第18話 失ったものは
「一緒に歩かない?」
「え…うん…良いけど」
「よかった…じゃあ行こう」
そういって俺と夜野は駅の方に歩き出す。店を出た時、17時半ぐらいだったのでバイトに行くには少し早い気がするが黙っておく。
「一昨日の話…覚えてる?」
「ああ…電話で話してたやつ…」
一昨日、夜中の校舎の屋上で話したことだ。うん、と夜野が首を縦に振った。
「その…お姉ちゃんの事なんですけど…」
「天先輩の事だよな」
「…うん」
少し重めの雰囲気が漂っているのは誰が見てもわかるだろう。聞いていいラインと聞いてはいけないラインが分からないので次の言葉を選んでいると…
「黒宮ってお姉ちゃんとどこで出会ったの?」
「中学の時に一緒に話したり…」
「えっ…黒宮ってもしかして月城東中なの?」
「そうだよ」
天先輩の妹と聞いていたので夜野と同じ中学なのは驚かなかったが、向こうはそれを知らなかったらしく驚いたように聞いてきた。
「一回も同じクラスにはならなかったけど…」
「そうだね」
高校に入るまで夜野とは面識がなかった。中学では見かけることはあったかもしれないが、同じクラスになったことはなかった。
「それで…天先輩が自殺したっていうのは…」
「うん…お姉ちゃんが高1の時に…部屋で自殺してた」
「…っ」
改めて聞くと悲しみがこみ上げてきそうになる。初恋の人の死とは案外つらいものだった。
「原因とかは…」
「…実はお姉ちゃん動画投稿してたんだよ…」
「……知ってる」
「えっ?」
夜野が顔をこちらに向けてくる。やはり家族にこの話はつらいのか、目は若干潤っているように見えた。
「中学の時に天先輩から聞かされた」
「そうなんだ…それなら早いや」
夜野はまた下を向いてしまった。そしてさっきよりも小さな声でまた話始めた。
「お姉ちゃん…高校生になっても動画投稿を続けてたの……でもそれがいけなかったんだ」
「どういうこと?」
「お姉ちゃんが動画を投稿してるってクラスにバレたらしい。そのせいでお姉ちゃんは学校でいじめられてた…」
「な…」
「ネットでも…学校でもいろいろ言われてたらしくて…それで…」
「もういいよ。分かった」
夜野の苦しそうな表情に耐え切れず話を遮る。理由のない怒りがわずかに湧いてくる。
「もう思い出さなくていいよ…」
「…なんか、ごめん。自分から話したのに…」
声のボリュームは依然落ちたままだった。重い空気はさっきよりもいっそう重く感じる。上舘駅という看板がすぐそばに建っている。駅の前まで来て、階段を上っていく。駅構内を二人で沈黙しながら歩く。こんな二人を見てカップルだと思う人なんかいないだろう。
そのうち駅の改札の前まで来てしまっていた。俺はバイトがあるので改札を通り過ぎて駅を通り抜けるが、夜野は改札を通って電車に乗らなければならない。
「じゃあ、また学校で…」
「うん…学校で」
そういって俺は夜野に背を向けて歩きだす。時刻は夕方で、人も多い。
「……彼方の目…青くなってた?」
少女は少年の後ろ姿が人ごみで見えなくなるまで目を離すことが出来なかった。
その日のバイトもいつもと変わらなかった。土曜日でお客さんが次々とやってくるので息つく暇もなかったが、どこか胸に違和感があった。
「お疲れさまでした」
「うん。お疲れ」
バイト先の店長と先輩に帰りの挨拶を済ませて、バックルームに入る。すぐに着替え終わりバックルームから出ようとしたとき、ふと近くの洗面台に備え付けてある鏡に視線が行く。
「えっ…目が…」
そこには昨日よりも青みが増した黒目があった。まだかろうじて黒に見えるが、これ以上青くなると完全に碧眼になってしまう。
「マジで天先輩みたいだな…」
俺が人生で唯一であったことのある青い目の人物を思い浮かべる。
荷物を持ってバックルームを出て、店の裏口から外に出る。店の横に停めてあった自転車を探して、サドルに乗る。そしてメッセージアプリで夜野にメッセージを送る。
今起きてる?
荷物をかごに入れて漕ぎ始める。バイト先のすぐそばの大通りから川の方に向かっていく。コンビニと大きなスーパーマーケットが両側にある道を進み、図書館の前の交差点まで来た。信号機の前で止まり、色が変わるのを待っているとスマホが振動するのを感じた。
スマホを見るとメッセージアプリの通知が来ていた。
起きてるけど
どうした?
メッセージが返ってきたので、すぐに返事を返した。メッセージを送るとすぐに信号の色が変わった。
何でもない
夜野が寝ていれば学校の屋上に寄ってカグヤ先輩に会おうと思っていたが、夜野が起きているため今夜はやめておくことにした。
アパートの駐輪場に自転車を停めて、鍵をかける。郵便ポストに何も入ってないのを確認して階段を上っていく。
「あ!……すいません」
「いえいえ、こちらこそすいません」
スーツ姿の男性と階段の陰でぶつかりそうになった。すぐに避けたのでぶつかりはしなかったが、危なかった。男性はすぐに謝罪してきた。頭を下げながらアパートの出口に向かっていった。
顔はよく見えなかったが、俺よりも身長が高く眼鏡をかけていた。このアパートで見たことのない感じの人だったが、一度も会ったことのない人くらいいるだろう。
「へ~いいね……彼…」
影のかかった顔からは何の感情も感じ取れない。くぐもった独り言は夜の暗闇に消えていった。
次の日は日曜日で特に何もなかったのでじいちゃんの家に行った。じいちゃんの態度はいつもと変わらなかったが、ばあちゃんは嬉しそうに夕食を用意してくれた。
しかし、家族全員から目の事を聞かれた。もう誰が見ても青く見えるくらい青色に近づいているんだろう。何とか誤魔化せたが、そろそろ眼科に行った方がよいだろうか。そんなことを思いながら一日が終わった。
そしてGWが終了して元の学校生活が戻ってくる。
「あっ…おはよう」
「おう、おはよう…どうしたその目?カラコンか?」
「いや…何でもないよ」
校舎の昇降口で直人と挨拶をした。霞や部活の人とは会っていたが直人とは5日ぶりなのでものすごく懐かしい気がした。直人は今日は彼女と一緒に学校に来たらしく横には直人の彼女の姫花さんがいた。
やはり目の事を聞かれたが何とか誤魔化せた。他の人には言わないでくれと念を押しておいた。
一人で階段を上っていく。GW中にも何回か校舎に侵入していたので懐かしさはあまりなかった。4階に着き、教室に向かって廊下を進むと一年二組の教室が見えて来た。
「ん?」
他の生徒の邪魔にならない位置の入口付近に女子が立っていた。黒の肩にかからないくらいのボブヘアーに見覚えがあった。
「夜野…何やってんの?」
ビクッと体を震わせ急いで彼女は振り返った。その顔は今までに見たことがなかった。恐怖?驚愕?困惑?言葉で表せない顔をしていた。
「黒宮…私の事見えてる?」
「はぁ?見えてるけど……」
同じような言葉を俺は確かに誰かから聞いたことがある。屋上で出会った透明人間から…
心臓がドクドクと鼓動が速まっていく。すると…
「どうしたの?彼方」
後ろには霞が立っていた。教室の入口付近で突っ立ている俺を不審に思っているようだった。背中と手のひらから冷や汗が滲んでくる。
「霞……夜野ってここにいるよな」
そういって夜野を指差した。彼女は確かに俺の隣に立っている。俺には確かに見えている。
「えっ?…」
霞の表情は変わらない。あたかも当たり前のことのような表情と口調で話す。
「誰も居ないけど…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます