第6話 質問とおにぎり
スマホのロック画面には20時56分と表示されている。自転車のハンドルを握り、片手でスマホをしまい隣を見る。屋上で出会った輝夜姫と名乗る女。そいつはいま俺の隣で一緒に歩いている。
「こっち?」
彼女が俺から見て右に指をさしている。今夜泊めてくれとお願いをされ、それを了解してしまったがため家に案内している最中だ。
「はい、右です」
横断歩道を渡り、次の道筋を教える。自転車を使えば10分かからない道をわざわざ徒歩で、それも自転車を押しながら家に向かっている。帰り道は大通りが多いのでこの時間でも街灯のおかげでかなり明るい。彼女の髪の毛はまだ光ってる。
「……輝夜姫さんってなんであそこで歌ってたんですか?」
「輝夜姫じゃ呼びずらいでしょ。カグヤとかでいいよ」
沈黙を破って質問してみるが、自分で名乗った名前を呼びずらいと言ってきた。まぁ、どうせ偽名で誤魔化しているだけだろう。
「カグヤ先輩はなんであそこで歌ってたんですか?」
「う~~ん。気づいたら学校の屋上にいて、暇だったから歌ってた」
考えるように少し上を見ながら返事する。まともな答えが返ってくるとは期待していなかったが、ここまで来ると馬鹿にされている気がしてくる。
「何で鍵、開けられたんですか?」
「私、ほかの人には見えてないから勝手に鍵探して持ってきて開けちゃった。あ……ちゃんと鍵は元の場所に戻したよ」
聞いてもないけど謎が解けた。閉まっているはずの扉がなぜ開いていたのか。それに誰も気づかなかったのか。大方、教室の電気や鍵を開けたのもこの人だろう。
「見えないってどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。今のところ君以外には見えないらしいよ」
全然理解ができない。現実から乖離しすぎている。
「質問ばっかじゃん。私からも質問いい?」
「どうぞ」
しばらく一答一問の受け答えを続けているとカグヤさんの方から質問がしたいと要望が出る。そして了承する。
「何で私の事見えんの?」
「わかりません」
答える。
「何で学校にいたの?」
「忘れ物を取りに来ました」
答える。
「何でそんなそっけないの?」
「脳の整理が追い付かないからです」
答える。
「………」
一定のペースで来ていた質問が来なくなったので隣を見ると、カグヤさんが頬を膨らませてにらんできている。
「私はちゃんと答えてあげたのに~」
なんでだろう。初めて会ったのにそんな気がしない。デジャヴを言うやつだろうか?前にもこんな感じの会話をした気がする。
「俺と先輩ってどっかで会ったことありましたっけ?」
「いや~~、さすがに覚えてるでしょ。自分の事見つけてくれる人がいたら」
そういわれればそうだ。一つ気になることを聞いてみる。
「なんで髪、光ってるんですか?」
「えっ、やっぱ光ってる?」
「はい」
自分の髪が光っていることに気づいていなかったのか?
「鏡に映らないし、人には見えないし自分だと見えずらいから気のせいだと思ってたんだけど……。マジか~」
「昼間でも誰にも見えないんですか?」
もう一つだけ質問する。
「昼間の記憶ないんだよね~」
ケラケラ笑いながら答えている。まるで他人事のように。
「はぁ…二重人格とかですか?」
記憶障害や精神病という考えよりも先に二重人格という考えがでてきた。そういうとカグヤさんは、
「そうだね。そんな感じ」
納得したように、指を鳴らして俺に向けてくる。
「昼間は意識がないんだけど、夜になって気づくといつも学校の屋上にいるんだよね」
聞いた感じ二重人格っぽいが自分にははっきりとは分からない。
「あっ!」
「何ですか?」
急に大声を出される。横断歩道から200メートルほど進み、あとはコンビニの前を通り過ぎて一つ先の十字路を左に曲がりまっすぐ進めば住んでいるアパートに着くのだが…
「お腹減ったからごはん奢ってくれない?ほかの人に見えないから物も買えないだよね」
コンビニを指差しながらおねだりされる。
「まぁそのくらいなら」
確かにそうだ。ほかの人に見えないなら会計もできない。いや、なら持っているものはどうなる?
「私は外で待ってるから…」
「いや、先輩も一緒に来てください。確かめたいことがあります」
ん?と疑問に思う顔をしているが、先輩はついてきてくれた。
自転車をコンビニのすぐそばにおいて中に入る。コンビニに入ると軽快な音と共にレジにいる店員のいらっしゃいませという声が聞こえる。店内には客が2人いた。おそらく駐車場に止まっていたトラックの運転手と思われる大柄な男性と仕事帰りと思われるスーツ姿の女性。
まずレジの反対方向に向かって飲み物が置いてある場所に向かう。そこには缶コーヒーが置いてある棚の前に大柄な男性が立っていた。すると先輩はいきなり男性と棚の扉の間に手を入れ上下にブンブンと振って見せた。
「ちょっ…何やって…」
男性は邪魔そうにする素振りもない。しかし俺が独り言を言っていると思い気味悪がられ、商品を何も取らずそそくさとレジの方へ行ってしまった。
「何やってるんですか」
先輩に近づき、ヒソヒソと周りに聞こえないように話しかける。
「ほらな。見えてないでしょ」
先輩がつぶやく。さっきの男性に先輩が見えていれば何か言ってくるはずだし、何らかの反応を示すはずだが全くの無反応だった。
「何買いたいんですか?」
先輩はとりあえず500mlペットボトルのお茶を取り、その後弁当のコーナーに行き牛肉弁当を手に取る。手にはちゃんと牛肉弁当とお茶を持っている。
「それだけですか」
「うん」
そう返事が返ってくる。まるで親と子供みたいなやり取りだが周りから見れば、俺が一方的にしゃべっているだけに見えるのだろう。先輩から商品を受け取り、レジに向かう。その途中でおにぎりを一つ手に取る。そしてそれを先輩に渡す。
「先輩、これ持ったまま一緒に来てください」
「何で?」
いいから、と言ってレジに向かう。
「お願いします」
そういってレジに商品を置く。先輩はおにぎりを手に持ったまま隣に立っている。
「レジ袋お付けしますか?」
大学生とみられる若い男性店員が聞いてきた。
「お願いします」
それに答える。先輩は手に持っているおにぎりを店員の目の前に突き出しているが、店員は無反応で商品と箸をビニールの袋に詰めていく。
「お会計はいかがなさいますか?」
「これで」
そういってスマホに入っている電子決済アプリのバーコードを店員に見せる。店員は慣れた手つきでそれを読み取る。この時も先輩はおにぎりを店員に見せつけるように持っている。
「♪~」
決済音が鳴り、レシートがレジから出てくる。レシートと商品の入ったビニール袋を手に取り。コンビニの出口に向かう。店員の前でおにぎりを持った手を振っていたが、結局コンビニを出るまで店員は先輩どころか手に持っていたはずのおにぎりにすら気が付かなかった。先輩はそのおにぎりを元の棚に戻してからコンビニを出てきた。
「先輩に触れているものも見えなくなるんですね」
「そうみたいだな」
先輩が少し残念そうに言う。完全に人から無視されているのと同じ状況なので本人はだいぶつらい思いをしているのだろう。
「大丈夫ですよ。俺には見えてますから」
そういうと先輩は笑顔でこちらを見てくる。
「……ありがとう」
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