第一話(03) サヨナラ『普通の人間』学園生活
* * *
それ以降、目堂さんは特に何もしてこなかった、普段、目堂さんは必要がある時にしか僕に話しかけてこない。僕と目堂さんはあくまで同じクラスに所属しているだけで、またあくまで席が隣というだけ。友達ではない。
昼を過ぎても、目堂さんの様子は変わらず、髪の毛にいた蛇ももう姿を現さなかった。
「この漫画、いいよね~」「ね~ほんと! 私、原作の小説の方も今読んでる!」「噂だと映画やるってね!」
「――あたし、知らないわ」
「うそ! 早織、知らないの! これいまめちゃ流行ってるんだよ! 知らない人初めて見た!」「早織、漫画とか本ってあんまり読まないっぽいからねぇ」「じゃあ普段何してるの? 動画? 推してる人いるの?」
「そうね……『ととんね・ねーる』さん?」
「え……っ、誰? 実況者?」「何してる人?」
「心霊スポット行く人」
「?」「?」「?」
クラスの他の女子と会話する目堂さんは、美人で少し趣味が変わっているだけで、あとは普通の女子中学生だ。ちらちら目堂さんを見ている男子がいるけれども、美人故だ。目堂さんは人気者だ。
もしかすると、今日のことは、全て僕の幻覚だったのでは? 不意に僕は思う。だって、目堂さんは普通の女の子じゃないか。
きっとそうに違いない、だって今日、僕はうっかり倒れちゃうし、トマトジュースだって足りてなかったし……幻を見たに違いないんだ。
でもいまは見えないし。
そう、全部幻覚! 僕が見たものは全部嘘!
……だったらよかったのに。
「久太郎くん、ちょっと」
目堂さんが行動を起こしたのは、放課後だった。
みんなそれぞれ、向かうべき場所へ向かっていく。部活に行く人、帰る人、他の場所に行く人。
僕もその流れに乗るように、椅子から立ち上がった時、目堂さんに声をかけられた。
「ひぃっ!」
思わず悲鳴を上げた。教室をいま出て行こうとしていたクラスメイトが、どうしたと振り返るものの、出て行った。
気付けば教室には、僕と目堂さんしかいなかった。
僕はそろそろと、目堂さんと距離を取る。
「目堂さん、えっと、僕、部活が……」
「あら、帰宅部でしょう? 知ってるわ、あたしも同じだもの」
なんで知ってるの。あと何その仲間意識。
僕は逃げ出したかったものの、動けなかった。目堂さんに正面から見据えられると、どうしても動けなくなる。美人過ぎる。あと……不思議な雰囲気にあてられる。
目堂さんは小首を傾げ、黒い髪の毛を揺らした――蛇の姿がちらりと見えた。
幻じゃない。
次の瞬間、僕の手首は、目堂さんの白い手にがしりと掴まれていた。まさに蛇が獲物に噛みつくかのように。そして目堂さんは僕を見上げたのだった。
「ついてきて、大事な話があるから」
「は、はい……」
目堂さんは、そのまま僕を放さなかった。廊下へと出れば、颯爽と進んでいく。帰宅途中か、はたまた部活か、歩いている生徒何人かに見られた。みんな少し驚いた顔をしていた――そりゃそうだ、学校一の美人と言われる目堂さんが、日傘男子であり前髪で顔半分見えない明らかな陰キャを引っ張っているんだから。
目立ちたくないんだよ。厄介ごとに絡まれるかもしれないから……。
目堂さんは何一つ気にしない。階段を上ったかと思えば、屋上の出入り口までやって来た。屋上へのドアを、開けようとしている。
それは本当に、ちょっと困るなと、僕は思った。
屋上に出るのならまずい。バッグは教室に置いてきてしまった――日傘もそこだ。
カーテン越しに差し込むものなら、なんとか耐えられるけれど、直射日光はきつい。
「め、目堂さん!」
どうして日光にさらされたくないのかは、言わない。そもそも、目堂さんが蛇の話をしようとしているのなら、ここで終わらせてしまえばいい。
僕はそれ以上に興味を持ちたくない。
「ぼ、僕……黙ってるから! 目堂さんの、秘密……その、髪の毛に、蛇がいること……」
目堂さんが何者であるのか、あの蛇は何なのか気になるものの。
余計なことに、首をつっこみたくなかった。
「だ、誰にも言わないから……目堂さんが変な人だって、言わないから……」
僕は目立たず、大人しく、変なことに巻き込まれず、普通の人として、穏やかに暮らしたいのだ。
「久太郎くん」
目堂さんは振り返らなかった。ドアノブを握ったまま、動きを止める。
「――外に出たくないから、急にそういう話しだしたんでしょ」
突然目堂さんが振り返った。黒髪が扇子のように広がって、蛇も僕に向かって牙をむく。
その気になれば、僕は目堂さんを止めることができたかもしれない。目堂さんの動きは遅かった。
でも、僕はまさか、目堂さんがそんなことするなんて思っていなくて、許してしまった。
爪まで綺麗な指が、僕の前髪を掴む、めくる。僕は初めて、何もさえぎるものがない状態で目堂さんを見た。
「あっ」
「――目、赤いね。普通の人の目じゃないわね」
正面からちゃんと見た目堂さんは、本当に美人で――背筋に寒気を覚えるほどだった。
そんなことを思ってしまったから、次も許してしまった。
目堂さんは、なんと、僕の口に親指を突っ込んできたのである。砂糖菓子みたいな指が、舌に触れた。
「あ……っ!」
僕は思わず顔を真っ赤にする。でも、もうそれどころじゃなかった。
「――やっぱり歯、鋭いわ。牙ね、これね」
目堂さんの瞳と、蛇の瞳に映った、僕の鋭い牙。人間にしては明らかにおかしい、それ。
――ぱっと目堂さんが手を離した。伸ばされた口や頬が少し痛かった。
噛んでしまう前にとってくれてよかった、と安心する。僕は弱々しく、その場に座り込んでしまった。
見上げれば、目堂さんがふふんと笑っていた。
「久太郎くんって、吸血鬼でしょ?」
ああサヨナラ、僕の平穏な『普通の人間』学園生活――。
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