2059年
5月
ばあちゃんだと聞いてた人が、本当は奥さんだったという事を聞いて結構経った。クローゼットにあったアルバムや書類等には全て目を通した。見始めた当初はまだまだ信じられなかったけど、見れば見るほど本当の事なんだろうと受け止めざるを得なくなっていった。
陽茉さんと話す機会があって聞いてみた事もある。結構早い段階で別れるよう忠告したって言ってた。それでも、ばあちゃんは別れる事はしないで頑張っていたらしい。
「ねぇ、なんで今まで一緒にいたの?」
「なんでって…」
聞かれて困ったような表情をしているけど、お構いなしに続ける。
「こんな状態になってたら、とっくに別れたりしていてもおかしくないと思うんだよね。陽茉さんからも言われたんでしょ?」
「…そうだねぇ。自分の親にも、亮の親にも言われてたよ」
「じゃあ、なんで?」
答えに困っているのか、ばあちゃんはしばらく黙っていた。こちらも黙って答えを待っていると、ようやく答えてくれた。
「亮が大切だったから」
「…え、それだけ?」
「…たとえ、どうなっても亮は亮だったから。ずっと一緒に居たいって気持ちは変わらなかった」
「そ、そう…」
自分から聞いておいてなんだけど、返ってきた答えにとても恥ずかしくなってしまった。顔が熱い…。
いろいろ知ったとはいえ、知る前とさほど変わらない生活をしていた。だから、普通に聞いたつもりの質問で、ばあちゃんのテンションがあがるなんて思ってもいなかった。
「ばあちゃん、髭それるようなものってどこだっけ?」
「……髭?」
「うん。何か気になってさ」
「え、髭!?伸びたの?!」
「そうみた…」
言い終わる前にばあちゃんが勢いよく顔を触ったきた。
「…本当だ。チクチクしてる!」
「な、なに、急にどうしたの?」
「ど、どうしたって、今まで何十年も伸びてなかったんだよ?!」
「そうなんだっけ?」
「そうだよ!」
こんなに興奮しているばあちゃんを見るのは初めてだ。倒れてしまうんじゃないか。
「お、落ち着きなって。んで、どこにあるんだっけ?」
「今まで使ってないんだから、買ってこないとないよ!」
そういえば、ばあちゃんの言う何十年かはともかく、今の自分で剃った覚えはない。初めての事だった。
「そっか。じゃあ後で買ってきてくれる?」
「いや、すぐに買ってくるから!」
そう言って慌ただしく準備したと思ったら、買い物に出ていってしまった。
夢を見た。いつもは夢を見ても起きると内容を忘れる事が多いのに、内容をしっかり覚えていた。
写真で見た若い二人が、料亭のような店で食事をしていた。
懐石料理のようなものが、いくつもテーブルに並んでいる。
値段はわからないけど、店の雰囲気、料理から、結構高そうに感じた。
その帰り道に「また行きたいから連れていけ」というような話をされている夢だった。
なんとなく、夢の内容をばあちゃんに話してみた。
「ふーん。写真でも見て、それが夢になったんじゃないかな」
「旅館の鍋かなんかの写真は何枚もあったけど、それ以外に食事の写真なんかあったかな。でもたくさんあったからなぁ。見たのかな」
「…ちなみにどんなとこだった?」
「どんなとこって、…そこまで詳しくわからないな」
「…あそこの事かなぁ…。でもなぁ…そんなわけ…」
こちらに聞こえるか、聞こえないか位の音量でぶつぶつ言っている。
「何か覚えでもあるの?もしかして、夢じゃなくて過去の記憶だったりするのかな」
「そうだったらいいんだけど」
「んなわけないか。……んー、あ!誕生日にまた連れてけって言ってたような…」
「え!?…それって…いや……でも……」
またぶつぶつ言い始めてしまった。もしかしたら本当にあった事なのかもしれない。
…でも、今までそんな事はなかったのにどうしてだろう。もしかして、戻ってるとか?……いや、そんなわけないか……。
ばあちゃんや陽茉さんに話を聞いたり、クローゼットにあった数々のものを見た事で、本当なんだろうと思ってはいたけれど、どこか他人事のように感じていた。…それなのに誕生日が近くなってくるにあたって、徐々に怖くなってきた。
だって、起きた時に記憶がなくなっているなんて、今の自分からすれば死んでしまうのと同じ事なんじゃないか。後で戻る保証もないんだから。何十年もの間、誕生日に何度もなっている。そんな事実は知らないままでいたら、少しは気が楽だったろうか。
だからといって、話してくれたばあちゃんを責めるつもりはない。いろいろ聞いた今となっては、死ぬ前にやっぱり知っててほしいと思うのもわかる。
…とまぁ、いろいろ思ったところで自分にはどうしようもないんだよね。黙ってその日を迎えるしかやれる事なんてないんだし。嫌だからといって死ぬわけにもいかないしね。……今回はばあちゃんの為にも、記憶を失いませんように。
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