2058年
8月
「ねぇ、亮。私達さ、付き合わない?」
「え、美穂って、俺の事が好きだったの?」
「…やっぱ、わかってなかったか」
「いや、結構一緒にいるし、もしかしたらそうかなぁとは思ってたけど。違ってたら恥ずかしいなぁって…」
「じゃあ、改めて言うよ。…亮の事が好き。付き合って?」
「うん。俺も好き。付き合おう」
「あれ?」
付き合うんじゃなかったっけ?……って、誰と?……あ、夢か。
いつの間にか寝落ちしていたようだ。寝る前に読んでいた本の影響だろうか。誰かと付き合うような夢を見るなんて。
…もう決めた相手がいるのに。 …え??まだ寝ぼけてるんだな、俺。そんなのいないし。
ユキが足元で丸まって寝ていた。起こさないように、つけっぱなしになっていた部屋の照明を消した。もう一度寝直したいけど寝れそうにない。朝から既に暑い。部屋にはエアコンがなく、扇風機だけ。一晩動いていただろう扇風機の風は微温くて、快適とは言い難い。
それでも、目を瞑っていたら眠れるかもしれないと思っていたけど、セミが無駄だと言わんばかりに鳴いている。
寝転んだまま、昨日読んでいた本を開く。…最後に読んだページがわからなくなっている。記憶がなくなったというわけではなく、本が閉じられててわからなくなっただけ。栞を挟む間もなく寝てしまったんだろう。
今の自分になってからの事はちゃんと覚えている。毎日記憶がなくなるわけではないようだ。ただ、以前にもなっていると聞いた。だとすると、いつまでこのままでいられるんだろう。明日なってしまうかもしれない。来週、来月になってしまうかもしれない。そう思うと、何かをやっても全て無駄になりそうで、何かやろうという気にならない。毎日がとても退屈だ。
そういう状況だからなのか、ばあちゃんもあまり前の事を話さない。聞けば教えてくれるんだろうけど、積極的に話そうって感じはしない。必要な分だけって感じ。まぁ、いろいろ聞いても意味がない気がするから別にいい。
……でも、そしたら俺は何の為に生きてるんだろう。
今日も外には行けそうにない。玄関を出たあたりで目眩に襲われた。そのまま倒れるわけにはいかない。急いで家の中に戻った。
「毎日毎日、よくやるなぁ」
感心してるのか、呆れているのか、どっちだろうか。ばあちゃんが持ってきた麦茶の入ったコップを受け取る。
「…暇、だし…」
一気に飲み干して、空になったコップを返す。もう目眩は治まったようだ。
「ま、無理すんな」
もう一度、外に行ってみようかと思ったけど、どうせすぐにダメになるだろう。今日はもうやめだ。
二階の部屋に戻ると寝ていたユキが顔をあげた。こちらをちらっと見たけど、寄ってくる事はなく、すぐにまた目を閉じて寝てしまった。
こんな暑いとこでよく寝れるよな…。猫って熱中症とかなんないのか?
扇風機のスイッチを入れ、パソコンのスイッチも入れる。微温い風を浴びながらパソコンが起動するのを待つ。出来る事なら涼しい部屋でパソコンをいじりたい。そうするにはパソコンを下に持っていくか、エアコンをこの部屋につけてもらうか。
…エアコンの一択だな。
やっと起動したパソコンで動画サイトを開く。部屋にあった小説の映画版を見る為だ。やることがないから何回も見たけど全然飽きないで見ていられる。見てる間は時間がすぐに過ぎてくれるのもいい。オープニングの音楽が鳴り始めると、ユキの耳がピクピクと動いた。それを見たあと画面を見ていると、意識がどんどん映画の世界に引き込まれていった。
「どうだった?よかった?」
何年か前の映画だけど、新作の公開に合わせて旧作も映画館で上映となっていた。前の自分が好きだったらしい。家にあった小説を読んでみて、好みではないと言ったけど、デートだと連れてこられたた。
「やっぱり、好きなジャンルじゃないな」
「そうなんだねぇ。不思議だなぁ」
「そう?別人みたいなもんだし、趣味も違うんでしょ」
「別人みたいか…。そう、だよね」
失敗した。こういう雰囲気になるのが嫌だ。前は前で今は今。いないやつと比較されても困る。
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