第17話 歓迎会
その日の部活もいつも通りだった。
朝の9時頃から練習を開始して、12時半ごろに終了した。片付けを済ませてみんな着替え終わっている。道場に全員集まって雑談している。
「おし!じゃあ、みんなお店に移動しようか」
部長がみんなに聞こえるように話し始めた。この後、駅近くのお店で歓迎会をするらしい。
「穂香、雄太。みんなを店まで案内して」
「わかりました」
「OK」
渋沢部長が二人の副部長に声をかけて、副部長たちはそれを了承した。ぞろぞろとみんなが立ち上がり、外に出ていく。
「行こう、彼方」
「おう」
霞も立ちあがって行こうと促してくる。
「それじゃあ、乾杯」
部長が声をあげる。みんなはそれに合わせてグラスをぶつけていく。
歓迎会は駅の近くにある鉄板焼きのお店だった。その店の二階の大きな座敷がある、大広間で部員はそれぞれテーブルに4、5人が座っている。
俺のテーブルは俺自身のほかに3人の先輩がいた。隣には涼風先輩、向かいの席には二年生の
「よ~し、皆さん何食べます」
「遠慮せずに食べな」
良平先輩が同じテーブルの俺たちにメニューを見せてくるのと同時に隣の涼風先輩も話しかけてきた。
「俺、このねぎ焼豚天っていうの食べたいですけど」
良平先輩がイチオシという部分にあるメニューを指差してみんなに見せる。
「私は別にいいけど…彼方は?」
「俺もそれ食べたいです」
「……」
「ほら、市川先輩も何か選んでくださいよ」
良平先輩が隣に座っている市川先輩にも話を回す。市川先輩は普段から必要以上にしゃべらない、無口な人で表情もあまり変わらない気がする。
「……じゃあ…もんじゃ」
そういってもんじゃのページにある「下町もんじゃ」と書いてあるメニューを指差していた。
「了解っす。すいませ~ん」
そう言うと良平先輩は店員を呼び出して、注文をしていた。
「彼方、部活慣れた?」
「まぁ…何とか」
涼風先輩はこちらを見て話しかけてきた。
「彼方…弓道上手くなってるよね」
「そんなことないですよ」
いきなり褒められて、反射的に謙遜してしまう。正直に部活内の実力で順位付けするとしたら一番は涼風先輩だと思う。その次くらいに渋沢部長か志村副部長が来ると思っている。
「いや~なんたって俺が教えてますから」
「良平は彼方より下手でしょ」
「はぁ?今調子悪いだけだし…」
涼風先輩にイジられた良平先輩はバツが悪そうに言い訳をしていた。
「でも…ほんとに上手いよ。黒宮君は…」
「へ~市川先輩も人の事、褒めるんですね~」
「どういう意味かな?」
そういうと市川先輩は良平先輩の肩をつかんでいた。顔は無表情だがその顔には明らかに怒のオーラを感じる。
「い…いや~何でもないっす」
「いつも一言多いんだよな…良平は」
涼風先輩もやれやれという顔をしている。どうやらいつもこういう感じらしい。他の席でも同じような感じで話が盛り上がっている。ふと隣のテーブルを見ると夜野も楽しそうに会話していた。
「ん?…どうしたの彼方」
「いや…なんでもないです」
「あの子と仲良いの?」
「特別仲良いってわけじゃないんですけど…少し気になってるというか」
「ふ~ん」
今の言い方だと少し誤解を生んでしまいそうなので、補足を入れておく。
「あっ…別に好きだから気になってるわけじゃないですよ」
「そこまで聞いてないよ…」
なぜか先輩は不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。俺も手元の飲み物を一口飲む。
「失礼します。こちらお料理になります。」
そういって店員がいくつかボウルを持って入って来た。ボウルの中にはお好み焼きやもんじゃの材料が入っている。この店では具材を店員が持ってきて、それを客が自分で目の前の鉄板で焼くというシステムになっている。
「おっし、きたきた」
「お~」
「美味しそうですね」
「……」
店員はそのボウルをテーブルの端においてテーブル中央の鉄板に火をつける。
「こちらお熱くなるのでお気を付けください」
「は~い」
良平先輩が店員に返事をするとその店員は他のテーブルに行ってしまった。
「じゃあ、お好み焼き作るんで、もんじゃ誰かお願いします」
「彼方、お願い」
そういって具材の入ったボウルを涼風先輩はこちらに向けて来た。その顔はまるでお菓子をねだる子供のような顔だった。
「えっ、は…はい」
その先輩の上目遣いに一瞬ドキッとしてしまった。顔は赤くなってないか心配になる。
「かわい子ぶんじゃねーよ、楓花」
「そんなんだから良平はモテないんだよ」
「お…おま、言ってはいけないことを……ていうか市川先輩も手伝ってくださいよ」
良平先輩は運ばれてきた具材を全力で混ぜていたが、手が疲れたのか隣の市川先輩にヘルプを出した。
「私は食べる専門だから…」
「そこを何とか…」
そんなことを言っているがお好み焼きはすでに鉄板の上で焼き始めており、もう半分くらいは出来上がっていた。こちらのもんじゃ焼きはまだ具材を混ぜている段階だ。
「美味しそう」
こちらのもんじゃ焼きもようやく焼く段階に入って、鉄板の上にもんじゃを投下していく。涼風先輩も目を輝かせて完成を待っていた。
ジュ~ジュ~という音と共に美味そうなにおいがふんわり匂ってくる。他のテーブルでもみんな鉄板で焼き始めていた。
「あっ…そうだ」
思い出したように良平先輩は顔を上げた。
「みんな、なんか嫌いなトッピングとかあります?」
「ないです」
「ないよ」
「なし」
俺、涼風先輩、市川先輩の順でそれぞれ答えていった。良平先輩は軽く「OK」と言って、持っていたコテでお好み焼きをひっくり返した。
「「「おお~」」」
俺たち三人は感嘆の声をあげた。良平先輩は得意げな顔をしていた。こちらのもんじゃも完成間近だ。
「こっちもそろそろ出来ますよ」
「そうだね……あれ?」
「どうしました?」
「目…どうしたの?」
涼風先輩は顔を近づけて来た。優しい香りと先輩のまつ毛と目が目前に迫ってくる。
「あ…えっ…」
「青くなってるよ」
「ダイジョブです」
「そう?」
返事が片言になってしまった。顔が少し熱くなる。これは鉄板の熱によるものなのか、それとも緊張のせいなのか。
「おい…イチャつくな。もうできたぞ」
「イチャついてないし…」
ふと鉄板を見ると、こちらのもんじゃもほとんど完成していた。あとはトッピングを加えるだけだった。
「は…早く食べましょう」
そういって話を切り替える。
「おしっ…俺に任せて」
良平先輩はそういうと、テーブルの横に置かれていたマヨネーズやソースを取った。それらを使って、まるでお手本のようなお好み焼きが完成していく。
「…うまそ~」
市川先輩はもう皿を取り出して、食べる気満々の様子だ。
「ほら、みんなも食べて」
そういって良平先輩はお好み焼きを切り分けていく。きれいに四等分されたお好み焼きを皿にのせてもらう。
「いただきます」
「それじゃ、みんな。ここで解散で…」
「お疲れさまでした」
全員で解散の挨拶をして各自帰りの方向に歩いていく。
俺も駅前のバイト先に行くために、歩き出そうとしたその時…
「あの…黒宮君…」
振り返ると、そこには夜野が立っていた。
「す…少し一緒に歩かない?」
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