第23話 エピローグ
あの後、ルーナエは地上に向けて宇宙船で発った。
「寂しくなるな。短い間だったがありがとう、ルーナエ」
俺と見送りに来たイナバが言った。
「ありがとう、また会えると良いね」
「会えるさ。私と君の間には縁が出来たからな」
そういえばイナバは縁結びの神だったな。再開できるよう、俺の分も縁を結んでおいてほしい。
「俺からもありがとう。お前がいなきゃ俺達はここまで来られなかった」
「大したことはしていないさ。それより、ラブリが神域の外へ出られるようになったらまた地上に戻って来るんだろう?」
「いつになるか分からないぞ?」
「問題ないよ。妖精は長寿だからね」
「それもそうだな。……おっと、忘れるところだった。手を出してくれ」
「こうかい?」
不思議そうに首を傾げるルーナエに拳銃を手渡した。
「これは……」
銀色のリボルバー。魔弾、実弾ともに撃てる魔銃である。
「報酬。渡してなかったと思ってな」
「でもこれは……」
「ああ、兎の愛銃だ。ルーナエも
「いいのかい?大事なものだろう?」
「ラブリ本人が渡したいってな。『ありがとう、ルーナエ!また同志と会えたことと比べれば心ばかりの品だが、受け取って欲しい』とのことだ」
「そうか……ではまた次にラブリと会ったときに、改めて感謝の気持ちを伝えさせてもらうよ」
「アイツならきっと楽しみに待つだろう」
「それじゃあ皆、元気で。また会おう」
ルーナエの背中が船内に消えていくのを見送った。しばらくしてハッチが閉まる。船体がゆっくりと浮き上がり、やがて青い星へ向かって消えていった。
ルーナエが帰ってから1年が経った。国家が安定するまでの間イナバは指揮を執りつづけ、法律を整備していった。成人全員に一票の権利が与えられる普通選挙、それによって選ばれた議員が立法を行う議院内閣制、自由経済、言論の自由、及びそれら個人の自由を保証する憲法など、上げればきりがない。そして、
「おつかれさま、イナバ」
「まったくだ。私に国生みの権能があれば良かったのだがね」
「能力も無しにこんな完璧な国家を作ってしまうなんてすごいぞ!」
「完璧な国家なんて存在しないさ、ラブリ嬢。この国家の制度は、私が居た世界の近代国家を真似たものだ。侵略者の私が言うのもおかしな話ではあるが、隔絶された月という土地では極めて外患は少ないだろう」
「じゃあこの国はずっと安泰じゃないのか?」
「残念ながらそんな事はない。制度の模倣元も問題を抱えている。それに、月にも内憂はあるからな。例えばそうだな。食糧事情も改善し、暮らしも便利になりつつある。医療にアクセス出来る人も増えた。するとどうなると思う?」
「人が増えて繁栄するんじゃねぇのか?それのどこが内憂なんだよ?」
「人は増えるが資源には限りがある。限りある資源は争いを生むだろう」
「じゃあイナバ、この国は滅びるしか無いのか?兎は嫌だぞ、そんなの」
「そうとも限らないさ。彼らも人間だ。考える力がある。直面した問題も乗り越えていけるかもしれない。現に王都は永らく安泰を保っているだろう?彼らもきっと解決策を見出し足掻くだろうね」
「つまり、どういう事なんだ?」
「この国がどうなるかは国民次第ってことさ。次にこの国に来るときにはより繁栄していることを祈っているよ」
そう言うとイナバは神域に作った世界の狭間に足をかけた。
「行くのか?兎は少し寂しいぞ」
「寂しがることはない。また会えるからな。私は縁結びの神でね。縁には少しばかり自信があるんだ」
イナバはニコッと笑って言った。
「お前の目的はまだまだ先なんだろ?頑張れよ。応援してるからな」
「ありがとう、ハティ殿。今度あったときには良い知らせを伝えよう。そうだな、500年くらい先になるか?」
「死んでるわ!!」
「そのときは私の世界にでも生まれ変わると良い。歓迎するよ」
「そうかい、ありがとな」
「ではラブリ嬢、ハティ殿。ごきげんよう。また逢う日まで」
そう言い残すと、イナバは手を振りながら空間の裂け目へと姿を消した。
「行っちゃたな」
「ああ、行っちまったな」
「明日から2人だけの生活になるな」
「嫌か?」
「全然。イナバが居ないのは少し寂しいけどな」
「ああ、俺も同感だ」
部屋に残されたイナバのティーカップには、まだ少しだけ温もりがあった。
あれから10年がたったある日。温泉街からほど近い山の上を2人の男女が歩いていた。季節は秋。木々の葉っぱは色づいて、山の斜面には一面暖色の絨毯が敷かれている。
「久しぶりだな!旅行は!」
「旅行、と言うか地上自体久しぶりだな。真っ先に来るのがここで良かったのか?」
「良いんだ。ここに来たかったんだ」
「あのとき行けなかった麓の旅館じゃなくて良いのか?ほら、あの都会の喧騒がどうとかいうキャッチコピーの」
「あそこなら潰れたぞ。肺炎レジオネラ?とか言うのが出たらしい」
「何だそれ、モンスターか?……お、着いたみたいだな」
「今日は予約バッチリだ!安心していいぞ」
チェックインを済ませた俺達は、前回と同じスイートルームに案内された。相変わらず外の景色が美しい。広縁の椅子に腰掛けて外を眺めると、温泉街の川沿いに色づいた木々が並んでいた。秋という季節のせいか、あるいはこの場所のせいか、否が応にもノスタルジーな気持ちになってしまう。そうこうしていると、対面の椅子に兎が座った。
「同志。この宿を選んだ理由だけどな、同志が気持ちを打ち明けてくれた場所だから兎はここを選んだ。ここに真っ先に来たかった。そして兎も同志に気持ちを伝えたい」
姿勢を正し、兎に向き直る。
「ハティ、ありがとう!兎を助けてくれて、兎と一緒に居てくれて。同志と会ったあの日から、兎はずっと幸せだ!大好きだぞ、同志!」
完
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