第五話(11) 詫びろ!


 * * *



 僕の吐き気が落ち着いて、元の最上階のホールに向かえば、賀茂さんはそこにいた。また頽れていた。


「『狩人』の末裔なのに、こんなのじゃ……」


 どこか遠いところを見て、何かぶつぶつ言っていた。


「まだ……まだ『狩人』は必要なんだ……怪物はいて、だから私もいなくちゃいけなくて……もう終わった話なわけじゃないのに……」


 なんだかすごく苦しんでいるようにも見えた。


「私は『狩人』の末裔なのに!」


 唐突に、刃物みたいな声が響く。


「『狩人』だった血筋に生まれた! それなら、私も一流の『狩人』にならなくちゃいけなかったのに!」


 大声に、崩れた床からころころと、剥がれるように瓦礫が落ちていった。


「一流になれば……使命を忘れて普通に暮らしてるみんなが、目を覚ましてくれると思ったのに……」


 僕は、賀茂さんの家のことを知らない。

 ただ賀茂さんはものすごく勉強もできて、運動もできて、誰からも頼りにされる、優秀な子だった。

 だから、賀茂さんがこんな風になって、僕はどう声をかけたらいいか、わからなかった。


「……ちょっとあんた、目を覚ますのは、あんたの方なんじゃないの?」


 けれども、目堂さんは、大股で賀茂さんに近付いたかと思えば、不良みたいに胸ぐらを掴んで、顔を上げさせて、


「何? さっきからぎゃーぎゃー騒いで……あんたもしかして『狩人』の血筋に生まれたから、自分は一流の『狩人』にならなくちゃだめなんだ~とか、思ってるわけ? 馬鹿みたい」


 髪の毛からは、蛇も出ていた。牙を剥いている。


「ばーかーみーたーいー!」


 まるで子供みたいな声が響く。わぁんと反響して、目堂さんの声は、目堂さん自身にも降ってくる。


「め、目堂さん……」


 僕は、目堂さんが急にそんなことをするものだから、驚いていた。それに賀茂さんは、まだ安全とはいえないのに。


「……あんたは、あんたでしょ。なんで……『狩人』の末裔だからって、一流の『狩人』にならなくちゃいけないの?」


 でも目堂さんは、賀茂さんから距離を取ろうとしなかった。ただ、胸ぐらを掴んでた手を離して、ちょっと困ったように見下ろしていた。


「使命って……何? 別に誰かにやれって言われたわけじゃないでしょ? あんたが……その血筋に生まれたからって、決めただけでしょ? 決めて……勝手に縛られてるだけでしょ……」


 どうしてだろう、目堂さんはまた、泣きそうになっていた。ところが、腕を組めば、


「で、あたしやキューくんを巻き込んだ! ねえ、あたし達、下手すると死んでたかもじゃん!」


 ――目堂さんは怒っていた。蛇はずっと、シャーシャー鳴いている。


「謝って」


 そして――手を伸ばしたのだった。


「あと……お詫びに仲間探し、手伝って」

「――えっ?」


 茫然としていた賀茂さんが、不意に目が覚めたように瞬きする。差し出された目堂さんの手を見て、それからゆっくり顔を上げる。


「あんた『狩人』なんでしょ? なら……怪物とか妖怪とかの知識、あるでしょ? 協力してくれたら仲間探ししやすくなるわ」


 目堂さんは、まっすぐ賀茂さんを見つめて。


 賀茂さんはしばらく動かなかった。はい、とは言わなかった。けれども、嫌だ、と答えることもなかった。

 もしかすると、目堂さんはメドゥーサだから、じっと見つめられて、賀茂さんは動けなくなっていたのかもしれない。そして目堂さんはわざとそうやっているのかもしれない。目堂さんは瞬きの一つもしない。じっと賀茂さんを睨み続ける。まるで「はい」と言うまで待つように。


 それでも、目は乾いちゃうから、ついに目堂さんが瞬きをした。


「馬鹿か?」


 その次の瞬間、ばっと賀茂さんが後ろに下がる。


「お前の方が馬鹿みたいじゃねぇかっ! この……お人好し!」


 賀茂さんは階段へ走っていったかと思えば、下の階に降りて行った。

 賀茂さんは逃げてしまった。


「あれでよかったの?」


 ――しばらく待っても、賀茂さんは戻ってこなかったし、もう何も起きなかった。僕は目堂さんに尋ねてみる。


「うーん……まあ、他の人にあたし達のこと言いふらしたりしないと思うわね! 自分のことも言わなくちゃいけないし……このビルちょっと壊したの、ばれたらやばいだろうし」

「そういう問題じゃ……」


 これからも、賀茂さんは何かしてくるかもしれないのに。

 と。


「助けに来てくれてありがとう、お礼、言ってなかったわね」


 急に目堂さんが僕に向き直る。ふんわり、笑っていた。


「それから……あたしを認めてくれたことと、気付かせてくれたこと」


 ところが、ちょっと顔を赤くしたかと思えば、髪の毛をいじるみたいに、蛇の頭を指先でつつき始める。


「なんかあたし……焦ってただけだったみたいね。足掻くのに、必死で」


 深い溜息は、少しだけ響いた。


「多分あたし、ここに自分がいることを、叫ばなくちゃいけないって、思ってたのかも。そうしないと……消えちゃう気がして。それで……あたし一人じゃだめだから、仲間を集めようって考えたんだと思う」


 僕は黙って目堂さんを見据えていた。


「でも、広い世界で、あたしがあたしでいられる場所って、そうしなくても作れるし、もう……あったわね」


 再び、目堂さんが僕を見る。僕は動けなくなる。それは決して、メドゥーサの力にやられたわけじゃない。

 目堂さんは、本当に、本当に嬉しそうに笑っていた。笑いながら、一筋、涙を流していた。


「キューくんと一緒にいると、すごく楽しいから」


 ……顔がじわじわ熱を持ってくるのがわかった。つい、僕はよそに顔を向けてしまった。


 でも、よかった。

 僕だって、目堂さんと一緒にいると楽しいから。


「暗くなる前に帰らないとね」

「そうね、また補導されるの、嫌だもんね……四連休よ! あたし、旅行に行くんだから!」


 まだ夕焼け色の残る空の下、僕達は家を目指した。

 広い世界で、僕達はちゃんと自分らしくいられる居場所を見つけた。それとは別に、僕達には帰る場所があるから。


 ……四連休が待っている。宿題もたくさん出た、四連休が待っている。

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