第15話 静かな場所
「ていうか、なんでお前こっちに来たんだ?」
風呂場を出てバスマットの上に立つ。あらかじめ置いておいたタオルを手に取り、ごしごしと頭から水分を拭きとっていく。
「友達と遊ぶついでに、おじいちゃんにお兄の様子見てこいって言われた」
スマホを見ながら答える。相変わらず、兄に対しては雑なところは変わってない。
「お兄こそ、部活は?」
「今日は休みだよ。バイトもな」
言った通り、今日は部活の練習もバイトも何もないので特にすることもない。GW中にやるようにと渡された学校の課題でもやろうと思っていた。
髪をタオルで拭き終わり、ドライヤーを取り出してコンセントを刺す。強風に設定してファンが回る大きな機械音と共に熱風が吹いてくる。その熱風を髪に当てて、乾かしていく。
「お兄、電話なってるよ」
「え…誰から?」
ドライヤーの機械音のせいで聞こえていなかったが確かに俺のスマホから着信音がなっている。下着一枚しか着ていないが着替えている暇などないのでスマホを覗く。そこに表示されている名前を見て安堵する。
「もしもし、霞」
「あ、彼方」
「どうした」
「彼方って部活のグループに入ってなかったよね」
この会話における「グループ」とはおそらく仲間内という意味ではなく、メッセージアプリのグループの事だろう。
「ああ。練習に参加したの二日前からだからな」
「いま、部活のグループに歓迎会の出席確認の投票があるんだけど、彼方まだグループに入ってないから行けるかどうか確認したいんだけど…」
「それっていつなの?」
「明日の練習終わりって話だけど…」
明日はバイトの日だが、明日の練習は午前連なのでさすがに夜遅くまでかからないと思う。
「じゃあ、行けるかな」
「OK、出席って伝えておくよ」
「それだけか?」
「うん、それだけ。じゃあね」
「おう」
そういって電話を切る。
「誰?」
「霞」
「あっそ…」
興味ないなら聞くなよ…心の中でそう呟く。部屋には家族独特の沈黙が流れている。
「何時に友達と遊ぶんだ?」
「もう少ししたら出るよ」
部屋の時計は10時30分を過ぎたところだった。外は明るくとても晴れていた。
「その友達って、あの…同じ部活の子か?」
「そうだけど」
言葉は俺とは違い、祖父母の家から近い月城中学校に通っている。そこで陸上部に所属していて、関東大会で入賞するくらいの実力がある。妹は現在中学3年でもうすぐ引退をかけた大会があるとか言っていた。
「ちょっとそこ座りたいから、どいてくんない?」
「はぁ~」
返事として溜息を吐き、妹は無言で椅子から立ち上がり今度はベッドに座っていた。
俺はさっきまで妹が座っていた椅子に座り、机にスマホとメモを広げる。目を閉じて軽く思考を始める。
・夜野 遥は二重人格である。(もう一つの人格をカグヤ先輩と呼称する)
・おそらく夜野が寝ている間のみもう一つの人格が出現する。
・夜野にカグヤ先輩の時の記憶はない。
・カグヤ先輩は夜野の時の記憶をわずかに引き継いでる?
・カグヤ先輩は突然消えたり、現れたりする。
・カグヤ先輩の人格の時は他人に認識されなくなる。
「どいうことなんだ」
ポツリとつぶやく。考えれば考えるほど分からなくなってくる。もしカグヤ先輩がみんなに見えていて、突然現れたり、消えたりしなければ事態はもっと簡単なのだが、そうもいかない。
完全に超常現象の部類なのだが、なぜか怖いという感情はない。楽しんでいるという表現が正しいだろう。俺はこの現象を楽しんでいる。退屈だった日常が非日常に変わったからだろうか?俺は現状を楽しんでいる。
「あっ、もう駅に着いたって」
「えっ?」
妹にいきなり話しかけられ、思考が途切れた。
「友達が駅に着いたからもう行くね」
「おう」
そういうと妹は荷物を持って玄関に向かう。
「ちゃんとカギ閉めてね」
「わかってるって」
妹は最後に俺の不注意を指摘して玄関を出た。音と共に扉が閉まり、部屋が再び沈黙に戻る。そのせいで再び思考の海に落ちかける。
「…図書館にでも行くか」
この部屋でいくら考えても答えは出てこない。図書館に行けば、何か手がかりがつかめるかもしれない。ちょうど課題もあるので図書館の自習席でやろうとも思っていたところだ。
図書館の空気は独特だと思う。空調が効いているため、とても快適に勉強もしくは読書ができるようになっている。入口近くには会話や食事などをすることが出来る談話スペースがあり、そこを進んでいくと図書館のカウンターが見えてくる。
「すいません。自習席を使用したいんですが…」
「はい。では52番をお使いください」
「ありがとうございます」
カウンターにいた職員から番号札を受け取ってそのまま図書館の2階に行くため階段を登る。番号札と同じ番号の席を探す。GW中とはいえ人はあまり居らず、座っている席よりも空いているの席の方が多い。
「ふ~」
自分の席を見つけ席のすぐそばに荷物を置き、席に座る。図書館のすぐそばには川が流れている。52番と表示されている席は窓際で、その川を見ることが出来た。手がかり探しは課題を終わらせた後にしようと、まず最初に数学の課題である問題集を開き問題を解き始める。
「…んっ?」
集中が途切れて近くにあった掛け時計を見ると、ここに来て課題を始めてからすでに3時間ほど経っていた。一度集中状態に入ると時間感覚を忘れてしまうのは癖になってしまっている。いったん休憩のためにペットボトルの水を飲む。
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