第5話 フェンスと星と暗い夜空

「君……私の事、見えてるの?」


 言い表すとしたら、月のような色としか言いようがない。頭が混乱して、語彙力が低下している。彼女の髪だけでなく瞳まで同じ色で発光している。


「誰ですか?」


 頭が混乱していると同時に、語彙力が低下しているため変な質問を口走ってしまう。普段、ホラー映画やホラーゲームなどをしていても、ここまで動揺したことはない。これがフィクションとリアルの違い。


 肩にかからないほどの髪に、凛とした鼻筋、右目のすぐ下にある泣きボクロ。俺と同じように、驚きと困惑で目は見開かれている。ぱっと見、顔のいい高校生にしか見えない。


 でも問題はそこじゃない。形容し難い色に発光した髪の毛、眉毛、まつ毛。明らかに異常なことが見て取れる。美容院でいくらブリーチを繰り返しても、こんな色にはならないと思う。高速で思考が回る。


「私?……う~~ん」


しばらく考えながら唸った後で返事が返ってくる。


「私、輝夜姫カグヤヒメって言います。」


「は?」


「輝夜姫って言います。」


 いや、それはさっき聞いた。聞きたいのはそういうことじゃない。


 俺が沈黙し続けていると、


「My name is Kaguyahime」


「いや、そうじゃなくて!!」


 抑えきれずにでかい声が出てしまう。相手の女子は一瞬、ビクッと体を震わせたが顔がすぐに笑顔に変わる。


「やっぱ見えてるんだ~~」


 笑顔でこちらを見てくる。その笑顔には少し悲しさも交じっているように見えた。


「あなた誰なんですか?うちの学校の人ですか?なんでここにいるんですか?こんな時間に何やってるんですか?」


 一息でいくつも質問を投げかける。息苦しくなって、呼吸が荒くなる。


「だ・か・ら~~、私の名前は輝夜姫。この学校の3年生でここで歌ってたの」


答えになってない。理由が聞きたいのに……


「君こそ、何してんの夜中の学校で」


「俺は……忘れ物取りに来て……」


 そういって持っていた録画中のスマホを見せる。スマホの画面が視界に入ってくる。


 その画面に黄色味がかった銀髪は映っていなかった。


「……えっ?」


 本日3回目の変な声を出してしまった。スマホのカメラには何も映っていない。スマホを顔の正面に持ってきて彼女を映そうとするが、映るのはフェンスと星と暗い夜空だけだった。


「う…映ってない」


「え?なになに?」


 彼女は尻もちをついて固まっている俺の体を中心にぐるりと回って背後に立つ。そしてかがんで俺のスマホの画面の右隅を勝手にタップして内カメに切り替える。


 内カメにしても映るのは俺のアホみたいな顔だけだった。彼女は俺の後ろに立っているはずなのに、来ているはずの制服すら画面には映っていない。


「やっぱり、映らないか~~」


 溜息と落胆の声が後ろから聞こえる。自分が映らないということを知っていたらしい。


「君に見えるなら、ワンチャンあると思ったんだけどな~~」


 彼女の声はどこかこの世離れしているようで、なぜか身近に聞いたことのあるような聞き覚えのある声だった。


 彼女はもう半周待って、俺の正面に回ってきてしゃがんで俺の顔を覗いてくる。彼女の瞳に俺の顔が映るくらい顔を近づけて口を開く。


「ねぇ、今日君の家に泊めてくんない?」


「えっ?………俺の家?」


「うん。親いる?」


淡々と聞いてくる。さっきまで困惑していたが、今は落ち着いて質問してくる。


「いや、いないです」


 首を横に振りながら答える。自然と敬語になってしまう。彼女の落ち着いた声と表情を見ていると、驚いている自分が恥ずかしくなってきて頭が落ち着いてくる。やっとまともに会話できるようになってきた。


「じゃあ泊めてくんない?今日」


「えっ……家出とかですか?」


 いきなりの変な質問に今一度困惑し、変な質問で返してしまった。せっかく冷静になった頭が混乱させられそうになるのを必死で我慢する。


「違うけど……とにかく泊めて」


一瞬顔が曇り、そしてもう一度強くお願いされる。


「はい」


 顔が近いせいか、とてつもない迫力に圧され返事をしてしまう。なんだろうどこかであったことがあるような、ないような。


「やった~。じゃあ早く行こう」


 そういって彼女は俺に向けて白い手を伸ばす。早く立て、と言わんばかりに。

 

 俺はその手を取り、立ち上がる。長時間外にいたからだろうか二人とも冷たくなっていた。















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