第一話(04) 怪異フレンズ


 * * *



 正しくは、僕は吸血鬼の『末裔』である。ほとんどは普通の人間と変わらない。

 けれど、その特徴を引き継いでいる。だから日光が苦手だし、目は普通の人間の目じゃないし、牙だって鋭い。その他にも……まあ色々ある。

 でも、普通の人間として、いままでうまく溶け込めていたのだ。


「……どうしてわかったの?」

「日頃の観察……『吸血鬼なんじゃないか』って思いながら見てればね?」


 屋上への扉の前、僕は目堂さんと並んで座っていた――なるほど、普通の人間なら、吸血鬼なんてフィクションにしか存在しないと思って、考えない。


 それにしても、と、僕は目堂さんを見る。


「……驚かないんだね? 吸血鬼って……普通、怖いだろうし」

「あたしだってメドゥーサだし」


 ――目堂さんは、髪の毛の中から例の蛇を出していた。蛇は目堂さんの冷たさそうな手に巻きついて、どこか楽しそうに舌をちろちろ出している。こう見るとかわいい。ちょっと手を伸ばす。


「噛むわよこいつ。一応あたしから生えてるから、見たものとか共有できるけど、言うこと聞かない時は生意気なんだから」

「……やっぱりそれ、頭から生えてるんだ」


 ――目堂さんも、僕と同じ「何かしらの『末裔』」であることは、薄々感じていた。

 正体がわかって、納得する。だから目堂さんの顔を直視すると、固まってしまうのだ。メドゥーサは、見たものを石に変えてしまう怪物だ。目堂さんは『末裔』だから、人を石にするまでの力はないけれども。


 それはさておき……吸血鬼と同じくメドゥーサも実在していた怪物で、その末裔がまさか隣の席にいたなんて。


「ばれた時はどうなるかと思ったけど……よかった、普通の人じゃなくて」


 もしも、普通の人にばれていたのなら。僕は思わず冷や汗を流す。

 僕は、普通の人間じゃない

 怪物――恐ろしい、吸血鬼の末裔だ。

 人に害をなす、怪物――。


「ていうか、他にも僕みたいな人がいたんだなぁ……」

「あたしだって、びっくり……まさか本当にいたなんて」


 目堂さんもそう言う。蛇を絡ませて遊びながら。


「本当に……見たことなかったんだもの……」


 その声は妙に高くて、震えていた。


「目堂さん?」

「ほ、本当に……」


 驚いて目堂さんを見れば。


「仲間がいたんだぁぁぁぁ……!」


 目堂さんはぼろぼろ泣いていた。髪の毛から生えた一匹の蛇が、慌てた様子で宙でうねうね動いていた。


 ――目堂さんが泣き止んだのは、それから少しが経った頃だった。


「ずっと……ずっと仲間を探してたの。あたしと同じ……怪物とか、妖怪とか、とにかくそういう、普通の人間じゃない人を……」


 普段は大人っぽくて、ミステリアスな雰囲気もあった目堂さん。

 いまは顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。ずびび、と僕が渡したハンカチを汚した。そしてえぐえぐと嗚咽する。


 僕は正直驚いた。だって普段の目堂さんからは、想像ができない姿だったから。

 目堂さんは黙ってはいられないらしい。


「家族以外に、いままで見たことなかったの……」

「僕も……家族以外で見たことなかった」


 僕だって、他に自分みたいな人はいない、そう思っていたのだ。僕みたいな人は、僕と、父さんと、親戚数人だけ。理解ある普通の人間も、母さんをはじめとした身内くらい。


 仲間を探そう、なんて考えもしなかったけれども、ようやく仲間を見つけられた目堂さんの気持ちが、少しわかるような気がした。

 僕だって、少し安心したんだもの。


「みんな、時代に消えていっちゃったらしいのよね……」


 話によるとそうらしい。

 ――神話やお伽噺に出てくる「人でもなく、動物でもないモノ」。それの一部は本当にこの世界、この地球に存在していて、けれども人間の勢いに負けて消えていった。生き残りも、人間に溶け込む形で、現在進行形で消えている。


「それでも、長いこと探してたの。あたしと同じ……誰かを」


 ようやく顔を上げた目堂さんの頬は赤色で、まだ筋を作っている涙を、蛇がちろちろ舐めていた。目堂さんは「やめなさいよ」と蛇を払って、長い指で涙を綺麗に拭う。

 そうして改めて瞬きして現れた黒い瞳は、朝日を浴びたようにきらきら輝いていた。


 綺麗だった。美しかった。

 向けられた微笑みも、普段の目堂さんの微笑みとは違って、無邪気で、かわいらしくて。


「まずは、一人目ね」


 ふう、と溜息を吐いて、彼女は立ち上がる。


「やっぱりちゃんと存在してるんだ! あたし以外の怪物の誰か! それじゃあ……二人目を見つけなきゃ!」


 ――二人目?


「……ん?」


 不意に、嫌な予感がした。目堂さんの目が、きらきらしすぎていたから。蛇がうねうね動いていたから。

 がしりと、手を掴まれた。


「キューくん! 手伝って! あっ、もう『キューくん』でいいでしょ? 名前長いし、こっちの方がかわいいから!」

「んっ?」


 呼び方についてはどうでもいい。いや学校一の美人である目堂さんと仲がいいらしいと他人に知られては、目立ちそうだからちょっと困るか。いくら仲間だからといっても、適切な距離を保ってほしい。


 いやそこじゃない。問題はそこじゃない。


「ん~っ?」

「よろしくね、キューくん!」


 いや『よろしくね』じゃない。


 ――僕は平穏に暮らしたいのだ。

 自分の正体を隠して。変な行動を起こさないようにして。

 だから、そういう怪物や、その末裔が他にいたとしても……正直、関わりたくない。

 関わってただで済むと思えない。怪物だぞ、僕達は。


 人間に溶け込んでいるのだから、普通の人間として、世界の秘密を知らない、そういうことで生きていきたい! 変なことに巻き込まれたくない。


 けど。

 ――こんな風に目堂さんに見られてしまっては、僕は拒否もできないのだった。


 手だけが動く。目堂さんの手を、握り返してしまっていた。

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