第10話 Second night

「お疲れ様でした。お先に失礼します」


 おう、とガタイのいい店長が返事をする。俺は厨房にいた店長に挨拶をした後バックヤードに入ってタイムカードを押し、バイトの制服から私服に着替え始める。


 夜野達とカフェに行き、夜野にカグヤ先輩と出会ったことなど自分が体験したすべてを話した。信じてもらえたかどうかは分からないがいくつか仮説を立てることが出来た。


 まず、カグヤ先輩というのは夜野よるの はるかの別人格でありカグヤ先輩と夜野はお互いに記憶を共有しているわけではない。普段はおそらく夜野が主人格だが、夜野が睡眠もしくは意識を失っているときに別人格であるカグヤヒメと名乗る人格が出てくる。


「なんだよこれ」


 スマホのメモに自分で打った文字に今更ながら少し呆れてしまう。まるで漫画みたいな設定だと思ってしまう。でも二重人格だとすればちゃんとした医療機関で検診を受ける必要があるが、カグヤ先輩状態のときは誰にも見えなくなるので夜野が起きている時間でなくてはならない。


「今日もいるのかな」


 スマホを見ると時刻は22時7分となっている。カフェでの会話後、一度家に帰りバイトに行った。高校生のバイト時間は最大で22時までなので、いつも帰りはこの時間帯になる。


「よいしょっ」


 バイト先の店の駐輪場にある自分の自転車を引っ張り出しサドルにまたがる。ペダルを漕ぎ、帰路につく。バイト先と自宅の帰宅路の途中には月城第一高校がある。


 


 自転車をこの前と同じように校門のすぐそばに自転車を停めて、校内に侵入する。相も変わらず鍵は開いている。警備が甘すぎて若干危機感を覚える。


 階段を登り屋上の扉を開ける。この前と同じように重い扉には鍵はかかっていなかった。この時点で時計は22時32分を示していた。


 そこには誰もいなかった。


「なんだ…さすがに毎日いるわけじゃないか」


 そもそも夜野が寝たからと言って100%カグヤ先輩が出てくるわけではないのだろう。そういって帰ろうと後ろに向こうとした瞬間、視界が暗くなる。誰かに両手で

視界を遮られた。


「だ~れだ?」


 聞き覚えのある声が後ろの方から聞こえてくる。数時間前にも聞いた覚えのある声だ。子供のようにからかう口調で、頭のすぐ後ろで聞こえた。


「先輩、お話があります」


「つまんね~」


 手をどけられ視界が戻ったので、後ろに振り向く。そこには昨日と同じように髪が発光した女子がいた。昼間に話していた女子と全く同じ顔の人物。


「いつからいたんですか。隠れてたんですか?」


「いや、気づいたら彼方の後ろ姿が見えたから驚かそうと思って」


「そうですか……」



 今なんて言った。彼方?俺は昨日先輩と過ごした中で一度も名前を教えてない。最近誰かに名前を教えたのは部活の時の自己紹介くらいだ。


「なんで俺の名前知ってるんですか?」


「なんでって…自分で言ってたじゃん。一年三組 黒宮 彼方です。って」


 それは部活の時部員に対してやった自己紹介であって、昨日カグヤ先輩には俺の名前は一切教えていないはず。


「俺は先輩に名を名乗っていません」


「えっ、だってみんなの前で……」


 その言葉を聞いて愕然とする。俺がみんなの前で、というより夜野の前で自己紹介したのは昼間だ。カグヤ先輩は知っているはずがない。


「それは昼間の…」


 まさか昼間の記憶があるのか?


「夢だったのかな。彼方がみんなの前で自己紹介してて、その後たしかカフェで一緒にお話して…」


 明らかにそれは夜野の時の記憶だ。カグヤ先輩の意識があるのは夜野が寝ている時だけのはず…


「ほかに覚えてることありますか」


「え~~と…あっ!」


「なんですか」


「たしか、しおりがポケットに入…」





 消えた……


 消えた。カグヤ先輩が消えた。


 まばたきしただけだ。ほんの一瞬、瞼が瞳を覆い隠して視界が暗くなったその瞬間にカグヤ先輩の姿が消えた。いなくなったわけじゃない、出ていったわけでもない。消えてしまった。


「なんだよこれ」


 音もなく、動きもなく消えることはできるだろうか?人のまばたきなんてほんのコンマ数秒だ。幽霊でももう少し存在感がある。

 

 まさか俺にも見えなくなってしまったのか?見えなくなっただけでそこにいるのか?



「♪~♪~」


 考えの途中でスマホが鳴りだした。先輩が消えてから15分ほど経過していた。体感では5分くらいしか経っていないと思っていたが、スマホの時刻は11時近くなっていた。


 この独特の電子音はトークアプリの通話がかかってきたときの音だ。画面には「夜野 遥」と表示されていた。ハッとして受話器のマークをスライドする。


「ごめん、いきなり電話しちゃって。もしかして寝てた?」


 スマホの先から声が聞こえてくる。整理がつかない。さっきまで目の前にいたのにいきなり消えてしまった夜野の声だ。緊張のためか少し早口になっている。無論、俺も女子と通話する機会などほぼないため緊張するはずなのだが姿が一瞬で消えてしまったことが衝撃的過ぎてそんなものはほとんど消え失せてしまった。


「あれ?もしもし」


「…あっ、ごめんボーとしてた」


 考えに集中しすぎて返事をしていなかった。


「夜野。いまどこにいる?」


「え…今?…家だけど」


 夜野の家がどこにあるかは知らないが、一瞬で消えて家に着くことが出来るのだろうか。近所に家があるならそれも可能という線もあるが…


「夜野の家って学校の近くか?」


「え…」


 まるで個人情報を特定するかのような質問に戸惑っているのか、夜野の声が止まる。


 それもそうだ、昼間に二人きりになりたいとか言い出した男がいきなり変な話をし始めた挙句、電話越しとはいえ個人情報を聞き出そうとしているのだ。完全に不審者だ。良くても頭のおかしいやつとか思われているだろう。


 手遅れかもしれないが、これ以上変なやつとか思われると困るので話を切り替える。


「あ…ごめん、やっぱ何でもない。なんの電話だっけ?」


「あっ……今日話してたしおりの事なんだけど…」


 電話してきた目的を夜野が電話越しに語る。少し緊張しているのか言葉が時々詰まったり、震えたりしている。


「このしおりって誰かからもらったものだったりする?」


「あぁ、たしか中学生の時にもらったやつ」


「っ!?」


 電話越しでもわかるほど動揺しているのが分かる。


「どうした?」


「実はね…家に帰ってきてからしおりをよく見てみたんだけど、隅の方にマークがあったの…」


「マーク?それがどうした…」


「このマーク……私のお姉ちゃんが小さい時からよく使ってるマークにそっくりなの…」


 夜野の姉。会ったこともない人物が突然登場してきた。


「お姉さんが作ったしおりってこと?」


「うん…その可能性がある」


 なぜか姉の話題になった途端声のトーンが一段下がったように聞こえる。


「でも…俺がそれをもらったのは蒼井さんていう人だよ。」


「えっ……」


 そういった瞬間、夜野の声がやむ。そこから数秒沈黙が続いたが、俺は耐え切れずに聞いてしまう。


「どうした…もしかして知ってるのか。その人」


「………うん。知ってる」


 なぜか間が空いた。そして、


「私ね…中学生の時に親が離婚して苗字が変わってるんだ。中学時代は旧姓のままだったけど、高校進学を機に苗字が変わったの……」


 突然、家庭事情の話が始まった。


「……蒼井は…私の、私たちの旧姓なの…」


「じゃあこれは夜野のお姉さんのもn…」


 俺が言い終わるよりも早く、矢継ぎ早に答えを話す。今までよりもさらに低いトーンの声が電話越しから聞こえてくる。


「お姉ちゃん……一年前に死んだの。自殺で」






 









 

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