第五話(08) 僕、何かやります
賀茂さんの小さな身体が跳び上がる。僕に落ちてくる。
「うわぁ……」
僕はさっと後ろに下がったものの、着地した賀茂さんはぶんとナイフを振るう。鋭い輝きが残光を引く。
本当に危ない。刃物は怖い! 僕は走って暗がりに飛び込んだ――そこは、太い柱が何本も立っている場所で、僕は一本の裏に隠れる。
――どうしよう。
「隠れたって無駄だぞ!」
賀茂さんの声が響く。追ってきている。ひゅん、とお札一枚が顔の前を通り過ぎ、慌てて別の柱を目指す。
――ホールの奥では、目堂さんが転がったままでいる。蛇を出して身体を縛るロープを髪切ろうとしているらしいが、蛇はそこまで長くない。
とにかく目堂さんを逃がさないと。賀茂さんはすごく危ないし……目堂さんをここから逃がすことが、先だろう。
それなら、目堂さんのところまで走って……。
「吸血鬼の弱点は、日光、ニンニク、十字架に――聖水!」
そう考えていると、間近で声がする。慌てて柱の影から出ると、冷たい何かが飛んできた。液体。まさか――聖水?
――吸血鬼映画を思い出す。聖水をかけられた吸血鬼の肌は、焼けただれていた。
でも僕は、特に何もなくて。
「あ、あれ……」
炭酸水をかけられた程度にしか思わなかった。しゅわしゅわする。
「ば、馬鹿なっ!」
少し離れたところで、賀茂さんが口をあんぐり開いている。それでも、
「絶対に、絶対に退治してやる……!」
そうやって睨みつけてきたものだから、僕は慌ててまた隠れる。
――なんだか。
――何だかいろいろ馬鹿みたいに思えてきた。
賀茂さんが必死になっているのは、全くよくわからないし。
――僕は吸血鬼映画の吸血鬼みたいにならないし。
「そこかっ!」
「わっ!」
また賀茂さんに見つかってしまう。ナイフを避けて、僕はまた逃げる。どうしよう、簡単に見つかってしまう。
「ふん、逃がさないぞ!」
目堂さんのところに行きたいけれども、多分隙がないだろう。やっぱり、一度賀茂さんの動きを止めてから行くべきか。
「くそ、すばしっこい奴め……」
賀茂さんの足音が近づいて来る。次はどこに逃げたいい? 僕は辺りを見回す。
――暗闇の中に、光る双眸を見つけた。
真っ黒な猫だった。僕をじっと見ている。じっと見ながら、近くの柱に爪を立てたかと思えば、がりがりがりっ、と。
ただの猫じゃない。
井伊だ。
「見つけたぞ……って、えっ? 猫ちゃぁんっ?」
井伊の作戦は成功した。物音に引き寄せられ、賀茂さんが離れていく。
その隙に、僕は目堂さんへと走り出した。いまが、チャンスだ。
「目堂さん!」
「キューくん……!」
目堂さんは半泣きだった。怖い思いをしたというよりも、すごく悔しそうな顔をしていた。
ところが僕は、目堂さんのロープに手をかけ、止まる。
切るものがなかった。
「させるか! 全員消えろ!」
もたもたしていると、気付いた賀茂さんがこちらに一気に走ってきた。
「貴様らは――存在しちゃいけないんだ!」
そんな絶叫が響いて、ナイフが振り上げられ――振り下ろされる。
――あった、切れるもの!
「――あっ、えっ?」
がしりと、僕は賀茂さんの腕を掴んでいた。そしてもう片方の手で、ナイフを奪い取っていた。賀茂さんは眼鏡がずれたまま唖然としているものの、僕は気にしなかった。このナイフを使って、うまくロープを、と考えたところで……
「か、賀茂さん……ナイフ振り回してて怖かったけど、これよく見たら刃丸っこくて切れないようになってるんだね……」
ちゃんと金属でできているから重いものの、ナイフはロープすら切れないくらいに、刃を丸くされていた。
玩具というには、やっぱり危ないけど。
少し迷って、僕は賀茂さんに返すわけにはいかないと、両手でナイフを持った。そのままぐっと力を入れると、板チョコみたいにぱきっと割れた。
折れそうな気がしたのでやってみたが、実際に折れてしまった。
僕、意外に、すごい。
ぽいっと、ナイフの残骸を投げ捨てる。賀茂さんが膝から崩れ落ちたのは、それと同時だった。
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