第7話 First night

「お邪魔します」


 そういってカグヤ先輩は俺より先に部屋にあがる。俺は部屋にあがり鍵とドアガードをしっかりかける。


「きれいにしてあるね」

 

 そういいながらカグヤ先輩はさっそく俺のベッドに座っていた。軽く片付けを始める。机にある教科書やベッドに放り投げられているジャージを片付けていく。俺が片付けしている中、カグヤ先輩はコンビニで買った牛肉弁当のふたを開けて食べようとしている。




 片付けが終わり、部屋にある椅子に腰かける。小さな机をはさんで対面する形になる。そしてスマホのメモ帳アプリと紙とペンを取り出す。


「先輩の姿は今のところ俺にしか見えてなくて、先輩が触れている物も同様に見えなくなる。そんでもって夜しか記憶がなくて、昼間は何してるかわからないと」


「ふぉう~ひゅう~こと(そ~ゆ~こと)」


 弁当を口いっぱいに頬張りながら口をモゴモゴさせている。


「飲み込んでからしゃべってください」


 先輩がしばらく口をモグモグさせている間にスマホと紙に先輩の現状について書き上げていく。口の中にあるものを飲み込んでお茶を一口飲んでから。


「いつも目が覚めるのは夜中の学校の屋上で、前日にどこで寝ていても必ず学校の屋上にいるんだよ。あといつからこうなってるのか分からないんだ。数日にも感じるし、数年前からなってる気もする。」


 身もふたもないことを言う。これでは時期の予測もできない。


「先輩。そういえば、スマホとか何か持ってないんですか」


 名案を思いつく。先輩の電話番号を教えてもらえれば、昼間に先輩に会うことが出来る。そうすれば解決方法も見つかるかもしれない。


「いや、スマホも財布も身分を証明できるものは何も持ってない」


 名案は一瞬で使い物にならなくなった。


 今言った項目もつけ足しておく。



・いつからこうなったのかは不明

・周りの人に見えない

・触っている物も見えなくなる

・昼間の記憶なし

・意識が目覚めるのは必ず夜中の学校(屋上)

・持ち物なし



 このようにメモ帳に書き記しておく。


「こんなもんですかね」


 先輩に書いたメモを見せる。先輩はメモに目を通すと、


「そうだね。今のとこわかってるのはこんなもんかな」


 そういうともう一口弁当を頬張る。しばらくしてポツリと先輩がつぶやく。


「何でそんなに協力的なの?私たち初対面だよね?」


 若干苦笑いをしながら目を向けてくる。呆れたような、悲しいような、でもどこか嬉しそうに。


 しばらく考えて口を開く。


「昔から飽き性で何やっても退屈に思ってしまうんです。だけど今日のありえない体験をして思ったんです。久しぶりに退屈しなかったんです。」


 なぜかこの人にはすべて打ち明けてもいいような気がする。霞にも言ったことがないような思いも吐き出してしまう。


「なんで見えないのか、触ったものも見えなくなるのか、なんで光ってるのか。いろいろ考えている間は全然退屈しないんです。だから協力したいって思いまいした。」


 正直に自分の動機を打ち明ける。


「自分勝手ですいません。」


 少し頭を下げる。先輩の顔は見えないがどんな顔してるのか気になる。……しばらくしてもしゃべらないので顔を上げると、先輩の瞳からは涙がこぼれそうになっていた。


「ご…ごめん。つい…」


「大丈夫ですか」


 急いで近くのティッシュボックスを持ってきて、先輩に差し出す。先輩はティッシュを3枚ほど取って涙を拭く。少し目元が赤くなっているのが見えた。


「ここ数日、誰にも反応してもらえなくて心細かったから…つい」


「落ち着いてからでいいです」


「うん」


 先輩はしばらく黙り込んでからベッドに寝転がってしまった。先輩が元気になるまでスマホの検索サイトを使って先輩の病気?現象?について調べる。


「違うんだよな」


 ネットで調べ物をするが、検索結果は離人感や現実感消失症という精神障害などが挙がってくるがどれも完全に一致するものはない。これは精神障害などではなく、おそらく超常現象に近いと思う。完全に透明人間になり、触れたものすら透明になってしまう病気など聞いたことがない。


「先輩、元気になりました?」


 返事がないので、背を向けて寝ているカグヤ先輩の体を少しゆする。顔を覗き込むと寝息をたてながら目を閉じていた。


「嘘!もう寝たのかよ」


 この一瞬で眠ってしまうほど疲れていたのかと思いこのままにしておこうと座っていた椅子に戻ろうとしたとき先輩のブレザーについている校章に目が留まる。


「あれ?」


 先輩は屋上で出会ったときうちの高校の3年生だと言っていた。しかし学年を見極めるための校章には[Ⅰ]とある。


 これは1年生の証であり、3年生なら[Ⅲ]とあるはず……


「どういうことだ」


 考えられるのは2つ。

 

 1つは単純に先輩が嘘をついている可能性。年齢を詐称する理由がわからないので何とも言えない。

 

 2つ目は妹もしくは後輩のブレザーを着ているという可能性。こちらも昼間の記憶がない以上何とも言えない。


「まあいいや、明日起きたときに聞こう」


 そういって先輩を寝かしたままにする。その間に解決策を一人で考える。


 先輩の現象を解決するためにはまず昼間の記憶がないことには始まらない。何とか昼の記憶がない状態を何とかする方法を考える……






 アラームの電子音が部屋中に響いている。その音が耳に聞こえてくる。とてつもない不快感が体を襲う。まだ寝ていたいと目を瞑るが、我慢できなくなって目を思いっきり開く。


 朝日が窓から差している。部屋を見渡すと昨夜の記憶が徐々にフラッシュバックしてくる。先輩の昼間の記憶障害を何とかするため、ある策を思いついてその準備をして……


「先輩?」


 先輩が寝ていた場所には何もない、誰もいない。でも昨日先輩が寝ていた場所ははっきりと覚えている。机に食べ終わった牛肉弁当の空箱が放置されている。そのすぐ横には飲みかけの500mlペットボトルが置いてある。


「夢じゃない」


 昨日書いたスマホのメモを急いで開いて確認する。先輩はどこで寝ていても必ず夜中の学校の屋上で意識が目覚める。


 月城第一の制服を着ていて、学年は1年または3年、昼間はおそらく学校にいる。クラス、所属している部活等は不明。


 ここまで記憶を整理していると、突然スマホのバイブレーションが発生し、電話がかかってきた。画面には霞と表示されている。


「おい、なんで既読付けないんだよ」


 電話に出て開口一番霞は言ってきた。そういえば昨日霞から連絡が大量に来ていたことを思い出す。いろいろありすぎて返信するのがめんどくさくなっていた。


「ごめん。昨日はいろいろありすぎて、ちょっと時間がなかった」


「まぁいいや、部活行くんでしょ。せっかくなら一緒に行こうと思ってたんだけど」


 そういわれると完全に脳が覚醒する。そうだ、部活があるんだ。そういって時計を確認すると、意外と部活まで時間がない。昨日帰ってから夜食も風呂も入ってないので部活に行くまでにやっておきたいことがたくさんある。


「ああ、じゃあ俺がおまえの家に行くよ。おまえ、俺ん家まだ知らないだろ」


「OK、忘れ物すんなよ」


 霞はそういって電話を切る。通話が終わったスマホを充電器に繋ぎ、昨日出来なかった充電をしておく。


「よしっ」


 気持ちを切り替えるために少し大声を出す。まずはさっぱりするために風呂場に向かう。


 




 


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