探して日本 序章〜伝へたしかな〜<後編>

名鳥 佑飛

本編

 大学での講義を終えた花田龍馬(はなだ りょうま)は、自らの研究室に向かっていた。大学生に向けて、講義をするようになり、始めは、生徒と描く自ら2回目のキャンパスライフを楽しみにしていたが、いざ蓋を開けてみると、講義を受けているか、受けていないか、分からない奴らばかりだ。次に予定が入っているゼミの講義も、卒業を前にした生徒にとっては、ただの溜まり場である。自分はやる気を出して取り組んでいるのに「最近の若者は…」と花田は自分がいかに実りのある大学生活を送っていたか、ということを実感しながら、大学まで何をしに来ているか分からない連中を、掻き分けるように足早く歩いていた。

 花田は自らの研究室に到着し、暗い部屋の電源を付けた。入って真正面には、いつも使う作業机があり、その先には椅子が置いてある。背もたれは花田から見て右に回転していた。こうするとすぐに座ることが出来るからだ。椅子に座ると、大きな本棚が目に入る。言葉を取り扱う文学部の教授として、学んだことを証明する文献が壁一面に並んでいる。所々歯抜けが出来て本が傾いているのは、目の前の机にいくつか本が積まれているからだ。「海外から見た日本」というテーマで論文を書いている生徒がいるため、その手助け及びその生徒に卒業してもらうために本を読み、コピーを取って、クリップに留め、生徒に渡す。きっと生徒は内容も読まず、見ながら写すのだろうと分かっている悪行を見据えながら仕事に取り掛かろうとした。そのルーティンが9月くらいから続いて、今は11月。この日、習慣づいていた仕事を突如崩されたと花田が感じたのは、積まれていた本の上に、見知らぬ封筒が置いてあったからだ。淵に赤と青の模様が描かれている。「国際郵便…」と疑問に思った花田は、封筒に自分の名前が書かれていることを確認した。差出人には「James」と書かれていた。知らないその名前に戸惑いながらも、花田は自ら書いた論文が目に留まったのか、自分が海外進出か、と高揚感を抱きながら封筒を開けた。中にもう一枚紙が入っていた。それを開けると「To Mr.Hanada」と書かれていた。自分に送られた手紙だと再確認した。その先に書かれていた文章に、花田は驚愕した。


「私は、そこの大学でイングリッシュのクラスをしていたジェームズです。今から十年くらい前かな?その場所での日々は覚えています。Oh,私の努力でそこの大学に留学生を迎えてもらうことになりました。彼らはエリートです。せっかくジャパンに行く訳ですから、私の知っている人に生徒をお願いしたいと思っていました。Mr.Hanada あなたは私のイングラッシュのクラスを受けていた教え子ですね。Youの論文を読みました。」


 どこかで見たことがある字だと花田は思った。同時に、大学生だった10年くらい前の記憶を呼び戻し、微かにあることが脳裏に浮かんだ。日本語をカタコトで話していたことを、自分達が盛大に笑っていたジェームズであるということは容易に思い出すことが出来た。花田は、続けて手紙を読み続ける。


「あの程度の論文では学会に推薦されるのは厳しいでしょう。以前のことをそこの大学に伝えればあなたはどうなるでしょう?あなたは自分になんと伝えますか?愛する生徒に自分のせいで単位は与えられず、卒業できないということをどう伝えますか?」


 花田の手は、震えていた。


「私から許しを得る方法はたった一つです。私の愛する生徒にジャパンの魅力を伝えて下さい。ジャパンにはまだたくさんの魅力があると思っています。彼らにはあなたのような教授のことを悪く言う生徒になって欲しくない。もっと広い視野で物事を見てもらいと思っています。どうしてMr.Hanadaが教授になろうと思ったかは知りません。ただ、同じ世界で生きるHumanとして私の辛い日々を思い知って欲しい。私はあなたたちのせいでそこの大学から、My favoriteなジャパンを去ることになったのだから。

タイムズ大学 ネフタリ・ジェームズ」


 読み終えた花田は、この手紙が言わば「果たし状」であると思った。全く実りのある大学生活なんて送っていなかった。カタコトだった外国人教授を面白可笑しく笑っていた花田は、あの頃の自分に少しだけ戻ってみることにした。


 「次の講義ジェームズじゃん、また変なカタコト見せてくれるかな」

 京和大学4年生だった花田は、英語の講義を楽しみにしていた。無論楽しみにしていたのは彼だけではないが、一番と言って良い程騒いでいたのは花田だった。

「え~、This is どげんかせんといかん?」

 これを一生懸命伝えているジェームズにとってなぜ笑いが起き、なぜ生徒が机を叩いて笑っているのか理解できなかった。彼らから英語を学びたいという思いは全く感じられず、講義をすることに嫌気が差していた。ジェームズは後にクビになり、自国へと帰った。その後、努力を重ねたジェームズは、論文が評価され、アメリカのエリートが集まるタイムズ大学へ赴任、自らのゼミを持ち生徒を大切にしていた。

 そんなある日、知っている名前が目に飛び込んでいた。

「花田龍馬」

 生徒を大切にするジェームズは、その名前をしっかり覚えていた。それが自分の過去の中で最も辛い時期に受け持った生徒なら忘れる訳がない。花田について調べたジェームズは、彼がかつて勤めていた京和大学で教授として生きていることに腹が立った。

 ジェームズは大学の名前を使い、留学生の受け入れを要請。日本のことを知りたい学生にとっては素晴らしいプランだ。京和大学にとってはエリートが集まるタイムズ大学の要請に対して断る理由がない。ジェームズが過去十年積み上げてきたことを、ようやく果たすものになろうとしていた。誰も殺さないし、嘘を言っている訳ではない。ただ、自分と同じ地獄を見て欲しかった。生徒と向き合うことがいかに難しいことか、ジェームズの復讐計画は完璧だった。


 国際郵便で送られた手紙を読み終えた花田は、目の前に積まれた本には目も暮れず、ただ一点を見ていた。すると、花田の研究室にチャイムが鳴り響いた。「はい」と答えると「私だが」と聞きたくない声が聞こえた。学部長の梅沢だ。部屋にいることを答えてしまったからには「どうぞ」と続けて答えるしかなかった。

「いや~花田君、どうだい?最近の調子は?」と質問をしてきた。

「凄く調子が悪いです」なんて答えて変に心配されると困るため、「まぁ~ぼちぼちですね」と当たり障りのない答えを返した。

「君にね、折り入って、頼みたい、プロジェクト、が、あるんだ」と溜めて言う学部長が、その後に言ったプロジェクトは目の前にある手紙に書かれている内容だった。むしろ手紙の方が詳細であった。なぜなら、学部長はタイムズ大学から留学生を受け入れる大掛かりなプロジェクトとしか伝えられていないからだ。そのプロジェクトを伝える学部長と、そのプロジェクトの裏側を知っている花田には、かなりの温度差があった。しかし、考え方を変える一言を学部長は話してくれた。

「このプロジェクトが成功すれば京和大学はもちろん、君のことだってタイムズ大学に評価されたらアメリカ行きも夢じゃないぞ」

 今の大学まで何をしに来ているか分からない連中を相手にすることよりも、何を学ぶか明確になっている留学生、そしてエリート集団のタイムズ大学ではまた新しいことにチャレンジ出来るのはないか、と花田は思った。それを叶えるためにも、今目の前にいる生徒に対して向き合うことが重要だと思った花田は、学部長からのお願いに対して「はい、分かりました」と大掛かりなプロジェクトに対して承諾した。学部長は喜んでいたが、花田にとっては戦いが始まる予感がした。

 プロジェクトの成功は、留学生を満足な気分にさせて帰らせること、彼らがタイムズ大学に帰った際、楽しかったです、とさえ言ってくれれば良いのだ。つまり、日本の魅力をプレゼン形式で伝える必要がある。舞台となるのは、ゼミ室である。留学生を満足させるには生徒同士でコミュニケーションを取れた方が良いと思い、プレゼンは生徒に任せることした。 

「誰にしようか…」

人選を行っていた花田は、目の前にある積まれた本の内容が大掛かりなプロジェクトで扱うテーマと似ていることから「海外から見た日本」をテーマに論文を考察中の「菊池一郎」にプロジェクトの一員として加わってもらおうと考えた。


 花田はゼミ室に向かった。生徒たちはいつもと変わらない様子である。気だるそうにしている者もいれば、終始スマートフォンの画面とにらめっこをしている者もいる。花田は、論文の手助けを講義が終わる少し前に終えた。そして、教壇で大掛かりなプロジェクトについて説明を始めた。

「ちょっと、急ではあるが来週から外国人留学生を受け入れることになった」

 この一言に、少し顔を花田の方に向ける生徒もいれば、変わらず話を聞いているか聞いていないか分からない者もいた。

「その留学生は日本のことを知りたいみたいで、せっかくだからプレゼンをしてもらいたいと思っているんだ。菊池、お願いできるか?」

「えっ、いやそんなの困りますよ」花田の隣にいた菊池がすぐ答えた。

 菊池を指名する理由は、他にもあった。卒業前の十一月で最も論文が進んでいなかったからである。この機会に日本の見え方について学んでもらうことが必要だと花田は思っていた。

「全然ゼミに来てなかったじゃないか」

「まぁ、そうですけど…」

 卒業前にして論文を真面目に取り組まない菊池に対して花田は強く出た。このプロジェクトは自分で解決しなければならないのに。

「いいか、これは大学を挙げての大掛かりなプロジェクトだ、失敗したらどうなるか分かってるんだろうな」

 ゼミ室の空気が先程とは一変した。気だるそうにしてた者も、スマートフォンとにらめっこをしていた生徒も、変わらず花田を見ている生徒も、全員の視線が花田に向けられていた。プレゼンターとして指名された菊池は、花田に質問をした。

 「どうなるんですか?…」その声はか細く、何かに追われているようだった。まさに花田の状況と合致している。その質問があってから五秒くらい間を開けて、花田は答えた。

「君たちは…卒業出来ないんだ」

 この一言に既に内定を決めている全員が唖然とした。終わりだと思っていた大学生活が教授への復讐計画のせいで終わらない。人生が狂う。学費は払わないといけない。花田は、生徒へ過去の過ちを簡単に打ち明けた。生徒たちは思いのほか真面目に話を聞いていた。話が終わると、丁度良く講義の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。いつもは何も言わない生徒たちが「頑張って日本の魅力を伝えよう!」「花田先生、大丈夫ですよ」と言ってくれた。ゼミ内のリーダー核である風間が「さっそく明日話し合おう」と言い、それに生徒たちが賛同していた。これほど統率力があったのかと思い知らされた。

「花田さん、明日は空いてますか?」と風間が聞いてきた。

「大丈夫だ」と答え、「では宜しくお願いします」と風間は花田に言い残し帰っていった。後に続いて帰っていく生徒たちを見ていると、今まで抱いていた何をしに来ているか分からない生徒たちという印象はすっかりなくなっていた。自ら卒業するために、という理由ではあるが、大掛かりなプロジェクトと呼ばれるものを成功させようとしてくれている。少しばかりか、今まで生徒たちと向き合ってこなかった自分を僻んだ。


 次の日、生徒たちは集まり会議をしていた。「外国人に日本の魅力を伝える」という議題に対して議論が止まることはなく花田が間で話す機会は、全く与えられなかった。

「やっぱり京都じゃないかな」ゼミのメンバーである鳥谷が発言した。

「そうだな、あの美しい景色を見せたら留学生も驚くだろう」風間が鳥谷に続く。

「先生、プレゼンの時に写真を使っても良いですか」

 鳥谷の質問に対して初めて自分の発言権が与えられた。

「もちろん、構わない」

「よし、じゃあ京都の画像を貼ってプレゼンしよう、場所はそうだな…金閣寺と清水寺…それと龍安寺にするか、画像は適当にネットに落ちてる無料画像を使おう、あとは何を話すか、菊池まとめといてくれ」

「分かった」

こうして会議は‪一時‬間弱で終わった。簡単に終わった議論だが、これが、後に大学最後で今までの課題の中で最も難しいものになろうとしていたことを、ゼミのメンバーたちはまだ知らなかった。


 タイムズ大学は、その名の通りニューヨークのタイムズスクエアに存在していた。街並みを一望出来る屋上のテラスに、ジェームズは留学生の3人・アルトゥーべ、ブライアント、カーショーを呼び出していた。3人はこれより日本へ向け出発する。その前に伝えることがあった。

「ようやくジャパンへ向け出発ですね、君たちはエリートです。もっと幅広く物事を学んでください。もし何も得ることがなければ遠慮なく私に言って下さい。意味のない教養は時間の無駄ですかからね」

「OK,Lets Go! Depertureのマエにジャパニーズをキけてウレシイデス!」

 三人は日本へ行くために、空港へと向かった。長旅の疲労など感じない程、留学生は期待と自信に満ち溢れていた。関西空港に到着し、彼らには行きたい場所があった。

「この前ジェームズ先生が教えてくれた京都にイキマショウ」

「ワタシこの金閣寺をミタインダヨネ」

 3人は京都へ向かった。明日から始まる講義を前に観光で羽を伸ばしていた。


 その日は朝から落ち着きがなかった。花田は、今日から向かえ入れる有名大学の留学生がどんな相手なのか、会いたくて仕方がなかった。その相手を満足させないと自分がどうなってしまうか分からない。


 一方、留学生の三人はどんな学びを受けられるのか、どんな教授がいるのか、どんな生徒がいるのか楽しみで仕方がなかった。


 重要な任務を背負った菊池も、これまで行ったことがない外国人へのプレゼンが不安で仕方がなかった。


 それぞれの思いを胸に、ゼミ室へと到着した皆、もちろんゼミのメンバーも、留学生の存在は他人事ではない。失敗すれば卒業できないからだ。ただ、どんな留学生が来るのか楽しみにしている思いが強かったかもしれない。この時までは。

 留学生がゼミ室の付近の廊下にやって来た。待っていた花田が「どうぞ」と案内する。中で待っていた生徒たちはゼミ室の扉が開き、遂に留学生がゼミ室へと入って来た。プレゼンを行う菊池も留学生を見た。その姿と態度に驚いた。

 留学生の3人は赤髪の男、金髪の男、そして緑髪の男という順番で教壇の前に並んだ。菊池は思わずこう思った。「信号機やんけ…」

 花田は少し緊張した面持ちで紹介した。手に持っていた資料は震えている。「え~こちらアルトゥーベくん、ブライアントくん、カーショーくんです、皆さん仲良くしてあげて下さいね」

 赤髪の男・アルトゥーベはスマホを触っていた。何かをゲットするゲームにハマっているのだろうか、留学してもそのゲームを止めることが出来ない程熱中しているのか。

 金髪の男・ブライアントは髪の毛が気になるみたいだ。天然パーマかパーマを当てたのか分からないが髪の毛をクルクルしている。前髪、横髪、つむじの辺り、そしてまた前髪に戻る、そんなに気になるのであれは髪を切れば良いのではないか。

 緑髪の男・カーショーは花田から自分の名前を紹介してもらう際に唯一お辞儀をした。三人の中では最も礼儀正しいのではないか。

 菊池は、教壇の前に並んだ三人をアルトゥーベ、ブライアント、カーショーの順番に見ていた。最初の二人を見て「態度が悪いな」と感じていたが、カーショーの好青年と表現出来る態度に、少しは心が穏やかになった。そんなカーショーと目があった。すると、カーショーは目が合った途端、苦笑いを浮かべ、まるで菊池を馬鹿にする如く視線を菊池から前に流した。

「やっぱりこいつら態度悪いじゃん」菊池は思った。

「じゃあ、皆はあそこに座ってね」花田は今まで聞いたことないくらい優しい口調で、留学生が座る場所を指差した。

「菊池くん!発表をお願いします!」その優しい口調のまま菊池に発表をお願いした。

「はい!」と力強く答え、菊池はプレゼンを行うために教壇へ向かった。ゼミの生徒たちが、成功を祈るように、真剣な面持ちで菊池を見ている。花田も菊池を祈るように見ている。

「皆さん、こんにちは、私の名前は菊池一郎と言います」

と自己紹介をした。すると、どこからか、パチパチという音がゼミ室に鳴り響いた。音の主は、緑髪のカーショーであった。その音がブライアント、アルトゥーベに伝染していく。三人は拍手をしてくれた。掴みは完璧である。これほど自分の発表を楽しみにしていたのか、と菊池は嬉しく思っていた。

「ありがとうございます、早速私が伝えたいのは京都です、京都は」と言うと

「Oh,ワタシ京都知ってマス、前にジェームズ先生が教えてくれたネ」と赤髪のアルトゥーベが言った。

「Yes,Yes,昨日行きましたネ」ブライアントがそれに続いて答える。

「Hi,金閣寺いいヨネ」最後にカーショーがグーポーズを作り、締めた。

 頭が真っ白になった。菊池、花田、そしてゼミ室にいるメンバー、つまり、ゼミ室にいる日本人全員である。プランは総崩れだった。用意した話もネットから拾ってきた画質の悪い写真も無駄だった。

「金閣寺は別名鹿苑寺で言うみたいデスネ、昨日書いてありましタ」

「アシカガのヨシミツが作ったんダヨネ」

 今から言おうとしていたことを、全て先に言われてしまったからだ。

「京都は他にも清水テンプルとかドラゴン…Oh,龍安寺が有名なんだネ」

「あとは渡月橋が良いネ」

しまった。渡月橋の準備は、していなかった。京都の情報量では太刀打ち出来ない。最初のプレゼンは、失敗に終わってしまった。1回目ということで留学生三人には早めに帰ってもらうジャパニーズスタイルを突きつけ、ゼミ室のメンバーは緊急会議を行うことにした。


 思った以上に、日本のことを知っている留学生だ。もしかしたら自分達より知っているのではないかと疑問に思った。風間が重い空気を振り払った。

「来週に向けて準備をしよう、つっても今日の様子を見ると何でも知ってそうだよな…」

「このままだと私たち卒業出来ない!」そんな分かりきったことを言うのは女性の鷹羽だ。だったら何か意見を出してから言え、と心の中で思っていた菊池は、疑問に思うことがあった。

「花田先生、留学生を迎えることってそんな大掛かりなプロジェクトなんですか?」

「…当たり前だ!」花田は強めに答えた。

 直接学部長からお願いを受け、頼まれている。これは大学の未来を変えるプロジェクトである。失敗したら今後この大学はどうなるかは分からない。

「当たり前ってこんなプレゼンおかしくないですか、よく考えたら失敗して先生が辞めさせられるってのもおかしいですし」

「ジェームズっていう男はどこの大学の人なんですか、留学生もどこの大学の人達ですか?」

 生徒たちの質問に、花田はハッとした。そういえば相手がアメリカのタイムズ大学のエリートということを言っていなかった。

「アメリカのタイムズ大学だ」

 その名前に、ゼミのメンバーは驚愕した。日本にいながらも、その有名な大学は知っている。同時に頭が良い人が行く場所、偏差値では到底敵わない情報も知っていた。そんな相手に対して、日本の魅力を伝える、ホームにいるのに、アウェーにいる気分だった。ゼミ室にチャイムが鳴り響いた。次のチャンスまでは一週間しかない。風間は、全て日本の名所でプレゼンすれば良いと思っていたが、それでは無理だと判断し用意していたファイルをカバンにしまった。

「とりあえず、また集まって決めよう、まだ終わった訳じゃないから」

こう言い残し、後に続いて、ゼミのメンバーは帰っていった。


 プレゼンを終えた菊池は、彼女の桜井と外が見えるラウンジで会っていた。昼ご飯にパンを食べる菊池とは対照的に、桜井は大好きな漫画を読んでいた。自分の会話が詰まらないのか、話したくないのか、だったらそもそも会うなよ、と思いながら、またしても目を合わさない会話が始まっていた。

 「もう大変だよ、卒業前なのに…」菊池が先程失敗に終わったプレゼンについて話す。

 「ふ~ん」桜井の答えは素っ気無い。

 「俺がミスしたら、皆卒業できないんだよ」

 「ふ~ん」

 「日本の魅力って何なんだよ」

 「ふ~ん」

 「何かないかな?」

 「いま良いところだから、邪魔しないで」

 「…はい…」

 呆気ない。外国人留学生に対する、大掛かりなプロジェクトも重要であると同時に、目を合わせない彼女をもう一度振り向かせるにはどうした良いか、こちらも菊池にとっては、大掛かりなプロジェクトとなっていた。これまで大学生活では課せられなかった、いや、一方は課せられるはずのない二つの課題を卒業前に課せられた。「上手くいくのか…」と思いながら菊池が外を見た時、オレンジになった葉が枝から解れ、ゆらりゆらりと風に乗って地面に到着した。季節は秋から冬へと移ろうとしているとき、菊池が日本を探す日々が始まったのであった。


 次の発表まであと五日、本来集まらないはずの日にゼミ室の電灯は灯っていた。

「にしても、相手はタイムズ大学だからな…何を伝えたら良いんだ…」

 風間の呟きに対して誰も答えず、沈黙の時間が続いていた。机にスマートフォンを置いて「日本」と検索しながら、何か良いものはないかと菊池が探していると、「日本 紅葉」というキーワードが表示された。そこで先日外から見たオレンジの葉を思い出した。

「季節があるとかは?」菊池が咄嗟に発言した。

「季節か…」風間が何かを掴んだような顔をしている。

「日本には春夏秋冬がある、これは凄い魅力だと思うんだ」

「なるほど」風間は、何かを掴んだ顔に加えて、頷き始めた。

 「春は桜、夏は花火、秋は紅葉、冬は雪とかね。季節によって景色が変わることは他国にはないと思うよ」

 菊池の勧めに、風間は「よし!じゃあ次は季節で行こう、俺から花田先生に伝えておく!」と言い、またしてもネットから画像を拾う作業を鳥谷に指示した。

「次こそは上手くいきますように」全員の願いを叶えるべく菊池は、発表まで前回行わなかった練習をしようと思った。


 一方、この日会議に来れなかった花田は、別の講義を行っていた。正直こんなことをしている場合ではないが、ゼミの生徒たちを信用するしかない、と思っていた。

 講義終わり、研究室に戻ろうとすると風間が廊下で待っていた。「先生、お疲れ様です」と言ってくれることに、花田はこれまで勤めてきて一番やりがいを感じていた。確かに相手を超えるハードルは高いが、これほど生徒と向き合うことが、これまで出来ていただろうか。

「やっぱり卒業できないのは辛いです、季節で駄目だったらどうしましょう?」

 その質問に対して「大丈夫だよ、季節なら喜んでくれるんじゃないか、とにかく菊池を信じて駄目ならまた考えよう」と答えた。少しばかりか、花田が理想としていた第二のキャンパスライフに近付いている気がしていたからか、前向きな言葉を掛けていた。


 外国人留学生は、ワクワクしながら講義室に来ていた。

 花田の「それでは講義を始めます。菊池くんお願いします。」という声と共に、菊池が立ち上がり、教壇へ行き、生徒たちの方を向いた。手元には、講義前に貰った季節の写真が握られていた。教壇の奥にあるホワイトボードの方を向き、写真をマグネットで貼っていく。春の写真、夏の写真、秋の写真、冬の写真…そして生徒たちの方向へ向き直し、一呼吸置いて準備していたプレゼンを始めた。

「え~、今日私が紹介するのは日本の季節です。季節は四つありまして」

 すると、説明している菊池を遮るように、外国人留学生のアルトゥーベが話し始めた。

「ワタシシッテマス!」

「向こうのクラスで習ったヨネ」それに続くようにブライアントが語った。

「ワタシはこの間秋の夕焼けに見ました!」カーショーがブライアントに続く。

 ガヤガヤと騒いでいる外国人留学生とは裏腹に、菊池はその光景を寂しそうに見ていた。

 結局、この日もプレゼンは失敗に終わった。挙句の果てに、外国人留学生による季節のプレゼンが始まってしまった。機転を利かせた花田に感謝していたが、留学生の発表は圧巻だった。準備していた自分たちよりも分かりやすく、日本の季節について伝えられた。春は大きな節目の季節となる、アメリカではその時期が九月に当たるため、チェリーブロッサムを見ながら新しいスタートができることを、羨ましく思っているそうだ。情報からさらに自分たちが思っていることも含ませることができている。

 その日の講義は、菊池にとって長いものであった。外国人にホワイトボードの前という場所を取られてから、菊池は静かに近くの椅子に座っていた。


 講義が終わり、失敗に終わったプレゼンの反省会が行われていた。

「どうしようかな…」

 エリート留学生に対して、何を伝えていくのか、考えても考えてもここ二回返り討ちにあっていることは全員の思考を悩ませていた。

 煮詰まった状況の中、打破したのは普段あまり話さない月村という男であった。声が低く、響く声、加えてイケメンである。その声で「麒麟です。」と言ってほしいが、今はそれどころでなはない。

「あの~すみません、スポーツはどうですか?」

「スポーツ?例えば何がある?」鳥谷が答えた。イライラしているのか、口調が強く月村は少々圧倒されていたが、なんとか答えた。

「えっと…僕は相撲とか剣道とか、日本の魅力だと思います」

「…なるほど…」鳥谷が聞いた内容を吟味している時、風間が話し始めた。

「スポーツなら大丈夫だと思うな、さすがにそこまでは知らないだろ」

 この一言が決定打となったのか、次のテーマはスポーツに決まった。

 しかし、スポーツをどのように伝えるのか、これまでのようにネットに落ちている画像を使う訳にはいかない、全員が悩んだ挙句、出た結論はその場で実践することになった。

 会議は終わり生徒たちは帰っていく。その空気は回を重ねる毎に重くなっていた。


 発表に対して一番責任を感じていた菊池は、発表が上手くいかず悩んでいた。悩みながら歩いていると自分が次に何をするのか思い出した。そうだ、と菊池は大学内の外が見えるラウンジに、彼女を迎えに行くため向かった。

 着くと彼女の桜井が座って待っていた。相変わらず漫画を読んでいる。

「ごめん、ちょっと長引いちゃって」

「…あっ、全然良いよ、行こっか」桜井は菊池が来たことに始めは驚き、一度だけその視線を菊池の方に向けたが、その後は視線をまた漫画の方へ向けた。

「今日ご飯どうする?」時間は‪十八時‬を迎えようとしていた。

「どこでも良いよ」

 桜井は、漫画を読んだまま歩いていた。菊池の方には一切視線を向けず、夢中のようだ。その後ろ姿に、自らの発表も上手くいっていないことも加味し、大きな溜め息をついた。


 外には、四角いテーブルがいくつか並んでいた。何組かのグループがテーブルに集まっている。その内の一つには外国人留学生の三人がいた。彼らは、よく見る菊池とガールフレンドが歩いているのを目撃した。

「ワ~オ」と三人は口を揃えて言った。

「あの人はよく見る人ですネ」

「初めて見ましタ、ジャパニーズラブ」

 アルトゥーベとブライアントは、来日してから初めて見る光景に興味津々であった。一緒に歩く菊池と桜井に、視線を逸らさず見つめていた。

「アイツにガールフレンドがいたナンテ…」

 カーショーは、楽しそうに見る二人とは対照的に驚いた様子であった。

 

 菊池と桜井は、大学近くにある定食屋に向かった。名物であるトンカツ定食を食べていたが、特に会話がないまま二人は真っすぐ家に帰った。会う度に会話が少なくなっていることに、菊池は気づいていた。この先どう付き合っていくか、いや付き合う必要はあるのか、漠然とした不安が、菊池の中で広がっていた。


 今日こそは、と菊池は、発表当日意気込んでいた。

 発表前、ここ二回と同じように菊池は教壇の前に立ち、説明を始めようとしていた。

 花田より声が掛かり、菊池はどすこい、と言った。

もちろんふざけている訳ではない。今回の発表はこれまでと違い、実演がある。新鮮味があるに違いない。

「今日発表するのは、日本のスポーツです。例えばアメリカだとベースボールが有名ですね」

 相撲の構えのまま「日本では」と言った途端に留学生のアルトゥーべがまたしてもカットインした。

「ハイ!スポーツは良いですネ、アンタはガールフレンドと観るんデスカ?」

「えっ?」菊池はその質問に驚いた。まず自分のことをアンタと呼んでいること、そしてガールフレンドという言葉が出たこと。なぜ知っているんだと菊池は思ったが、ここ数回での発表ではなかったコミュニケーションが取れていた。

 菊池はこの機会に質問に応えようと思ったが、横にいたブライアントが話し始めた。

「オー確かガールフレンドと歩いてたヨネ」

 留学生はやはり仲が良いのだろう。すぐ様カーショーが会話に応える。

「ソウだね、僕ダッタラバスケットボールを観たいネ」

「僕ならベースボールを観たいヨネ、ガールフレンドのために僕がハンバーガーを買ってあげるんダ」アルトゥーべはベースボールデートがしたいのか。

「お前は、どんなジャパニーズラブなんだ?」ブライアントが菊池に質問をした。先程遮ってしまった反省なのだろうか。

「えっ?…最近は…ごはんに行ったくらいかな」

 その答えにここまで笑っていたアルトゥーべは急に真顔に変わった。

「オーノー、意外とジャパニーズラブはつまらないんダネ」

 カーショーが追い討ちをかけるように話した。

「いや、アイツだけが面白くないだけかもしれないヨ」

「Ha!Ha!Ha!Ha! Ha!Ha!Ha!Ha! Ha!Ha!Ha!Ha! Ha!Ha!Ha!Ha!~」

 留学生の3人は、楽しそうに談笑を始めた。

 菊池はその光景に苦笑いを見せていたが、初めて留学生にプライベートを馬鹿にされ、少しばかりかイラッとした感情が芽生えてしまった。しかし、感情を表に出すことはなく結局その日はただ留学生が話し、たまに調子に乗った質問が飛んでくるくらいだった。その度に増す怒りを抑えながら聞いていた。相手はエリートだし、花田のことを考えたら今は取る行動ではないと判断したからだ。考えていなかったら、日本の国技である相撲で投げ飛ばしていたかもしれない。


 講義時間が終わり、3人は相変わらず話ながら講義室から出て行った。

 その後、講義室に残されたゼミのメンバーは沈黙に浸っていた。ここまで外国人留学生を全く満足させることは出来ていない。ことごとく返り討ちに遭っている状況からか、会議は全く進まなかった。

 すると、会議中はほとんどスマホを眺めている藤山が話し始めた。

「菊池…他人事で悪いんだけど、ちゃんと発表やってくれない?」

「そうだよ、じゃないと私たち卒業出来ないんだから」

 鷹羽が続けて、菊池に訴える。何もしていない二人だが、菊池には言い返す言葉が見つからず、重たい口を開いても「ごめん」しか見つからなかった。


 どういう道順を辿ってきたのか、分からない程落ち込んでいた菊池は、帰り道俯いて歩いていた。日本人なのに日本の魅力を伝えられない菊池、大学内を歩いている日本人を見ると、錯覚なのか皆が敵に見えた。

「あの人、日本人なのに日本の魅力何も伝えられないんだって」

「マジ~」

女子大生の2人がそう言っている気がした。

「あいつのせいでゼミの奴ら卒業出来ないみたいだぞ」

食堂でそばを食べている男子生徒に、言われている気がした。

「かわいそうに…」

「せっかくハーバード大学の人達が来てるのにね」

先程とは違う2人の女子大生が言っている気がした。

「俺がやった方が良かったのに」

目の前を歩いている男子生徒に、言われている気がした。菊池の悲しい背中を、夕焼けが照らしていた。

「待て!」

 すると、後ろから誰かに呼び止められた。菊池が振り返ると、花田が仁王立ちで菊池を見ていた。手には何故か拳銃が握られている。

「お前に日本人の資格なんてないんだよ!」

 発泡しようと、両手で拳銃を握る花田。それを見て、菊池は一目散に逃げた。


 逃げた先は地下の駐車場。角を曲がると外国人留学生の3人が拳銃を持って立っていた。菊池はまたしても別の場所へ。駐車場内では一番明るく、車が行き交う場所である。

 そこで、菊池は桜井・花田・鳥谷・風間・月村・アルトゥーベ・ブライアント・カーショー・藤山、鷹場に囲まれ、追い詰められた。

「せっかく俺たちが教えてあげたのに…」発表に協力してくれた風間が呆れた表情で言う。

「Ha!Ha!Ha!Ha!Ha!Ha!Ha!Ha!」相変わらず留学生の3人は笑っている。

「どうしてくれるんだよ」何もしていない藤山もいる。

「君は、卒業出来ない…」花田から告げられた。

「なんで日本人なのに何も知らないの…じゃあね」最後に言い放った桜井は、手に刃物を持っていた。驚いて言葉が出ない菊池に、桜井は刃物を持ちながら近づいてきた。

「うわ~!!!」と叫ぶ菊池であった…。


 菊池は目が覚めると、講義室にいた。先程までの逃走劇は夢であると分かった。目覚めるキッカケとなった菊池のガラケーが音を鳴らしている。電話に出ると、相手は彼女の桜井だった。

「もしもし」

「あっ、やっと繋がった、今日映画観る約束だったよね?」

「あ!ごめん、今から行くよ」

「もう終わっちゃったから、じゃあね」

 またしても呆気ない終わりに、菊池は肩を落としていた。


 後日、菊池は桜井と会っていた。先日の映画を観る約束を頓挫したことを謝罪していた。

「この間はごめん…その…まぁ色々あって」

 菊池の言い訳に、桜井は読んでいる漫画から視線を逸らさず答えた。

「だから怒ってないからいいよ、漫画読んでるから邪魔しないで」

「…ごめん…」

 やはり菊池は謝るしかなかった。この間から何度謝っているか、分からない程謝っている。ふと、漫画を読んでいる桜井を見て、菊池の視線は漫画へと移った。そして、あることを思い出した。

「外国人には、ジャパニーズカルチャーがブームとなっています。例えばアニメとか漫画とか」これは前に花田から伝えてもらった言葉である。

「…漫画?…ちょっと貸して!」

「えっ!いいけど…」

 普段漫画に目もくれない菊池の行動に、桜井は驚いていた。

「…これだ…」

 外国人が知らないであろう、かつ満足にさせる手掛かりは身近なところに存在していた。


 発表の日を迎えた。事前に行われた会議で、菊池は漫画のプレゼンすると他のゼミ生に話すと、満場一致でテーマが決まった。菊池は、彼女から漫画を一冊借り、発表へ挑んだ。外国人留学生が菊池の説明を待っている。

「今日発表するのは…漫画です」この説明に首を傾げる外国人留学生の3人。菊池から1番近くに座っていたアルトゥーべが菊池に尋ねる。

「漫画?…What’s?」外国人留学生は漫画を知らなかった。菊池は得意げに説明を始めた。

「漫画は、このように絵で物語を描きます」

「オー!動いているみたいダ」

「たくさん文字が書いてあるネ」

ブライアントとカーショーも驚き、思わず菊池の元へ歩み寄る。

「漫画は、海外でもmangaと通じる言葉です」

「スゴイですネ、どうやって読むの?」漫画に一際興味を持ったのは、カーショーである。目を輝かせて見ていた。

「こうですよ」優しく教える菊池を見て、花田は関心していた。こうして大掛かりなプロジェクトは成功を収めた。


「いや~君のおかげで、皆喜んでいたよ、これはお礼の手紙だ」

 花田は、成功に終わったプロジェクトをジェームズに報告した。ジェームズにはまだ策があるのか何も答えず電話を切った。数日後、花田宛に国際郵便が届いた。カーショーからのお礼の手紙であった。

「そうですか、喜んでもらえて嬉しいです」

「私もなんとか来年もこの大学にいることが出来るよ」

「ってことは…」

「もちろん君たちは卒業だ!」

「ありがとうございます!」

 菊池の頑張りもあり、花田のゼミ生は、全員無事に卒業を迎えることになった。

 これまで住んでいながら、日本の魅力には気づいていなかった菊池。ゼミでの発表を通して、その伝統の大切さを学んだ。そう思っていると、着信音がなった。相手は桜井である。菊池は応答した。

「もしもし、どうした?」

「今から会えないかな…」

「分かった、今から行くよ」

「屋上に来て」

「分かった」

 こうして、菊池は大学で巡り会った桜井の元へ向かうのであった。


 屋上に到着すると、桜井が既に待っていた。夕焼けを見て黄昏ている。漫画は読んでいない。

「ごめん、どうした?」

「急で悪いんだけど…私と別れて」

「えっ?なんで」

「じゃあね」

 楽しい時は、いつか終わりが来るものである。菊池は、桜井から別れを告げられ、屋上で呆然としていた。「えっ?嘘だろ…」と独り言を呟きながら。


 菊池と別れた桜井は、次なる人を待たせていた。その次なる人は、緑髪のカーショーである。

「ごめん、待った?」

「いや、これを読んでいたので大丈夫ですヨ」

「そっか」

「行きマショウ」

 2人は、歩き始めた。

「それにしても、ずっと漫画読んでいるよね」

「前に、名前は忘れたんですケド、漫画を紹介してくれた人がいてネ」

「そうなんだ」

「オー!この漫画面白いですネ」

「でしょ」

 桜井の新たな彼氏となったカーショーは、誰かに伝えてもらった漫画を手に、桜井と大学を後にするのであった。その後、カーショーは日本に住み続け、卒業前の桜井と日本全国を巡るのであった。


 一方、卒業前に振られてしまった菊池は、俯いて歩いていた。大学を後にする際、スーツを着た女子大生とぶつかってしまった。女子大生が落とした2冊の本から、その女子大生は就職活動中の生徒だということが分かった。1冊は「四季報」、これで情報を仕入れているのだろう。もう1冊は漫画である。出版社を受けるのか、気晴らしに読むかは分からないが。

「すみません!」

 本を拾い上げる女子大生に手を差し伸べた菊池は、四季報に挟んであった履歴書から、その女子大生が「和田雅」という名前で、自分より学年が1つ下であるということを知った。

「すみません!」

 和田という名の女子大生は、律儀に頭を下げ、駆け足にその場から去っていった。

 

 菊池が帰ろうとすると、大木から紅葉の葉がハラハラと落ちていた。日本を巡り巡った日々が、終わりを告げるように。やがて、その日々は次なる人に受け継がれるのであった…。

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探して日本 序章〜伝へたしかな〜<後編> 名鳥 佑飛 @torini_no

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