第三話 この状況を楽しむわけにはいかないけど、僕だって子供で男だ

第三話(01) 目堂さん……じゃない

 今日も僕は、日傘をさして学校を目指す。

 本当は、傘をさすのが好きじゃないけれど。単純に歩きにくいし、なんだか……嫌でも僕が普通じゃないと、自分自身でわかってしまって。


『いつか消えちゃうのかな』


 ――この前から、度々、目堂さんの言葉が思い出される。

 僕達は怪物で。いま世界は人間のもので。

 ――それなら僕達は、消えていくべきなのかと。

 あの日以来、そんなことを、考えてしまうことがあった。


 消えたいか、消えたくないかというと。

 ……僕はちょっと、よく、わからなかった。


「影山って、なんか吸血鬼みたいだよな」


 知らない男子の声が、耳に入ってくる。


「地味に背が高いよな、ちょっと怖い」

「え~? でも噛みつくようには見えないよ、吸血鬼って、噛む奴だろ~?」


 どきりとして、僕は立ち止まりそうになる。


 ばれたわけではない。本人達だって、心の奥底で「そんなものはない」と思っているはずだ。

 でも僕は、傘の下で顔を歪めてしまった。


 ――昔、本当に小さい頃だけど、人を噛んでしまったことがあったから。


『ママ~! あの子、噛んだ!』


 曇りの日の記憶だ。僕は傘なしで、母さんに公園に連れて行ってもらった。そこで出会った女の子と一緒に遊んでいる時、何をしていたかわからないけど、その子の腕を、うっかり噛んで泣かせてしまった。


 本能だったと思う。幸い僕は、あくまで吸血鬼の「末裔」であるため、噛んだ人をどうにかする力なんてなかった。だから、ただ噛んでしまっただけ、それだけで終わった。僕と母さんは、女の子とその親に謝った。相手の親は「子供だから」で許してくれた。それから、親同士で「子供は大変よね~」と話していたのを憶えている。女の子も、もとのように遊んでくれた。

 家に帰って、僕は大して怒られることもなかった。ただ「噛んじゃだめよ、痛いんだから」で終わった。


 それは、傍から見れば、子供の頃特有の、本当にちょっとした事件、事故といったものだろう。

 でも僕は、確かに誰かを噛んで、泣かせてしまった。


 ――吸血鬼映画を思い出す。

 吸血鬼は、人間に倒される、悪い存在だ。


 ……僕は。

 僕はあの時、映画に出てくる「悪い吸血鬼」と、同じことをしてしまったのではないだろうか――。


「あっ……」


 そんな風にぼんやり考えていたから、後ろから突風のように現れた男子に、傘を奪われてしまう。陽の光にさらされる、僕の頭。


「こいつだろー! C組の影山っていうのは!」

「肌青白すぎ! ちょっとは焼けとけ~」


 あまり見覚えのない男子だった。違うクラスの男子だろう。少し離れたところで、僕のクラスメイトの男子達が怒鳴っている。


「おい、お前ら、返してやれよ!」


 でも今日は、トマトジュースを二本飲んできたし、ある程度は大丈夫だろう。僕は慌てず歩く。

 ……勘違いだった。


「影山! おい!」


 ぐらりと世界が揺れた。揺れたのは世界じゃなくて僕だった。クラスメイトの男子の声が聞こえた。


 ああ、もう。どうして僕は「吸血鬼」の血をひいてしまったんだろう。

 どうしたらいいか、わからない――そうか、考えすぎてたから、倒れたのか。


「――キューくん、大丈夫?」


 倒れた僕に、声が降ってくる。誰かが僕を見下ろしていた。


「……目堂さん」


 ――じゃない。ちがう。

 眼鏡をかけた女の子が、僕を見ていた。

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