第35話 「アメとムチ」、原語では「パンとムチ」

 時には厳しく、時に優しく。


 甘いお菓子の飴、懲罰で使う鞭に例えて、硬軟織り交ぜた対応で人心を掌握し、他人をうまく動かすことを“アメとムチを使う”と言ったりします。


 昔、友人と話していた笑い話として、


「甘い物が大好きなドM野郎だったら、どっちも御褒美だよなあ」


 なんて、くだらないことを言っていた記憶があります。


 馬鹿なことを言いました。それはさておき。


 英語では、 「carrot and stick」といいます。ニンジンとムチ。


 馬を走らせる時に、ムチで叩くだけでは言うことを聞いてくれないので、指示に従ってくれたら御褒美としてニンジンをあげるよ、とうまく宥めて操るところからきています。


 日本語でも「ニンジンを目の前にぶらさげる」なんて言い方をしますが、それと似ていますね。


 さて、「アメとムチ」の話題に戻ります。


 この言葉の元が生まれたのは、1880年代、鉄血宰相・ビスマルクの頃のドイツ。


 ビスマルクは、「社会主義の温床は貧困にある」として、社会保険制度を創設し、疫病保険法・災害保険法など社会改良を行いました。貧乏人が個人で高額を支払い、破産することがないように、国の法律で手厚くカバーしてあげましょうね、というわけです。世界最初の社会保険制度と言われています。


 これだけなら「ビスマルクさん、すげーいい人じゃん」で終わるのですが、一方で「社会主義者鎮圧法」という法律も制定しています。

 社会主義的思想の結社を禁止し、集会や出版を厳しく制限したのです。

 クーデターを起こすかもしれない反逆者予備軍(と、政府が見なした人たち)を、ギチギチにキツく、法律で締めあげたわけです。


 取り締まる法律だけを強くすると反感を買うので、一方で優しい面を見せる。


 当時の記者、フランツ・メーリングは、譲歩する一方で厳しく締めつける権力者の支配のやり方を「Zuckerbrot und Peitsche(ツカブロト・ウント・パイチャ)」と批判的に評しました。


 ドイツ語の「Zuckerbrot(ツカブロト)」は、「甘い菓子パン」の意味です。


「アメとムチ」は、言語のドイツ語では、「甘い菓子パンとムチ」だったのです。


 それが日本に伝わる際に、当時の日本ではまだ「パン」というものが食文化として定着しておらず、「甘いパンと言われてもピンとこないが、甘い飴なら分かる」ということで「アメとムチ」に置き換えられた……という流れのようです。


 元々は政治発祥の言葉ですが、現在でいうなら「ブラック企業が、福利厚生だけしっかりして、厳しい仕事でも社員が辞めないようにする」という感じでしょうか。

 

 私も会社員ですが、ここしばらく「甘い菓子パン」、もらっていない気がします……。「ムチ」だけじゃモチベ続かんのだー! うおー!

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