第13話 現在(原罪)の彼方

 死因はやはりがんの悪化だった。最終的に下手に治療をしても体力を減らすだけで、完治の見込みがないため治療は途中でやめることにしたらしい。


「う…うぅ…」


 葬儀の間、叔母も祖父母もみんな泣いていた。すすり泣いたり、号泣したり。僕は泣けなかった。まだ現実を受け止め切れていないのか、それとも本当は悲しくなんてないのか。


 母の火葬が終わり遺骨を壺に入れる時も、葬儀が終わり昼休憩をしている時も、家に帰って来た時も、なぜか泣くことが出来なかった。誰もそのことを咎めはしなかった。


 妹はというと、最初から最後までずっと泣きっぱなしだった。一生分とも思えるくらいの涙を流しながら、行かないでだったり、ママ~だったりと喚き散らしていた。


「大丈夫?」


 母の死後初めての学校。葬儀明けの学校で僕は霞に心配された。どうやら顔色も目元の隈もひどいことになっているらしい。


「うん…大丈夫」


 誰かに大丈夫と聞かれるたびに心を無にしてまるで機械のようにそういっていた。


 部活もしばらく休むことになった、そのため授業が終わればそのまま帰るはずだった…


「あっ!」


「……先輩」


偶然、天先輩と出会わなければ。




「一週間近く休んでて驚いたよ。一年の同じクラスの人に聞いても理由は知らないって言ってたし…」


 クラスのみんなには風邪ということにしてもらっていた。葬儀が終わった後もいろんなことがあった。このまま家に住み続けるか、家を売って祖父母の家に引っ越すか、など子供が選択するには重要過ぎることまで。


「まぁ、ちょっといろいろあって…」


 先輩と一緒に自転車を押しながらゆっくりと歩いている。夕日に照らされて反射したアスファルトが眩しい。人気のない裏道に入っていく。車がほとんど通らないので、生徒はよくこの道を使っている。


「じゃあ、私の話も聞いてくれる?」


「いいですよ…」


 先輩は急に話題を変えてくるが、もうだいぶ慣れたのでうまくいなす。


「ねぇ、私の歌さ。本当にうまいって思ってた?」


 急に声のトーンが下がった、それと同時に心臓の温度も下がった気がした。


「えっ…どういうことですか?」


「私の動画さ…ボロクソに言われてるんだ。ヘタクソとか、気持ち悪いとか…」


 そんな気がした。動画を見せてもらったときは投稿したばかりで何もコメントはついていなかった。しかし、時間が経つにつれて少し視聴回数も伸びたのだろうか。


「君の本当の感想を聞かせてよ…」


「そ…それは…」


言葉に詰まる。今まで逃げてきたせいで何も言葉が出てこない。


「どうなの?」


 チラッと先輩の顔を見るが足を止めて、真顔でこちらを見ている。青い瞳に夕日の光が差し込み何とも言えない色の瞳が少し怖いと感じる。


「ヘタクソなんて思…」


「じゃあなんでコメントで言われるんだよ!!」


 急な大声に体が震える。今まで聞いたことのない声色だった。


「君も思ってるんだろ?私と話しながら心の中では笑ってたんだろ」


「そんなこと…」


「もういいよ」


 言い訳をしようとしても遮られてしまう。そんな態度に少しイラっと来た。


「じゃあ、なんですか?ヘタクソとか言ってやればよかったんですか?なんて言えば満足したんですか?」


 言い返されると思っていなかったのか、戸惑っている。それでも一度出た言葉は止められなかった。


「だいたい…いきなり歌を聞かされる身にもなれよ」


 何言ってんだ?


「いきなり知らないやつに歌を聞かされて感想求められても困るだろ、普通」


 違う。そんなこと言いたいわけじゃない。


「自分の歌、客観的に見たことないのかよ。上手い下手以前の問題だよ。歌として成り立ってない。」


 謝らないと…


「それで調子に乗って動画上げちゃうあたり相当お気楽に生きてんだな」


 やめろって!!それ以上何も言うな。


「うんざりしてたんだよ。人の気持ちを考えられないあんたに…」


 きっと母親が死んで情緒不安定になってましたっていえば許してくれる………


「もうにかかわんなよ!!」


 濁流のような言葉のナイフを出し尽くして意識が戻ってくる。冷や汗が止まらない。言ってしまった言葉は飲み込めない。


「…先輩、は…」


「ごめんね…」


 先輩の顔は泣きそうになっていた。いや涙が目の端からこぼれていた。一言俺に言った先輩はそのまま振り返り、帰っていった。先輩が再び振り向くことはなかった。



「あぁぁ……」


 なぜか涙が出てきた、母が死んでも出てこなかった……いや母の死をようやく実感してきたタイミングでこんなことが起きてしまったためなのか。今までためてきたかのように涙が止まらない。そのまま地面にうずくまる。それが俺の原罪だった。




 その喧嘩以降、俺は先輩に会いに行っていない。先輩も卒業まで俺と話すことはなかった。


 先輩が中学校を卒業してからは普通に学生生活を送っていた。




「先輩?」


 中学三年になってから高校受験のために塾に通い始めた。霞がもともと通っていた塾で毎日夜遅くまで自習していた。


 そんなある日、コンビニで夜食を買ってその近くの公園で食べてから帰ろうと思い公園に立ち寄った時だった。公園の入り口近くのベンチに誰か座っていた。人がいたらやめようと思っていたので立ち去ろうとしたとき、その人物の顔を見て声が漏れてしまった。


 その人はこちらに気づいて顔を俺の方に向けてきた。夜でも光っている青い瞳には見覚えがあった。


「えっ…」


 向こうも俺の視線に気づいたようだ。驚愕の顔がこちらを見ている。その瞬間俺は気まずくなって、急いで公園から出ようとした。しかし、青い瞳の人は急いでこちらに近づいてきて腕をつかんできた。


「待って…」


 今にも泣きそうな顔を向けてきた。そのせいで先輩との記憶の一番最後に見た光景が頭の中でフラッシュバックした。心臓が鉛でも落としたかのように重く感じられた。


「かな…」


「すいませんでした」


 その人が俺の名前を呼び終わる前に遮り、謝罪の言葉を投げる。もし、先輩ともう一度だけ話す機会があれば必ずやると決めていたことを実行する。


「……私もごめん。あの時は…」


 しばらくの沈黙の後、先輩からも謝罪の声が聞こえてくる。まだ腕は先輩に捕まったままだった。



 お互いに謝罪を済ませた後、俺たちは公園のベンチに並んで座っていた。互いに気まずい沈黙が流れ続ける中、俺が先に沈黙を破った。


「先輩のチャンネルまだ見てますよ。登録者一万人おめでとうございます」


 夜なので静かに話し始めた。夜中の冷たい空気が身に染みている。


「な……ま、まだ見てたの?」


 暗い夜中でもわかるくらい顔が赤くなっていた。恥ずかしそうにこちらを上目遣いで睨んでくる。しばらく見ないうちに俺は先輩よりも背が高くなっていた。高いと言ってもほんの数センチだけの違いだが。


「身長、伸びたね。すっかり見降ろされちゃってる」


「先輩は特に何も変わってないですね」


「何も……ね」


 先輩が少し言い淀む。


「やっぱ、なんでもないよ」


「そうですか」


 先輩が何か言いたそうにしていたが、俺はそのことについて深く言及することが出来ない。すると…


「そうだ!」


 何かに気づいたようにポケットをゴソゴソと漁り始めた。なんだろうと先輩の動きに注目していると…


「これ、あげる」


 先輩が手に持っていたのは一枚のしおりらしきものだった。なせこんなものを持っているのか分からないので、先輩に質問する。


「なんですか?これ」


「ん~、なんだろ?遺品?」


「はぁ?」


「なんでもないよ~」


 途中で変なことを言っていたがすぐに先輩は笑顔で誤魔化した。先輩から渡されたしおりは小さな四葉のクローバーをビニールのフィルムでパウチした、簡単なものだった。


「小学校の時に作ったんだけど…あげるよ」


「え~、いらないっすよ」


「いいから持っておいて。捨てないでよ」


 それを無理やり渡され、仕方なくそれを受け取っておく。俺がしおりを受け取ったのを確認すると、先輩は立ち上がった。


「そろそろ帰ろうかな」


「もう10時過ぎてますしね」


 スマホの時刻は22時を過ぎていた。公園の周りは住宅街になっているが人気は全くない。


「じゃあね。彼方」


先輩」






「………忘れないでね。彼方」 


 蒼井 天のつぶやいた独り言は背後の少年の耳には届かなかった。






これ以降、先輩と会わなかった。毎回塾の帰りに公園を覗いていたが、22時過ぎの公園には当然人なんかいなかった。


 そして中学を卒業し、高校に入学、現在に至る。














 


 

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