11月(5)

「亮、大事な話がある」


 退院してきてそうそうにばあちゃんがそう切り出した。


「…なに?」

「もうわかってるかもしれないけど…私は亮のばあちゃんじゃないんだ」

「…じゃあ、なんなの?」

「ばあちゃんじゃなくて、本当は亮の奥さんなんだよ」

「…へぇ、すごい年の差で結婚したって事?何歳差だよ」

「そうじゃない。信じられないだろうけど、私達は同い年なんだよ」

「え…?そんなわけないじゃんか」


 あの日記を見てから、いろんな可能性を考えた。それでも、現実的にはそんな事はないだろうと思ってた。部屋には小説がいっぱいあったし、そういう物語でも書くつもりのメモだったんじゃないかとか。…仮に、仮にあっても今言った通りに年の差のある夫婦ぐらい。だって、自分は20代だし、多分ばあちゃんは70代。どう考えても、誰が見たって同い年なわけがない。


 …でも、今、そんな嘘をつく必要はないはずだ。そんな風にも見えない。本当だとしたら…。


「ちょっとついてきてくれ」


 言われるままについていくと、ばあちゃんが倒れた時にいたクローゼットだった。


「ここに、私たちの結婚前からの写真やビデオ、いろんなものがある。……全部、全部見てほしい」


 ばあちゃんがクローゼットを開けると、かなり古そうな箱、割と新しそうな箱が複数置いてあった。


「結構あるね…。まぁ、見ろって言うなら見るけど」


「…亮が見てる間、私もいた方がいい?」

「あー、一人でいいよ」

「わかった。じゃあ、夕飯の支度してる。なんかあったら呼んで」


 そう言って部屋を出ていくばあちゃんの話し方が、なんとなくいつもと違うように感じた。


 この部屋に入った事はあるけど、クローゼットの中なんて見ないもんな。こんなのあったんだ。見るのはいいけどどこから手をつけようか。結構あるし。…やっぱり古い順に見たほうがいいかな?ばあちゃんの若い頃の写真とかあるのかな。


 一番古そうな箱を開け、中に入っていたアルバムを手に取った。背表紙に2000年代と書いてある。開いてみると一組の女性と男性が写っている。複数の写真に一緒に写っていることから考えると二人は親しい関係で、ここにそれがあるってことは写っている女性はばあちゃんなんだろう。男性は……自分にとても似ていた。いや、今の自分より少し若い自分って言ったほうがいいかもしれない。

 少し衝撃を受けながらもどんどんページをめくっていくと結婚式の写真が出てきた。写っている新郎新婦はさっきの二人だった。同い年で夫婦という話が本当なら、これは自分達ということになる。でも、自分の親、もしくは祖父って事もあるんじゃないか?若い頃の顔なら似ていてもおかしくはない。……その方が現実的な話だ。

 結婚式の写真に続いて、新婚旅行のも出てきた。おそらく海外だろう。どれもこれも二人とも楽しそうな顔をしている。


「亮、そろそろ夕飯にするぞー」


 リビングから呼ぶ声が聞こえる。見始めてから結構な時間が経っていたようだ。


「わかった、すぐ行くよー!」



 今日の夕食は鍋。取り分けながらばあちゃんが聞いてくる。


「どれから見てたんだ?」

「多分、一番古いアルバムかな。2000年代って書いてたし、結婚式の写真があった」

「そうだね。それが一番古いのだね」


 取り分けてもらった器を受け取りながら確認する。


「一応聞くけど、写ってた男の人は本当に俺なの?親とかじいちゃんって事はないの?」

「…本当に亮なんだよ」

「でも、すごい昔の写真だったよ?仮に写っていたのが俺だったとしたら、今と見た目がほとんど変わっていないのはどうして?」

「それはわからないままなんだ」

「わからない?今までずっと?」

「ずっと。…まず結婚して1年位経った頃、体調不良が続いて仕事を休まないといけない事が増えた」

「体調不良?どんな?」

「今とたいして変わんない。動悸、息切れ、目眩だね。それが治らないまま迎えた誕生日の朝、記憶がなくなったんだ。……ほら、冷めちゃうから食べな」

「う、うん」


 正直、食べてる場合じゃない気して箸が進まない。


「それから何年くらい経ってだったかな。また誕生日に記憶がなくなった」

「…また…」

「それが何十年もの間に何回もなった。もう覚えてないくらい。そうなる度に、微妙に性格が違ったんだよなぁ」

「俺が言っていいのかわかんないけど、よくやってこれたよね…」


 正直にそう思った。狂ってしまいそうだ。ばあちゃんが付き合う必要はあったんだろうか。


「今まで話さなかったのに、どうして話してくれたの?」

「本当は話すつもりはなかったよ。話したところで、また記憶がなくなれば意味ないし……それに病気の事もあったからね。でも、あの日記がでてきたし、今回倒れちゃっただろ?死ぬのが現実的になってきたら、言っておきたいって気持ちになったんだよ」

「…そう。じゃあ、余命の話は?本当なの?」

「それも本当。……だから知ってほしい」

「…そう。じゃあ、とりあえず全部見てみるよ」

「何か聞きたい事があったら聞いて。覚えてれば答えるから」

「うん。でも、まだ完全に信じたわけではないからね?」

「わかってる」


 今のところ、ばあちゃんにしか見えないし、ばあちゃんとしか思えないよなぁ。それが夫婦、ねぇ。なんでこんな事になってんだろ。




 今日も昨日の続きを見ようとクローゼットの前に座った。

 昨日のアルバムとは別のものを開いてみると、またどこかに旅行に行っている写真が出てきた。国内だろう。どこかの旅館なのか、二人とも浴衣を着ている。写っている風景から、結構な山奥に感じられる。その中におかしな写真を見つけた。


 ??…これ、なんでこんなにあるの?大根?


 旅館での食事だろう。鍋のようなものを食べているのはわかる。大根をむいている写真と鍋に入れてる写真が何枚もある。余程美味しかったのか、なんなのか、ちょっとひくくらい、同じような写真が何枚もあった。

 別のアルバムを開いてみると、ばあちゃんと女性の写真が出てきた。どっかの武将の銅像のようだ。そのままページをすすめていくと、さっき見たのと同じような写真がでてきた。よく見ると同じ旅館だった。一緒にいるのは銅像の写真にも写っていた人だ。友達との旅行だったんだろう。


 また別のアルバムを見てみる。今の自分とほぼ変わらない姿の自分が写っている。女性は少し老けているように見える。よく見るとばあちゃんにも見える。猫が写っていたがユキではない。色が違う。家も違う。ここではない、別の家。


 どのアルバムを見ても、変わっていない自分と変わっていく女性が写っている。自分に似ている人は多分親なんだろう。ばあちゃんの言っていた事と、昨日から見ているアルバムの数々。…これが意味するのはやっぱり真実だという事なんだろうか。


「なぁ、ばあちゃん」

「どうしたの?」

「ある程度アルバムを見たし、ビデオも見た。話も聞いた。…だから夫婦だったってのが本当なのかなとは思い始めてる。でも、急に態度は変えられないと思う」

「それはしょうがないよ。ばあちゃんだって名乗って過ごしてきたんだし。今まで通りでいいよ。信じてもらえただけ嬉しいよ」

「まぁ、でも一応だよ?一応。全部受け入れたわけではないよ」

「それでも嬉しいよ。ありがとう、亮」


 少し笑った顔が、写真の若い頃の姿と重なったように見えた。

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