太陽と月の舞踏会

 とうとう今日が来てしまった。雪と敦己さん結婚式。本当はクビ覚悟でメチャクチャにしてやりたい。でも、ブライタルディレクターがそんなことしたらクビじゃ済まない。参加者、スタッフのみんなからの避難に、このネット世界はすぐに拡散されて、もう私の居場所はどこにもないことになってしまう。それはごめんだ。だから、今日は我慢して仕事を全うする。それしかできない。

「私以外の誰かがぶち壊してくれればいいのに」

 

 18時50分。次々と純白の式場に人が入って来た。雪の家族、日菜は少々気まずそうに挨拶を交わした。他にも元クラスメートの人たちが入ってくるたびに日菜はみじめさを感じた。

 テーブルに人が埋まって式場のドアが閉まった。するとアナウンスが流れて、直後に華々しい結婚式の曲が流れた。スタッフたちは照明を消して、新郎新婦が下がってくる階段だけ点した。

 真っ白なウエディングドレスをフリフリさせながら階段を降りる、今となっては憎たらしく見える顔の雪。それを手で引く白いタキシードをまとった敦己。彼はディレクターとして黒い制服を来た日菜を見て、鼻で笑った。

 開演の挨拶を終えて、ついに結婚式が始まった。


 新郎新婦の紹介を仲人の2人と同じ高校教諭の男が行い、格主賓の挨拶を終えた。スタッフ達は次の乾杯とケーキ入刀のためにグラスと皿を各テーブルに配りに回る。新郎新婦にがディレクターの日菜が行った。

「お、おめでとうございます」

「ありがとう日菜。敦己さんと幸せになるわね」

 最低ね。雪、それに敦己さんも笑ってた。2人して私を、ずっと前から嵌めてたんだ。許せない。

「では、これより新郎新婦によるウエディングケーキ入刀を行います。ただいま運ばれました、この大きなショートケーキには、新郎の渡辺敦己様が好きということで、みかんがたくさん入っています。そしてよく見てもらうとわかると思いますが。全体的に薄いピンクとなっています。こちらはあまおうの生クリームとなっています」

 会場内はケーキの甘ったるい匂いが漂っている。ご満悦そうな面の日菜が敦己と大きなナイフを一緒に持ち四角くてほのかなピンク色のケーキにいれた。式に来た人たちからは拍手がやまない。なんでこんなのに拍手するのかが理解ができず、さらに腹が立っている日菜は、チッと舌打ちをしながらも、ウエディングケーキを乗せた台車を引いて裏へ持って行った。

 私が銀色の台車を引いて裏で包丁でナイフを持っている人に参加人数分にカットを頼んでいるところ、表の方ではもう乾杯が始まって、みんなで歓談や食事が始まった。この人がケーキを切り終えてしまったら、私は楽しさが絶頂のような場所にまた運びに行かないといけない。もう今からでも帰りたい。

 あの2人によってちょうど真ん中に切られた四角いケーキは、今キレイに参加人数分に分けれてていく。私はそれを見ているだけで辛くなってきた。ナイフが一回、二回とおろされていく。心…身体?がグニャリとする感覚が私を襲った。すると、


ドン!ガシャン!


 不意に鳴り響く聞き慣れない音、そしてガラスが割れる音も鳴った。そしてすぐに甲高い悲鳴が聞こえたと思ったら、聞き慣れない音は何回も何回も連続して式場を支配しだした。様々な悲鳴はあっという間に衰退した。

 日菜はさすがに何が起こっているのかがわからなくて、恐る恐る式場の方を覗いた。するとそこは先ほどまでの煌びやかで潔白な間ではなかった。

 シャンデリアの大半は崩れ落ち、食べ物は散らばり、来賓は血を流し倒れている。逃げようと狂う者もいる。純白のカーテンや壁は鮮血で模様ができていた。

「どういうこと…何が…うっ、、」

 苦しい…、何?このグニャって感覚…、気持ち悪い。誰がこんなこと…。

 日菜は苦しい表情で場内を見た。するとそこには明らかに異質な二人組がいた。上品な黒いドレスを着ているお団子ヘアの女性。黒いタキシードに整った髪の男性。2人に共通しているのは、真っ黒く長いマシンガンを持ち、目元を隠す黒い仮面を着けていること。そして服に赤い薔薇のコサージュが付いている。

 この2人は黙々とマシンガンで連射し、逃げ惑う来賓を打った。

 「あ…、あ…、もう、いや。いやあぁああああ!!」

 日菜はとうとう発狂した。その拍子に隠れていたはずが飛び出してしまった。2人はすぐさまそれに反応して日菜を見た。すると女性の方が声を張り上げた。

「ルーン様!いた!!マーニ!お願い」

「あ…、殺され…、死ぬ」

 男性の方は足元に置いていたボストンバックを開けて袋を取り出した。そしてそれを日菜に投げつけた。日菜は咄嗟に構えてキャッチした。日菜はビビりながら中身を確認すると、2人と同じ仮面と薔薇のコサージュ、そして紅い剣と白と赤のマーブル模様のピストルがはいっていた。

「なに、これ…、あ…ぐぁ…」

 日菜を襲っている感覚が一気に力を増した。

(ひ…)

(めざ………おき)

(ひな、起きたわよ)

「誰!?」

 感覚が消えた。その瞬間日菜の頭の中で女性の声がした。

(私はルーン。気軽にルナって呼んでちょうだい)

「ほんとに何なの。もう幻聴?最悪…」

(急すぎたわね。でも私はあなたの味方よ。そうね、あなたの別人格…、またはヒーローとでも思ってちょうだい)

「意味わからない。もしかしてあの人たちって仲間?じゃあこれってあなたの?いや、私の?」

(混乱してるわね。いいの、日菜はその剣であの女を殺せばいいだけ)

 日菜の目線は雪へ向いた。

(あの女は、中学の頃から日菜をずっと見下して来た。そしてずっと笑い者にしていたわ)

「中学の頃から…。どういうこと」

(日菜は気が弱いとこあるからアイツみたいに堂々としている女と友達になれると楽しいのよ。だけどアイツはダメ。アイツの恋のサポートで成功した試しはあるかしら?)

「ないよ、え、嘘…でしょ?」

 日菜の脚はガタガタと震え出した。

(成功するわけないのよ。アイツが狙って自分の男にしてるんだもの)

 驚愕の事実に日菜はショックで口が閉じなかった。

(今回だってそうじゃない。…いいの?長きに渡るこの因縁、断ち切らなくて)

 日菜は何も言わない。ただ、薔薇のコサージュを胸にそっとつけた。そして、紅い剣を右手に音もたてずに持った。

「意外と軽いんだ。身構えちゃった」

 日菜は歩きだした。ゆっくりとゆっくりと。

「この剣、おしゃれだね。薔薇が装飾されてる」

カタ…、コト

 ゆっくりと歩いた日菜は、今にも泣き出しそうな雪の前に立った。雪の近くには瓦礫が積もっている。そこからは血が流れている。そして見覚えのある筋肉がガッシリついた腕があった。

「あ、もしかしてコレ…、敦己さん?」

 雪は怒り狂っていた。

「コレってなによ!そうよ!敦己よ!!何なの?アイツらあんたが雇ったの!?嫉妬!?最悪だわ!!私はアンタの親友じゃなかったの!ねえ!日菜!!」

 ヒステリックな声で叫び散らかす雪を見て、日菜は嘲笑した。

「親友?バカじゃないの?雪、あなたは死んで」

「は?」

「私は、あなたを信頼してた。なのに、こんなのってないじゃない!最低じゃない!あなたが死んでも、私は一生恨み続ける。だからせめて、敵は私に討たせてね」

「え…ちょ、な…」

 日菜は右手に持った剣を振った。紅く鋭い刃は雪の顔面に大きな傷をつけた。雪の顔は瞬く間に真っ赤に染まった。そして日菜はまた返すように剣を振った。今度は肩から横腹にかけて大きく斬れた。雪はとうとう倒れた。純白のウエディングドレスは儚く千切れ、赤く、赤黒く染まっていった。日菜はその様子を息を荒くし、ただ立ち尽くして見ていた。

(お疲れ様。頑張ったわね。日菜にとっては少し刺激が強かったわね。交代しましょ、おやすみ)

「え?」

 不意に日菜の表情は変わった。冷たい女王のようなものだ。

(え、交代ってもしかして、入れ替わったってこと?)

「ええ、そうよ。あとは任せてちょうだい」

 ルーンは袋の置いてある場所に戻り残りのピストルと仮面をとった。そして仮面をはめて正装のマーニとソールの元へ歩いた。

「ルーン様!お疲れ様です!さすがですね!あの新婦の斬り方最高です!残酷で非道を極めてますね!」

「ええ、ありがとう。さすがでしょ、女の恨みってのは凄いのよ」

「あ!見てください!教えてもらったお団子!うまく行きました!今日ここまでくるまでもマーニとしっかり身だしなみチェックしたんですよ。殺す時でさえ身だしなみを大切にする。ルーン様はやはり最高です!これからもこの髪型でいかせてもらいます!」

 ソールの熱弁にいつもはボサボサの髪がツヤがあり整えられているマーニがコクコクと頷いた。

「それはよかったわね。でも残念だわ」


「次はないのよね」


 銃声が7回鳴った。

 マーニが倒れた。

 ソールも倒れた。

 2人から血が流れでた。ソールが小さな掠れ声を出している。

「え……、な…んで、です…か…………?」

 ソールから息の音が無くなった。

(え、本当にどうして…?仲間じゃないの?なんで殺したの!?)

「仲間、だなんて思ったことはないわよ?この2人は私が昼に目覚めるためのこの作戦の駒よ」

 ルーンは武器を袋に戻した。

「そもそも最初から殺すつもりだったし、それに私、日菜には新郎の方も殺させてあげたかったから、新郎も殺すなって言ったのに死んでるじゃない。しくじったんだから結局殺すわ」

(ルナ、あなたは何者なの?私を助けてくれている?)

「私は日菜を解放したのよ」

(解放?)

「難しい話はごめんよ。私はあなたの味方ってだけ覚えてくれればいいのよ。ほら、あなたの嫌いな嫌いなこの時間は、私と日菜の2人になった。今はこの清々とした時間を楽しみましょ」

 そう言ってルーンはフラメンコのステップを踏み始めた。日菜はというと、乗り気ではなかったが、徐々に徐々にルーンのペースにハマっていった。


「私、これからどうすればいいの?人を殺しちゃった」

 式場は食べ物、ケーキ、血、人々の死臭が混ざった酷い臭いが充満している。それを一切気にせず1人、日菜は話す。

(たかが1人殺したくらいなんたってことないわ。私なんて80は殺したもの)

「夜の私って凄かったのね。て、そうじゃなくて私もあなたも居場所がなくなったんじゃない。私はもう犯罪者。あなたは勝手に仲間を殺した。裏社会の人たちに狙われるんじゃないの?」

 日菜は大きなため息をつきながらもう食べる者がいないケーキを代わりに食べた。

(それに関しては対処済みよ)

「そうなの?」

(私が所属している拠点のハティには爆弾を仕掛けておいた。今頃木っ端微塵になってるんじゃないかしら。これでここら一帯の裏社会は機能を失くすわ)

「ルナってやるコトエグい。でも、表側の私が殺したことについては?さすがに警察組織を壊すなんて無謀すぎることはできないでしょ」

 またケーキを一切れ頬張る。日菜は最後の晩餐になると思って食べている。

(海外逃亡すればいいのよ)

「そんな金ないよ」

(私にはあるわ)

「え?」

(一生懸命依頼をこなして貯めたお金を使うのよ。そうすれば海外に逃げても満足した生活を送れる。そんくらいの貯金があるわ。やるかどうかはあなた次第よ。日菜)

 …、…………。

「その話、乗った」


 私、これでいいんだ。


(私はあなたの味方よ。一緒に行きましょ)

「ちなみにどこに逃げる気?」

(スペインよ!)

「な、なんでよー」


 次の日、取締役が悲惨な状態のこの式場を見つけ、鮮音日菜という女性は音信不通となり、一晩で行方が不明となった。

 突如の爆発事件で警察は捜査が難航中。そこに出入りしていた者の素性が何故かバレて裏社会が壊れたらしい。

 この二つの記事が取り上げられるのを見るたびに笑う女性がいるらしい。しかし、彼女のことは誰も知らない…。

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太陽と月の舞踏会 大和滝 @Yamato75

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