第1話 退屈の彼方
「ねえ、私もう消えちゃうんだ。思い出から、世間から、社会から、世界から、記憶から。え、どこに行くかって?そうだね……ずっと遠い夜空の彼方に…」
「なんてね?」
初恋の人は俺にそういって消えてしまった。
退屈が嫌いだと思ったのはいつからだろう。いつからか何か特別なことが起きないか期待をし始めた。しかし何も変わらない。時間だけが過ぎていって何も変わらない。彼女と出会うまでは……
小さい頃から思っていることがある。それは退屈が嫌いだということだ。幼い頃からいろんな習い事やスポーツをしてきたが、これといって大した才能は無かった。自分は飽きるのが早く何事も長く続かない。
小学校の担任からは「君はせっかちだね」と言われた。飽きやすいことに対してせっかちという表現は合っていないように思えるが、別にどうでもよかった。自分が一番よく理解していたからだ。自分は何事も平凡で普通な人間だ。
変わっていることといえば名前くらいだ。
彼方
この名前をつけた両親はもういない。だから、なぜこんな名前なのか由来も意味も分からない。父と母は俺が小学3年生の時に離婚した。母は一人でこども二人を育ててくれたが、俺が中学生の時に他界した。母が亡くなった直後は祖父母が面倒を見てくれていたが、俺は高校に入学すると同時にバイトと祖父母の援助で一人暮らしを始めた。
「ふぁっ」
今日もいつもとさほど変わらない時間に起きた。6時位に起き自分用の昼食を作った後、自分の分の朝食を作り、顔を洗い、朝食を食べる。俺が家を出るのはいつも8時くらいなので、それまで洗濯物を干したり、朝使った食器を洗ってしまったり、ニュースを見たりしている。
高校進学が決まった時点である程度、家事ができるように練習したのであまり困ったりすることはない。
「明後日からはゴールデンウィークが始まりますが、皆さんどこに行くか決まっていますか?決まっていない人でも大丈夫、今からでも間に合う。絶景観光スポットをご紹介します」
アナウンサーの言う通り、世間は連休だなどと盛り上がっているが、生憎俺はどこかに出かける予定はない。妹は友達と遊びに行くらしいが、俺はゲームと課題の消化で終わってしまうだろ。
「さて最後に紹介するのはなんといてもこれ。辺り一面花が咲き誇る足尾フラワガーデン毎年たくさんのカップルが……」
「よし!」
テレビを消し戸締りを確認して玄関の鍵をかけ、自転車に跨りペダルを漕ぎ始める。
「♫〜♫~」
最近お気に入りの女性歌い手の新曲を口ずさみながら自転車のペダルをこいでいく。
家から学校までは自転車を使えば10分ほどでついてしまう。この高校を選んだ理由を聞かれれば第一に家が近いと答える。
住宅地を抜け大きな国道に突き当たったら横断歩道を渡って右に曲がり、信号のある交差点まで直進し、交差点を左に曲がる。そうするともう学校の屋上くらいは見えてくる。そのまま道のりに沿って進めば
「おはようございます」
一度も授業で関わった事がないような名前も知らない50代くらいのジャージ姿の男性教師がさわやかな顏であいさつをしている。
「おはざす」
その体育教師に挨拶を返す。二つある門のうち自転車用の狭い方の門を通り、すぐ左に曲がり駐輪場の指定された場所に自転車を止める。そこから校舎と体育館をつなぐ渡り廊下を横断し、昇降口に向かう。昇降口にも別の体育教師と教頭がいて、その人にも挨拶をしておく。下駄箱で靴を履き替えていると
「よっ」
後ろから声をかけられた。だいたい見当はつくが
「おう、眠そうだな」
それに返事をする。こいつは入学式の際、隣に座っていた俺に話しかけてきた男、
「寝坊して電車ギリギリだったんだよ」
「あ〜だから寝癖が付いてんのか」
「え、マジ……ホントだ、後で直しとかないと」
そっと後頭部に手を回し確認を取る。後頭部に少し寝癖が付いたくらいでは大差ないだろうと思うが……まあコイツのような目立つ陽キャは俺たちとは感覚が違うのだろう。
「そういえば
「ああ『カグヤヒメ』だよな。ていうか、よるのそらじゃないのか?読み方」
「はぁ、よのそらだろ。ほら、ちゃんと、トイッターにも書いてあるだろ」
そう言ってスマホの画面を見せてくる。SNSのプロフィール欄には確かにローマ字でyonosoraと書いてある。
「あんまりちゃんと見てなかった。」
「読み方くらい知っとけよ。ファン失格だぞ」
昇降口そばの階段を登っていく。今が一番生徒が登校してくる時間帯なのでかなりの数の生徒が周りにいる。
「そうだな。直人は夜野空さん好きか?」
「ああ、大好きだ。なんといっても声が良い」
二階から三階に続く階段の踊り場まで来る。踊り場の窓からは校庭が見える。野球部が朝練をしている様子が見える。
「そっかぁ、彼女がいるのに贅沢なやつだな」
「彼女がいるのは関係ないだろ」
そんな会話をしていると、気づけばもう自分たちは一年の教室がある4階に着いていた。そして階段の目の前で固まって話をしている女子たちがいる。
「あ、おはよう」
その中のリーダー格のような女子が霞に挨拶をする。実際にはリーダーなど決めているはずはないが、どんな集団にも必ずリーダーのような人を引っ張っていく人が勝手に生まれる。
彼女と直人は中学の頃から付き合っていて、同じ高校に入学している。4月早々、まだクラスの中での立ち位置もはっきりしない中、二人だけは自分たちの場所をしっかりと確保していた。
「黒宮くんもおはよう」
隣にいる俺にも挨拶をしてくれる。
「おはよう」
かなり小さい声だったがちゃんと聞こえただろうか。カップル二人は何やらまだ廊下で話をしているため一人で教室に入る。
うちの学校はかなり年季が入っているため、どの教室に言っても必ずドアを開けるとガラガラという音が鳴る。はじめの頃はみんななれず、誰かが教室に入ってくるたびにドアの方を向いていたが、半月ほど経った今ではもう慣れてみんな自分のことに夢中になっている。
スマホをいじっていたり、本を読んでいたり、朝の小テストの勉強をしていたり、友達と喋ったりしていた。俺の席は窓から二列目の一番後ろから3番目の席、苗字が黒宮なので妥当ちゃ妥当だな。
席に荷物を置き、英単語小テストの範囲である13~15pを開く。黒板の上にある掛け時計に目をやる。8時23分。小テストが始まるまで、あと10分ちょっとある。英単語に目を通していく。
「退屈だな」
誰にも聞こえないように呑気に呟く。
この後その退屈が打ち壊されることも知らずに…
◇◇◇お礼・お願い◇◇◇
どうも広井 海です。
「夜空の彼方」を読んでいただきありがとうございます。
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