第9話 しおりの行方

「う…嘘だろ……」


「どうした?」


 俺は驚愕のあまり声が漏れてしまう。それを聞いた霞が聞き返してくるが、そんな言葉に反応している余裕はなかった。

 

 夜野が手にしていたのは、昨日確かにカグヤ先輩のポケットに入れたしおりだった。四葉のクローバーが綴じられたしおりで裏にはメッセージが書いてある。そんなものこの世に一つしか存在しないはず。


「なに?」


 驚きのあまり目を見開き、じっと夜野を見続けていた俺に対して彼女は不審そうな眼差しをを向けてくる。そりゃそうだ。夜野とはほぼしゃべったことがない初対面の状態だ。しかし、それでも俺は夜野さんが手に持っている物から視線を外すことが出来なかった。


「そ…それって…」


「これ?」


 夜野が手に持っているしおりを見ながら、


「気づいたらポケットに入ってたんだよね」


 そういって夜野はしおりを裏返して、そこに書いてある文字を見てしまう。さっきまで少し不思議そうに見ていただけの目線が明らかに険しくなる。


「何これ…黒宮って君の事だよね…」


 どうする?いきなりエンカウントしてしまった。連絡がきたときの説明はこれから考えようとしていたのに、そんな時間はなかった。


「えっと…すいません。あとで説明させてください」


「え?あ…うん」


 あぐらだった足を正座し直してそのまま床に手をついて頭を下げてお願いします。おそらく向こうも困惑しているだろうが、今は周りに人がいる。説明するのはもう少し静かな場所でしたい。それ以上に今ここでのやり取りが恥ずかしい。


 挙動不審な俺の行動と言動に夜野は返事に困っていたが、とりあえずこの場では話を広げず納めておくことにした。彼女はいまだに煮え切らない顔をしている。


「とりあえず、外で説明させてください」


そういって勢いよく鞄を持って立ち上がる。





 部活終わりのひと悶着の後、何とか夜野を説得して話を聞いてもらうことに成功した。


「なんでついてくんだよ」


「なんとなく面白そうだから」


「遥に変なことしないか監視するため」


「なんか面白そうだったんで」


 俺が質問すると、霞、雨宮、成瀬の順で答えてきた。夜野は雨宮の隣で黙ったままついて来てくれている。今は一年生全員でとりあえず駅の方向に向かっている。


「彼方が女子と話したがるなんて珍しいね」


「そういうわけじゃない。聞きたいことがあるだけ」


「そうか」


 そういうと後ろにいた成瀬が話し出す。


「それなら駅前のカフェに行こうよ。これからみんなで部活動していくんだからさ」


「いや、俺は二人きりで話したいんだけど」


 そういった後に自分はとんでもないことを言っていることを自覚して、恥ずかしさで顔が熱くなる。何とかカグヤ先輩について聞き出すためには他の人がいると都合が悪い。


「じゃあとりあえず二人で話しなよ。私たちは外で待ってるから」


「えっ、澪ちゃん」


 雨宮の言葉に焦ったように夜野が声を上げる。


「だって、もう面倒くさいからササっと話し合って帰ろう」


 ずいぶん薄情だな。霞と夜野は同じクラスなのである程度どんな人間なのか見えてくるが雨宮に関してはクラスが違うため、基本的に部活以外で関わることがない。


「ええ、みんなで行こうよ。二人で話したいなら違う席に座ればいいじゃん」


「だってさ。どうする彼方」


「まぁ、すぐに終わる話だから別に行ってもいいけど……夜野はどうする?」


 夜野にも確認を取っておく。


「みんな行くなら…行こうかな」


 よし。これで状況は整った。


「よし。じゃあLet's go~」


 一人だけハイテンションな成瀬が意気揚々と先頭を歩く。いつの間にか駅ビルが見えるところまで来ていた。成瀬が言っていたカフェまでおそらくあと数分で着くだろう。



「いらっしゃいませ。五名様ですね」


「あの…二人と三人に分けて座りたいんですけど…」


 成瀬の言葉に、店員は一瞬不思議そうな顔をしたがすぐに営業スマイルに戻った。


「空いている二人席はあちらの席だけなんですがよろしいですか?」


「はい。大丈夫です」


 俺が返答し俺と夜野は入口から左側の二人席へ、残りの三人は入口から右奥のテーブル席へと向かっていった。




「何か飲む?」


「じゃあ、ホットのコーヒーで」


 席に座ってからメニューをお互いに見て、注文するものを決める。その後店員を呼び俺はホットのコーヒーを、夜野はカフェモカを注文した。


「今日は突然取り乱してすいません」


「いえいえ」


 少し遠慮気味に返事をする。男と二人きりで話すことに慣れていない様子だ。正直誘った俺の方も緊張しまくっている。女の子とお洒落なカフェで二人きりで話すことなど人生で一度も無かった。


 よくよく見ると確かに顔はカグヤ先輩にそっくりだ。違うのは髪の毛やまつ毛が発光していないということだけ。


「その…ポケットに入ってたしおりなんだけど」


「これ?」


 ブレザーのポケットに手を入れてしおりを取り出す。いまだに身に覚えがない顔をしている。


「このしおりどこで手に入れたか覚えてる?」


「いや、いつの間にかポケットに入ってた。拾った覚えはないんだけど」


 期待してはいなかったが、本当に手がかりが見つからない。


「えっと…昨日の夜は何してた?」


「え…」


 俺がもう一つ質問すると、夜野が固まってしまった。


「どうした?」


「その……昨日何してたか忘れちゃった」


「え…」


 今度は俺の顔が固まる。


「それは寝てたとか?」


「うん…いつの間にか寝ちゃってたらしくて気づいたら朝になってて…」


 少し恥ずかしそうに言う。しかし俺の頭には一つの推測があった。それは夜野が寝ている間だけカグヤ先輩の人格が出てきて勝手に体が動いていた可能性。


「朝、親になんか言われた?」


「いや…何も」


 もし夜野が二重人格で寝ている間に勝手に体が動いてしまう状態で、それがカグヤ先輩であると予測したのだが。


「おかしいな」


 ポツリとつぶやく。俺がカグヤ先輩と屋上で出会ったのは8時半過ぎ頃、この時間なら親はいるはず。しかし、もし寝ている間にカグヤ先輩の人格が出てきているとしたら親が外に出ていく娘を見ているはずだ。自分は11時半ごろまでは起きていてカグヤ先輩が部屋のベッドで寝ていることは確認しているので、少なくとも帰宅するとしても12時近くまで外出していたことになる。


 親が何も言ってこないことはあるだろうか?どこで何やってたのかくらいは聞くと思うのだが……


「…どうしたの?」


 考え事に夢中になりすぎて、黙り込んでしまっていた。心配した夜野が声をかけてくれた。その声で思考が現実に戻ってくる。


「失礼します。こちらカフェモカとホットコーヒーになります」


 さっきの店員がコーヒーを運んでくる。ありがとうございますと言って、それを受け取る。コーヒーを一口だけすすって心を落ち着かせる。夜野は少し冷めるまで待っているのだろうか、手を付けずにいる。


「ここ最近、家に帰って朝まで寝ちゃうことってよくある?」


「毎日ではないんだけど、たまにある」


 質問に答え、手元のカフェモカに口を付ける。まだ熱かったのか、そのまま飲まずにソーサーの上に戻した。


 仮に、夜野が寝ている間はカグヤ先輩の人格が現れて、それが昨日出会った人という仮説が一番可能性が高い。でも親が何も言ってこないことがあるだろうか。夜野が夜遊びをするような人には見えない…



 待てよ…


 一番大切なことを忘れていた。カグヤ先輩は誰にも認識されなかった。触れたものも見えなくなるという状況だった。


 カグヤ先輩の人格が出ていた時点で誰にも見えなくなるとしたらつじつまが合う。カグヤ先輩の姿は誰にも見えないし声は誰にも聞こえない、感触は誰にも伝わらない。


 それなら親が気づかないのも納得できる。


「少しおかしな話をしていい?」


「んっ?」


 夜野が返事をするより早く、俺は口を開く。


「夜野…実は…」






 それから俺は昨日の話を要約して話した。屋上で出会ったこと、コンビニで弁当を買ったこと、部屋で見た先輩の泣き顔。すべてを話した…


「………」


 夜野は昨日先輩と出会ったときの俺と同じ顔をしている。何が何だかわかっていない様子だ。


「多分…君は二重人格で、昨日俺が出会ったのは君だと思う」


 素直に自分の考えを伝える。恐る恐る下を向いていた顔を上げて夜野の顔を見る。


「う~~ん。全然わかんないや」


 首をかしげてそういう。それはそうだ。微かな希望を抱いていたが、それすらも打ち砕かれる。そして絶対に変な奴だという印象がついてしまったに違いない。


「そうだよな…ごめん変な話して。この話、みんなには秘密にしてくれない?」


「うん…大丈夫だよ」


 恥ずかしすぎて夜野の顔を直視できない。気を紛らわすために残っていたコーヒーを一気に飲み干す。その時チラッと夜野の顔が見えた。


 夜野の顔は昨日出会ったカグヤ先輩の顔にそっくりだった。


 








 


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