮮で、とても胸がドキドキした瞬間だった。


 そう……。今思えばこの時から。


 私、小花夏蓮おばなかれん大沢文人おおさわふみと君に恋をしていた。


 それが私の



 だった……



 彼は暖かい手で私に触れてくれた三年後……。

 

 彼の手から暖かさは消えてしまい、二度とあの手に触れられなくなってしまった。



 私は彼の訃報を聞いてから、しばらく泣き続けた。



 思えば、あの桜の舞い散る入学式の日から……高校生活の三年間。私は彼にずっと想いを寄せ続けていたはずなのに、うまくその気持ちを彼に伝えることが出来なかった。そんな彼には幼馴染みの女の子がずっとそばにいて、私が入り込む隙なんてなかった。――いま思えばそんなのは言い訳に過ぎないのだけど……。そんな彼と幼馴染みの子が、当然のように付き合うことになって……私は二人の関係を遠目から羨ましがることしか、出来ないでいた。


 ただ、そんな私にもチャンスが転がってきた。それは、付き合っていた彼と幼馴染みの子が別れることになったから。その話を聞いた時、彼には申し訳なかったけど、私は心底喜んだ。やっと私が入る隙が出来る。……そう思って告白してみたけど……――正確には告白の練習になっちゃうのかな……。――結局何も変わらなかった。彼に幼馴染みの女の子が居ても、居なくても、私に勇気が無かったら何も意味がなかった。

 

 高校に入った私は、演劇部で顔を知られていた為か、物好きな男子に何人か告白してもらえた。けど……肝心の彼からは何もアプローチしてもらえなかった。女だからって待ってるだけじゃ何も変わらない。それを行動して変えていける、彼の幼馴染みの女の子に凄く憧れを抱いていた。しかし、幼馴染みの女の子は彼と別れた後、しばらくして彼の親友でもあった男の子と……付き合いだした。彼の近くでそんなことが出来た彼女は、どういう心境だったのか、私には見当もつかなかった。


 私はそんな風に、次から次に幸せを手に入れるがずっと羨ましかった。



 そうやって悶々と学校生活を送っていたある日、学校近くの神社で彼の幼馴染みの女の子が、彼と付き合っていた時に、常に身に付けていた。――そして、同時期に彼のかばんからも光輝いていた、クローバーの形をしたアクセサリーが落ちているのを見つけてしまう。私はそれを持ってると、彼の側に近付けるんじゃないかと……――もちろん抵抗はあったけど……大事なものならこんなところに落とすはずがない――と思い、こっそりとかばんにしまって持ち歩くことにした。それから数日が経ってアクセサリーの効果が表れたのか、同級生でバイト仲間でもあった、土村君に声を掛けられた。土村君は彼が、当時親しくしていた男の子だったから、彼に近付くきっかけになるチャンスだと私は思い、土村君に彼のことが好きである事を伝えた。すると土村君は迷わず、私に協力をすることを誓ってくれた。


 ただし……条件付きで。


 彼から出された条件とは『高校卒業まで土村君と付き合ってるふりをすること』



 もちろん私も理由を聞かずにそんな条件をのめるわけはなく、すぐに土村君に理由を聞いた。すると土村君は、大企業の御曹司であり、許嫁がいて結婚させられそうになっていると。その許嫁とは結婚をしたくないから、彼女がいることにして、縁談を進めないようにしたいと。御曹司や許嫁など、今どき簡単に信じられる話しでもなかったけど、彼の大豪邸に行ってしまったら、信じるしかなかった。ただ仮に全てが本当だったとしても、やっぱり簡単には条件をのめなかった。


 いくら演劇部に所属してて演じるのが慣れていたとは言え、初めて付き合うのがなんて私でも嫌だった。それに一番は彼に勘違いでもされたらと思うと……。そんな大きなリスクは私には背負えないから、土村君には断ろうとした。


 すると土村君から衝撃の事実を聞かされる。実は土村君には好きな人が居て、その相手が私の親友であった雪菜であると。土村君は許嫁との結婚を先延ばしにして、高校卒業後に一学年上の雪菜が通っている大学に入って、雪菜に告白をするという壮大な野望を抱いていた。


 お互いの友人の事が好きという共通点や、土村君は私と違い手に入らない相手にも貪欲に手を伸ばそうとしている。そんな行動力に尊敬の念を抱き、土村君の為に彼の彼女を演じることにした。

 

 ……それが全て間違いだった。


 

 土村君の許嫁は私たちと同じ高校でもあった為に、同級生や卒業生の雪菜に対しても、嘘をつかなければならなかった。


 そして、私は慣れない嘘をつき続けた。雪菜にも彼の幼馴染みの女の子にも……。卒業式が終わるまで……。卒業式が終わった後、土村君と一緒に家に行ったら終わる……そこで土村君から彼の連絡先を教えてもらって……私は彼に想いを伝える……今度は私が彼の側にいる番…………。


 

 そう夢を見て……待ち望んでいた瞬間は私には訪れなかった。


 彼は私が待ち望んだ卒業式の次の日には……この世からいなくなってしまっていた……。


 


 後に雪菜に本当のことを全て話した際に聞いた。卒業式の日、彼は私を探してくれていたらしいけど、土村君と一緒にいるところを見て、声を掛けないで学校に戻ってきたと。雪菜はそんな彼に、『夏蓮と土村君が付き合っている』と伝えてしまった。と、涙ながらに謝られたけど悪いのは雪菜じゃない。みんなに嘘をつき続けた私だ。私が最初から嘘をつかないで……別の方法で土村君の助けになっていれば……。

 追い掛けてくれた彼と……話しをすることも出来たのかも知れない……その時に彼に想いを伝えることも……。私が選択を間違えなければ……彼が私の想いを勘違いしたまま……この世から去ることはなかった。

 

 私は全てを知って再び泣いた。


 この三年間で彼に想いをしっかりと伝えていれば……。

 最初から嘘をつかずに、彼ともう一度話していれば……。 


 私の頭の中で同じ後悔が何度も、何度も、何度もぐるぐると掛け巡り続けた。


 そんな私のそばで光っていたのは、彼の持っていたアクセサリーだった。


 そもそも人の想い出の詰まった物を、勝手に自分の物にするなんて事をしてしまった罰がこれなんじゃないかと思った。

 私はどうして良いか分からずに、アクセサリーのあった、ベンチが置かれていた場所に返しに行こうと向かった。



 偶然にもそのベンチに現れたのは……



 私が、彼の幼馴染みの女の子だった。

  


 不思議と彼女の姿を見た瞬間から……。アクセサリーを手放すのが惜しくなった。 

  


 

 そして……いま私は、なぜか桜が舞い散るこの駅に立っている。


 私の考えが正しければ、もうすぐ彼がここにやってくるはず……


 私は理由はどうであれ、この巡ってきたのチャンスに全てを掛ける。


 誰にも彼は渡さない。今度こそ必ず自分の手で掴みとってみせる。



 もちろん。


 友達になった茜ちゃんにも絶対に

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