第70話 「くさかんむり」の漢字の話

 前回、「夢」の話をしましたが、「夢」という漢字の部首は「くさかんむり」ではなく、下半分の「タ」にあたる「ゆう」です。


 むかーし、なにかの映画かドラマで、河川敷で制服姿の男子と女子が話している、青春っぽいシーンで、こんなセリフがありました。


「夢っていう字ってさ、なんでくさかんむりだと思う? 草ってさ、成長も早いけど、枯れちゃうこともあるからだよ」


 夜、見る「夢」ではなく、高校生が話す「将来の夢」について語っている場面ですが、これを見ながら私は「夢の部首はくさかんむりじゃないのに……こいつら現代文の成績、きっと良くないな」と思っていました。


 セリフだけ抜粋してみると、「挫折」を端的に表現していて、なかなかいいんですけどね。


 もともと「夢」という字は、今よりもっと画数が多く面倒な文字で「暗い」「よく見えないもの」の意味があったようです。


 次第に文字が簡略化され、偶然にも「くさかんむり」に似た図形が部分的に残り、「暗い閨(ねや)で眠っている時に見るもの」という意味になり、現在の文字になったらしいでね。


 余談ですが、「人」に「夢」と書いて「儚(はかな)い」という漢字を作った人の美的センスって、尊敬します。詩的にして素敵。


「くさかんむり」の話題で、もうひとつ。


 人間の心理や気持ちを意味する部首の漢字には、「恋」「悲」「怒」などの「心(したごころ)」や、「快」「悦」「悩」「怖」などの「小(りっしんべん)」がありますが、心の中の異なる気持ちが対立して争い、迷うことを意味する「葛藤かっとう」という言葉は、なぜか「くさかんむり」の漢字で構成された単語です。 


 これは、植物の「かずら」も「ふじ」もツルを伸ばす特性があることから「ツルが絡み合うように、気持ちも複雑に絡みあって、もつれる」様子を示しているのだとか。


「くさかんむり」の話題で、さらにもうひとつ。


「芸人」や「芸術」などの「芸」という字、「修練して身につけた技・技能・学問」といった意味があるのですが、なぜ「くさかんむり」なのでしょうか?


 旧字体で「藝」と書くこの文字は、人が「苗や種を地面に植える様子」をかたどった象形文字でした。


 米でも野菜でも果物でも、植えて上手に育てれば、いずれ豊かな実りとなる……人も同じで、すぐれた教育によって、教養が芽生え、精神的に大きな「実り」となる。深いですね。

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