第106話 「走れメロス」は実体験から?

 現代文の教科書や、入試問題にも使われ、誰もが目にしたことがある古典名作、太宰治の「走れメロス」。


 友人・セリヌンティウスとの約束のため、命がけで走るメロスの姿、そして互いを信じる友情の絆が感動を呼ぶ内容となっていますが、実は作者である太宰治の自堕落な実体験がベースとなっていると言われています。(悪い意味で)


 太宰治は執筆のために熱海の旅館に泊まり込んだことがありました。

 結局、作品は仕上がらず、手持ちの金も尽き、宿代も払えなくなります。


 内縁の妻・初代に「お金を寄越してほしい」と手紙を送りました。

 初代は、太宰治の友人・檀一雄にお金を渡し、「宿代を払ったら、早く太宰を連れて帰ってきて!」とお願いします。


 そして、宿屋にやってきた檀一雄。

 彼も、太宰の口車に乗ったのか(笑)、熱海の宿屋で一緒になって、どんちゃん騒ぎ。

 宿代を払うどころか、持ってきたお金を使い果たし、さらに飲み食いして女遊びまでしていたので、借金を増やしただけでした。

 

「ちょっと、友人の菊池寛のところに行って、金を借りてくる。明日か、明後日には戻る。それまで待っててくれないか」


 太宰はそんなことを言って、檀を宿屋に待たせて、出掛けて行ってしまいました。


 ところが、太宰が何日経っても戻ってきません。さすがに痺れを切らした檀は、太宰を迎えに行きました。


 すると、太宰は、師匠である井伏鱒二のところで、のんびりと将棋を打っていたのです。


 激怒している檀の顔を見て、太宰はこう言いました。


「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」


 最後には、師匠である井伏鱒二が、宿屋の借金は全部肩代わりしてくれたらしいですが。


 それにしても、自分の借金が元で、待たせていた友人に対して「待たせていたコッチもつらいんだからな(意訳)」と堂々と言い切れるそのメンタル、立派としか言いようがありません。


 この「熱海事件」のあとで、太宰は「走れメロス」を執筆します。


 自分は友人を待たせて平気で将棋をしていたのに、作品の中のメロスは、必死になって友情を貫く好青年として描かれています。

 ある意味、自分を「反面教師」にした、みたいな気がしなくもないですが……。


 檀一雄は、後の回想録で「あの熱海の事件があったからこそ、彼は『走れメロス』を書けたのだろう」と語っています。


 ちなみに、私が「走れメロス」の中で考えさせられるシーンは、一度は倒れて諦めたメロスが、奮起して立ち上がる時の「中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。」というセリフの箇所です。


 書きかけて途中でやめた、未完成の半端な小説、皆さんにもありませんか……?


「はじめから何もしないのと同じ事」とは、思いたくない……。完成させないと……。

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