第14話 sister

「な…なんて言った?」


 確かに電話越しの声は聞こえていたが現実を受け入れられずに反射的に聞き返してしまう。


「私の姉は1年前に自殺しました。自宅で、自室で…首を…吊っていました」


 嫌な記憶を思い出すかのように苦しそうな声を出している。顔は見えないが、苦虫をかみつぶした顔が容易に想像できた。


「つまり…天先輩はもう…この世にいない…のか?」


「……はい」


 絶望で視界が暗くなっていく。夜中なので暗いのは当たり前だが、視界の端から黒いもやが這い上がってくる。なんせ初恋の人が死んでいたのだ、人生で何度目だろう…


 一度目は父と母が離婚した時、二度目は母親が死んだとき、三度目は天先輩と喧嘩した時、これが四度目……人生で絶望するのは。


「あの…もう夜遅いから…詳しくは後で話すね…」


「う…ん」


 そういって電話が切れる。もう何の音もならないのにいまだにスマホを耳に当て続けている。


 耳元からなぜかザワザワという音がしてくる。いつもそうだ……絶望とはそういうものだから。足が震えて来た。足に力が入らずに膝が地面に激突した。


「う…くっ…うぅ…」


 嗚咽と共に悔しくて涙が出てくる。床に激突した膝の痛みも感じないくらいに胸も頭もズキズキと痛み始めてきた。目の奥が熱くなってくる。


 喉の奥がざらついて痛い。






「…帰らないと……」


 どのくらい時間が経ったのだろうか?分からない。頭がジンジン痛んできて何も考えることが出来ない。まるでひどい風をこじらせたみたいに体が重くなっている。一歩一歩が重い。階段を、廊下をゆっくりと進んでいく。はじめは怖いと思っていた夜の学校でも何も感じなくなっていた。ただ体が覚えている動作を繰り返しているだけの機械のような気分だった。






「あ……」


 気づくと家の玄関の前にいた。ドアを開けようと取っ手を下に押して、引っ張ろうとしたら何かが引っかかって開かない。カギだ…カギを開けなきゃ…


 ガチャン。


 鍵を鍵穴に入れて回す。音を立てて鍵が開く。今度はちゃんと扉が開いた。家の中に入って扉を閉める。靴を脱いで、そのまま廊下を進んでベッドやテレビ、パソコンが置いてある部屋にたどり着いた。


 意識が覚めていると、常に先輩の事を考えてしまう。もう何も考えたくなくなってきた。目を閉じて意識が沈んでいくのを待つ。


 先輩、なんで死んだんですか。何があったんですか。何をすればよかったんですか。せんp………







「おい!……おい、起きろ」


「ん…んン…誰?」


 寝起きで声が出てこない。かすれた音の波が口から出てくるだけだ。瞼も重い。昨日の記憶がよく思い出せない。首だけを傾けると、そこに人がいた。


「先輩?」


「何言ってんの?」


 聞いたことのある声だ…誰だ?夜野…?いや違う。彼女はこんな声じゃない…


言葉ことは!?」


「連絡してんのに、なんで既読付けないんだよ」


 妹である黒宮くろみや 言葉ことはの荒々しい口調と甲高い声のせいで余計に頭痛がひどくがなってくる。


「寝起きにデケェ声出すな、ボケ」


「なっ…」


 昨日の記憶が徐々に戻ってくる。胸の苦しみは治っていたが、まだ頭が痛い。風呂も入らずそのまま寝てしまったので身体が気持ち悪い。


「何よ、既読もつかないから様子見てこいって言われて身に来たら、鍵も閉めずに散らかった部屋で寝てるから起こしたのに…」


「はいはい、ありがとうございます~」


「ていうか。なんでカギ閉めてないの?不用心すぎるでしょ」


「昨日は…その…疲れすぎて、たまたま忘れてたんだよ」


 何とか言い訳をしておく。疲れていたのは事実なのだから。とにかく汗で全身が気持ち悪いので風呂に入ろう。そう思い立ち上がる。風呂場まで向かったところでタオルを持ってないことに気づいた。


「言葉、そこのタオル取って」


「はぁ?自分で取れや」


 そういって思いっきりタオルを投げつけてくる。寝起きのせいで若干反応が遅れ、頭に当たる。痛くはないがなんとなく不愉快だ。黙って風呂場に向かっていく。


「えっ…」


 風呂場の扉は換気のためにいつも開けているのだが、その縦に長い鏡に自分の姿が写っている。鏡の中の自分の姿に違和感を覚え、よく見るために鏡に近づく。


「なんだよこれ?」


「んっ?どうしたの」


「これ見て!」


 急いで部屋の方に戻る。妹は俺がいつも座っている椅子に腰かけながらスマホを見ていた。その妹に自分の目を指差して顔を近づける。


「何?……えっ…何これ。青くなってる」


 そう。俺の瞳はほんの少しだけ青色を帯びていた。なぜこうなったかは俺自身も分からない。


「何やったの?」


「俺もわかんねえよ。起きたらこうなってたんだよ」


 妹は???みたいな顔をしている。多分俺も同じような顔をしているだろう。兄妹なので顔だけは似ている。


「いつまでも顔、近づけてんじゃねぇよ」


「あ…悪い」


 すぐに顔を退ける。不思議だが、痛みも違和感もないのでとりあえず風呂場に向かう。


 服を脱いでいき、洗濯機に脱いだ服を入れていく。妹は着替えているのに気付いているはずだが特に何の反応もない。小さいころから親がいない分、一緒にお風呂に入ってきたので大した恥じらいもないのだろう。


「ふ~」


 ゆっくりと息を吐きながら、風呂場に入り扉を閉める。シャワーを出し温かくなるのを待っている間、鏡に顔を近づける。そこには黒に若干の青を足した色の瞳が二つあった。かなり近くで見ない限り気づきずらいがたしかに青みがかっていた。


「やべっ…思い出して来ちまった」


 青い瞳を持っていた人を自分はもう一人知っている。青い瞳を見るとその人の音を連想してしまう。昨日に比べれば落ち着いてきたが、少し目頭が熱くなってきてしまう。


「ふ~」


 風呂場でシャワーを浴びている間、昨日の光景が脳裏に蘇ってくる。


「なんで消えたんんだ…」


 カグヤ先輩は突然消えた。もし、カグヤ先輩が夜野の別の人格だとすると消えるというのはおかしい。まるで幽霊のようだ…


「…いや…待てよ…」


 初めてカグヤ先輩に会ったとき、いきなり背後から現れていた。二日目も同じように先輩は背後に急に現れていた。ここにきて二重人格という説がわずかに薄くなってしまった。


「…幽霊?」


 一番最初に頭に浮かんで来たのは、屋上で出会ったカグヤ先輩という人物?は幽霊で消えたり現れたりすることが出来るという説。


「いや…ないな」


 すぐにその考えを自分で否定する。もし幽霊だと仮定した場合、しおりがポケットに入っていたことの説明がつかない。


「でもな~」


 そう、説明がつかないのだがカグヤ先輩が他人に見えないという状態も説明がつかない。そう考えると幽霊という可能性が高くなってくる。


「くそっ」


 いろいろ考えたが結論は出ない。思考を一旦リセットするために熱くなっていたシャワーを頭から浴びる




 









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る