第五話(09) それ以前に僕達は
* * *
少し迷った果てに、引き千切れないかな、と僕はロープを引っ張ってみた。簡単に千切れて、目堂さんは自由になった。
「キューくん……結構強いよね」
「そうだったみたい」
立ち上がった目堂さんは一瞬笑ったものの――ぼろぼろ泣き出した。僕は慌ててしまう。
「目堂さん、もう大丈夫だよ……賀茂さん、なんかもう動かないし」
もう怖いことは終わったのだ。賀茂さんは頽れたまま、茫然として動かないし、ナイフだってもうない――そもそも賀茂さんは、勢いだけあって、大きな害をなすようなことをするつもりはなかったのかもしれない。
それでも、目堂さんは泣いていて。
「キューくん……あたし達って、消えなくちゃいけないのかな……」
そう、言い出す。
「あたし達、怪物だから……」
今回、僕達は怪物だから狙われた。
怪物は――消えるべきだという考えによって。
「自分が人と違うのは、自分が一番わかってる……やっぱり、だめ、なのかな……怪物、だから……」
いろんなものが消えていった。
いろんなものが、フィクションの中のものだけになった。
……だから僕達も、そうならなくてはいけないのか、と言われると。
「怪物だからって、何?」
そもそも、そうなのだ。
僕は、気付いたんだ。
「目堂さんは……目堂さんでしょ」
そう、僕達は、怪物の末裔である以前に――僕達であることを。
「僕、ずっと思ってたんだけど……目堂さんってもしかして、自分でいられる居場所が欲しいから、仲間を探してたんじゃないの……?」
「――えっ?」
ずっと思っていた。どうして目堂さんが必死になっているのか。
狼男の手記を読んで、少し、目堂さんの本当の願いが見えた気がした。
「なんていうか目堂さん……広い世界で、なんとか人間のフリして生きてて……でも、それって、本当の目堂さんじゃ、ないでしょ?」
多分、目堂さんはすごく窮屈していたんだと思う。
学校での目堂さんと、本当の目堂さんは違うから。
目堂さんはいつも、蛇を抑えこんでいた。
――目堂さんはいつも、自分を隠していた。
「目堂さんは、広い世界のどこかに、自分らしく生きられる場所が欲しかったんじゃないかな……なんていうか、自分を認めてくれる、ような……」
消えたくないと、怯えていた。
それはきっと、もっと言えば、本当の自分が消えるのが怖いと言っていて。
目堂さんは、自分を押し込めすぎて、そのうち消えちゃうのが怖かったんだと思う。
そして自分らしく生きたいんだと思う。
廃墟探索の夜「妹には蛇がないから、蛇を隠す必要がなくて羨ましい」と言っていた。
それって、目堂さん自身も言っていたけれども「蛇がいらない」という話じゃなくて。
――隠す必要なく、自分らしく生きられたら、ということで。
「怪物だとか、普通じゃないとか置いといて……目堂さんは、目堂さんだよ」
だから僕は、言う。
「『怪物だから』って、消えなくて、いいんだよ……」
人間の前で蛇を出されたら、それは困るけど。
ただ僕達は怪物だから消えるべきか、抗うべきかとか以前に、「僕達」であるんだろうから。
「な、なんか変な話になっちゃったね……でも、あのね、僕……」
僕はいったい、何を話してるんだろう。少し顔が熱くなってくる。何だかすごく、変なことを言っている気になってきた。
かっこいい言葉なんかじゃない。むしろ当たり前すぎて、意味わかんないし、センスのない言葉だと思う。
それでも僕は、伝えたかった。目堂さんが何か、気付いてくれたらいいなと思って。
それからこれは――僕からの「ありがとう」、だったのかもしれない。
「僕、目堂さんと一緒にいて――自分は自分でいいんだって、気付いたんだ……吸血鬼とか、怪物とか、確かにそうだけど、そういうのに縛られないで……」
僕はきっと、目堂さんに会って、自由になった。
目堂さんの前なら……本当の僕を認められるようになった。
だから、楽しかったんだ。
しばらくの間、目堂さんは何も言ってくれなかった。僕の顔は、ますます熱を持つ。本当に、何を言ってるんだろう。頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
「……キューくん、ほんと、変なこと言うのね」
ついに口を開いたかと思えば、そう言われて、耳も熱を持つ。
「でも……消えていっちゃったものと、あたしは……別ってことね?」
けれども、目堂さんは涙を拭って、笑ってくれて。
「あたしは……そうね、あたし、だったわね……ちょっと、必死になりすぎてたかも」
俯いてしまっていた僕は、顔を上げた。目堂さんと目が合う。蛇も僕を見ている。
――僕も、ゆっくり、笑った。
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