第2話 部活動見学
その日の授業もいつも通りだった。古典教師の植木は襟にインクの付いたシャツを着ていたし、化学教師の星野は汗をかきまくっていた。何か面白い出来事が起きるわけでもなく、驚愕するような事件が起きるわけでもなかった。
「おっし、休憩だ~~」
直人が思いっきり背伸びをする。そのせいで直人の短髪の頭頂部が俺の顔の真ん前に迫ってくる。しかし、その寸前で元の姿勢に戻る。
3限の授業が終わり昼食の時間になる。うちの学校は3限で昼食をはさみ、4、5、6限と続いていく。
「じゃあ、急いで購買行ってくる」
「おう、いってら」
そう言うと直人は立ち上がり、足早に教室を出ていく。
「おわ、ご…ごめん。大丈夫?」
直人は急ぎすぎて教室の後ろの出入り口で女子とぶつかりかけた。女子は頷いてそそくさと自分の席に向かっていった。
「何やってんだ」
一部始終を目撃し、あきれていると
「彼方。今日も弁当なの?」
頭の後ろから声がかけられる。俺は頭だけで教室の出入り口を向いてるため頭の後ろからする声は俺の左の席にいる人物ということになる。聞き覚えがあるというか、聞き慣れ過ぎた声の主は
小学校からの友人で中学校では同じ部活で活動していた。別に幼馴染とかそういうのではないが、小学校、中学校、高校と同じ学校で比較的ずっと近くにいたこともあり一番付き合いが長く、気を使わないでいられる友人だ。
「ああ、なるべく節約しないとバイトだけで暮らしていけないからな。」
公立の高校なので私立に比べたら安いが、十分高額な学費を祖父母に援助してもらっている立場なので、家賃や生活費は自分で稼がなければならないが高校生の限られた時間で稼げる金額にも限りがある。中学時代にためていた少量の貯金と離婚した父の養育費で何とかまかなえている。
「大変だな。一人暮らし。今度行っていい?家」
「まあ、暇なときにな」
そう返事をすると、
「ふー、結構並んでたー」
直人が購買で購入してきたメロンパンとおにぎり、教室と購買の間にある自販機に売っている炭酸飲料を手に抱えて帰ってきた。それを机に置き、俺と霞の両方に体が向くように椅子に座り、体はそのままで腕だけ後ろに伸ばし購入したメロンパンを取りビニールのパッケージを開き中のメロンパンを食べ始める。
「そういえば、二人はも部活決めたん?」
「僕は弓道部に行くつもりだけど」
直人の質問に霞はすんなり答える。霞は中学でも弓道部に入っていて、上の学年が部活を卒業した後は部長を務めていた。
「彼方は?」
直人が今度は俺に聞いてくる。
「う~~ん、どうしようかな。別に高校は部活動強制入部じゃないしな。部活に入らず、バイトの時間を増やそうとすれば増やせるのか……」
「弓道は?飽きたの?」
「……」
霞の質問には曖昧な沈黙でしか答えられなかった。そんな微妙な沈黙を破って話始めるのも直人だった。
「そういえば、この前彼女と買い物行った時さ……」
その後、昼食を取りながら雑談をして四十分間の昼休みが終わった。午後も通常通りの日程だった。6限の体育が終わり帰りの支度をしていると、担任が入ってきた。廊下から女子の話し声が聞こえてくる。更衣室で着替えている女子がちらほら帰ってき始めている。そろそろHRが始まって、終われば帰ることができる。スマホを机にしまってHRの始まりを待つ。
HRの内容も大したものではない。明日から始まるGW(ゴールデンウィーク)の課題の話だったり、ハメを外しすぎるなという話をしている。しかし、一部の男子はどこかに出かける予定があるらしく近くの男子と話していた。
「部活の申し込み用紙はGW明けに締め切りだからな」
そう言って先生は教室を出て行った。この担任は話が短いため、毎回うちのクラスが一番早く帰れる。しかしクラスの奴らはGW中どこに行くかの話し合いでもしているのか、まだほとんど残っている。
「ふう、やっと終わった~」
直人が背伸びをしながら聞いてきた。こいつ毎回背伸びしてんな。
「霞は部活か?」
直人が斜め後ろの席に居る霞に話を振った。
「うん、昨日から仮入部で練習に参加してる」
「霞も?」
「ああ、もう部活の紙は提出したからな。もう正式入部だよ」
俺はまだ決断できていない。弓道を続けるのも面倒だが、辞めてしまうのもなんだかんだ言って忍びない。今やめてしまったら、おそらく大人になってもまたやろうとは思わないだろう。
「彼方も来なよ。見るだけでいいからさ。今年の弓道部、一年が僕のほかにまだ3人しかいないんだ。彼方が入ってくれると助かるんだけどな」
「ん~~」
数秒考える。
「じゃあ、今日は見学だけしに行くよ」
今日はバイトのシフトは入ってないので帰っても特にやることはないので見学くらいなら大丈夫だろ。そもそも今日は弓道の道具は何も持って来ていないので練習には参加できないが。
「ありがとう、それでもいいよ。じゃあ早く行こう」
それから俺と霞は弓道場に向かった。うちの学校には大きく分けて3つの建物がある。1つ目は生徒達の教室がある、本校舎。2つ目は、音楽室や物理室がある特別棟。そして、古臭い体育館の3つがある。弓道場は特別棟の裏側にあり普段の教室からは見えない。さてどんなところなのかな。
「ここがこの学校の弓道場だよ」
そう言って目の前にあったのはかなり年季の入った建物だった。矢道や安土はきれいだが、建物の外装ははっきり言ってボロく、所々に錆が浮いていた。
「ここが入口」
霞に案内されて俺も後を追う。入口の隣には大きな木の板が掛けてあり、そこには「月城第一高校弓道部」と書いてある。
「こんにちは」
霞がいつもより少しだけ大きな声で挨拶をしながらスライド式の入口を開けた。外に比べて中は綺麗にされている。弓は綺麗に並べられており、神棚も綺麗に掃除されている。床にはいくつも傷が見えるが激しく損傷はしていない、すでに掃除されているのだろうかあまり埃もない。とりあえず靴を脱ぎ、綺麗に揃える。
「あ、靴は一番下に入れておいて。誰も使ってないから」
そう言われて靴を靴箱に入れ、道場に上がると
「あれ、どうしたのその人?もしかして新入部員連れてきの?」
そう言って女子部室から出てきたのは、制服姿の女子部員だった。
髪は肩にかからないくらいで、若干茶髪に見えなくもないが多分地毛だろう。校則で髪を染めるのは禁止されている。
「そうだよ。彼が俺の中学の友達の黒宮 彼方だよ」
軽い紹介を終えるのとほぼ同時に、
「君、弓道上手いんでしょ。上野くんから聞いているよ」
「やったことはあるけど、上手くはないよ」
まずい。会話が続かない。ここまで自分にコミュニケーション能力がないとは。どうしよう、何か会話を……
「とりあえず今日は見学ってことで連れてきたんだ。」
霞が気を使ってフォローを入れてくれた。
「そうなんだ。じゃあゆっくり見ていってよ。今日人少ないけどもう少し来るから。的付け行ってくるね」
そう言って俺たちの横を通り過ぎて外に出ていてしまった。弓道では
「彼女は一年三組の
入口の靴箱と道場、外を見渡しながらいないことを確認している。
「お前は的付け行かなくていいのか」
「着替えたら行くよ。ちょっとそこで待ってて」
そういって少し部室の外で待たされる。部室の中から話し声が聞こえるので霞以外に誰かいるのだろう。周りを見渡しながら、正座しながらおとなしく待つことにした。
4月の終わり、5月目前の風はすごくやさしく吹いている。
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