第4話 研究していないのに、ノーベル賞を取った人がいる
1923年、糖尿病の治療に効くインシュリン発見の功績により、二人の医学者がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
ひとりは、カナダの外科医、フレデリック・バンディング。
もうひとりは、イギリスのトロント大学のマクラウド教授。
ところが、マクラウド教授は、実際はバンディングに実験室を貸していただけで、研究には関わっていなかったのです。
ちょっと時系列を前に戻します。
インシュリンを発見する前のバンディングは、研究資金の不足にあえぎ、十分な設備が整っている研究施設で実験を続けることができませんでした。
研究を諦め、一度は、北極の石油調査隊に医師として同行する仕事を考えたそうです。
(悩んだ末にバンディングは、コインを投げて表が出たら「研究」を選ぶ、裏が出たら「北極」を選ぶ、とコイントスで決め、裏が出たので「北極」行きを選んだらしいです)
ところが、北極行きの調査隊は、さまざまな事情で計画が頓挫し、バンディングは再び研究の道に戻ります。
インシュリンの研究・実験ができる施設を探し、地位も名声もあるトロント大学のマクラウド教授に「実験室を貸してほしい」と交渉します。
マクラウドは、夏季休暇で自分が不在の間だけ、バンディングに実験室を貸す許可を出しました。
(いろいろと俗説がありますが、マクラウドは、「片田舎の医者に新発見などできまい」と高をくくっていたようです)
バンディングは、若い大学院生の助手・ベストと二人で実験を始めます。
苦労の末に、ついには血糖値を下げる効果のある液を抽出することに成功。これがインシュリンです。
夏季休暇から戻ってきたマクラウドは、成果を聞くと「この報告は自分が行う」と決め、「バンディングとベストは私の指揮下で動いた」という論調で、自分の手柄のように発表してしまいました。
結果、ノーベル生理・医学賞は、マクラウドとバンディングの二人の名前で共同受賞することになったのです。
バンディングは、マクラウドに「あなたは研究に関与していないのに、なぜ受賞するのか」と激怒しました。
苦労を共にした助手のベストに、バンディングは自分がもらった分のノーベル賞の賞金の半分を分け与え、真の共同研究者はベストの方だ、と強く訴えました。
論文の執筆者の項目にも、バンディングとベストの名前はあるのですが、マクラウドの名前は無いのです。
ちなみにノーベル賞の賞金は、日本円にすると1億2千万円くらいだそうです。
ふたりで受賞する場合は均等に配分されるので、6千万円ずつ。
マクラウドは、夏季休暇の間、実験室を貸しただけで6千万円もらってることになります。
銀座の高級物件を扱うアコギな不動産屋でもそこまで取らんだろ、って金額ですね。
それでもマクラウドの受賞は覆らず、バンディングは一度は「不名誉に感じるから賞を辞退する」と言い出したらしいですが、周囲の反対もあり、受賞を受け入れました。
ノーベル賞の中で「実験室を貸しただけの人物」の受賞歴があるのは、とても珍しい例です。
世界の医学に貢献したノーベル賞受賞者の記念切手で、バンディングの切手は数種類発行されましたが、マクラウドは一種類だけでした。
その扱いで、真の功労者は誰なのか、マクラウドの評価はなんとなく窺えます。
その後、バンディングは、
「糖尿病患者に苦しむ世界中の人々のために使ってほしい」
とインシュリンの特許をたったの1ドルでトロント大学に売却しています。
どこまで人格者なんやアンタ。
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