第4話 カグヤヒメ

 これからGWだというと、スマホがないのは割ときつい。それに明日の部活の時間について霞に聞き忘れた。


「う~~ん」


 急いで時計を見るが、時刻は午後8時15分を過ぎたところだ。今ならまだ間に合うかもしれない。どうする……


 焦る気持ちを抑えて冷静に考える。脱いでいた制服の上着を急いで着て、鍵を持って外に出る。自転車のロックを外し学校に向けて自転車を漕ぎ始める。






 朝と合わせて二回目の通学路を自転車で全力疾走し校門の前まで来るが、なんと校門がしまっていた。しかも鍵までかかっている。いつもなら閉じていても鍵はかかっておらず横に引けば簡単に開けることが出来るのに、今夜はそうもいかない。


「どうすっかな」


 ふと校舎を見ると、4階の教室の電気が消えた。すぐ後にその隣の教室の電気がついた。見回りの先生か?


 こんな時間に教員は残っているのか。そう思い校門そばに自転車を止めて校門をよじ登り超えていく。流石に昇降口は閉まっているよな。残るは教職員用の玄関だけだが……そう思いながら夜の学校の中を走っていく。


「おっ、開いてるな。ラッキー」


 奇跡的なことに教職員用の入口には鍵が掛かっておらず、簡単に入ることが出来た。靴を脱いで一応綺麗に揃えておく。中に入りまず昇降口に向かい校内用のシューズに履き替える。少し薄暗いが月明かりが割と出ているおかげではっきりとまではいかないが廊下の様子は確認できる。


「割とマジで怖いな」


 昼間の校舎とは全く違い一切人の気配を感じないのがとても不気味に感じてしまう。いつか夜の学校に忍び込んで鬼ごっことかやってみたいな、とか思ってた時期もあったが初めて入って思うことは


「完全に舐めていたな」


 これはいくら友達と入ってもかなりの恐怖だろう。廊下に響く自分の歩く音にさえ反応してしまう。ようやく階段の元に到達した。あとは階段を四階まで登れば自分のクラスはすぐそばなのだが……かなりの恐怖を感じるが意を決して登り始める。




 階段を登り終え三組の教室の前まで進み、後ろのドアに手をかけ横に引いてみるがガチャガチャという音がするだけで開かない。


「やべ」


 ここである問題に気がついた。カギが開かない。当然教師が戸締りをしているはずなので、開くはずがない。


「どうしようかな…あれ?」


 ダメもとでドアを引いてみると、ガラガラといかにも古い音を立てながら開いた。なぜ開くのか疑問符だらけだったが、とりあえず自分の席に向かう。そして机の中に手を突っ込みスマホをゲットした。


「よかった~」

 

 一応電源ボタンを押しバッテリーが半分近く残っているのを確認する。あとは帰るだけだが、もう一つ疑問が浮かび背筋がゾクッとした。


「あれ?」


 俺はこの校舎に入ってから誰とも会っていないし、どの教室も明かりはついていなかった。

 

 スマホのロック画面の現時刻は8時30分ちょうど。


 階段を登ってくる途中、二階にある職員室も視界に入ったはずだが明かりがついている教室は一つもなかった。だが校門の外から見たとき4階の教室の一室に電気がついていた。


 誰かいたはずだ。


 誰ともすれ違っていないし、自分の歩く音以外の物音は聞こえなかった。


「そんなことあるか?」


 独り言にしては少し大きな声でつぶやく。そしてもう一度背筋がゾクッとした。口元の口角はやや斜め上に向いている。まるでこの状況に興奮している。


 この状況はおかしい。


「はぁ?」


「♬~♬~~」


 歌だ。歌が聞こえてくる。暗い教室、廊下、校庭、中庭。まるで学校全体に響いているかのようだ。


 どこから聞こえているのか分からない。そもそもなんで夜中の校舎で歌が聞こえるのか。電気をつけていた人はどこに行ったのか。


 恐怖、疑問、不安、興奮。


 身体が勝手に動き出す。この歌の発生源を見つけたい。幽霊でも、不審者でも何でもいい。ただ日々感じる退屈を壊してくれるなら、何があろうと構わない。


 スマホのカメラの録画を始め。それを正面に構えながら、歌を辿っていく。


 「………」


 声どころか、物音ひとつ立てないように慎重に廊下を歩いていく。静かなときにだけ起こる耳鳴りと心臓の鼓動がうるさく感じる。体温も上がっていくのを感じる。


 「上?」


 廊下を進み階段の前まで来ると、上から声がする。この校舎は4階までしかない。ここより上には教室も廊下も存在しない。あるのはカギのかかった屋上への扉だけだ。本来なら行くことすらない、未知の空間。


 でもここまでおかしな点がいくつもあった。教員用の入口、教室の入口、本来ならば、鍵がかかっていなければならない所に鍵がかかってなかった。


 もしかしたら……


 唾を飲み込み、深く息を吐く。興奮と恐怖でぐちゃぐちゃになった頭を少しでも落ち着かせる。


 声はどんどん大きくなっている。間違いない上にいる。一段一段ゆっくりと音を立てずに登っていく。


 そしてついに屋上扉の前に辿りついた。ここまで来てようやく歌詞が聞き取れてくる。


「♬~♬~~~♬」


 俺の好きな曲の1フレーズだった。扉の向こうで歌っているのは何者なのか?なぜ歌っているのか?なぜここで……


思考するよりも早く身体が動いていた。スマホ片手に、もう片方の手で扉のドアノブを捻り、手前に引きその反動を使って扉の向こうに進もうとする。


ギィィィ


金属がこすれる古臭い音を立てながら扉をできる限り素早く開ける。




「………」




 屋上には誰もいない。何もない。周りは背の高いフェンスが張ってあり。足元にはコケが生えていて変な感触がある。満月の影響で景色が良く見える。


 念のため周りをスマホのカメラで見渡しながら歩きだす。映るのは俺の見ている光景と全く同じもの。人などは映っていない。


「はぁ~~」


 溜息が自然と出てしまう。こんなのはネットによくある、オチのない怖い話と同じだ。なんとなく天を仰ぐ。きれいな満月が光っている。今宵の満月はまるで黄金のように光っている。そのおかげか夜なのによく見える。




「………!?」




 驚きと驚愕で声が出ない。帰ろうと後ろを振り返ると人がいた。女の子、この学校の制服、銀色のようで金色のような、きれいに光る髪。思わず後ろにのけ反ってしまい、勢い余って転び、尻もちをつく。


「……え?」


 彼女も思わず声が漏れている。困惑の表情を浮かべながらこちらを見る。髪の毛と同じ色の彼女の瞳は、俺の黒い瞳に煌々と反射していた。


「私のこと見えるの?」





 ある日、ある日黒宮の彼方といふ者ありけり。学び舎に混じりてスマホを取りつつ、よろづのことにつかひけり。その学び舎に髪光る人なむ一人ありける。あやしがりて、寄りて見るに、4尺2寸ばかりなる人、いとうつくしうて居たり。














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