第20話 軍神バタイユ

辺りを包んでいた霧が徐々に晴れる。ハティ殿は無事だろうか。そう思い私は辺りを見渡した。夜のような暗い空と荒野が続いている。さっきまで室内に居たはずだが、月の屋外のような光景だ。しかしながら、辺りを満たしている神気から考えてもここは神域だろう。


「お前がわれの相手か?」


荒野の先に立つ人影がこちらに向けて言った。その姿は大剣を背負った野武士のような大男であり、顔は髑髏の面で覆われていた。


「何者だ?貴様」


「吾が名はバタイユ。月の軍神バタイユだ。司る概念は『いくさ』よ」


「私は軍神が嫌いでね。昔、恩人のご子息が敗北を喫した」


「そうつれないことを言うな。吾も貴様のかたきであるぞ?ミステールと違い、直接的な仇ではないがな」

挑発しているのか。戦の神というだけあり好戦的だ。ハティ殿と合流したいがあてもなく探し回っても難しいだろう。恐らくミステールは意図的に私達を分断し、対戦相手としてバタイユを宛てがった。ならばコイツを倒すほか無いのだろう。意思を固め、十拳剣【無号】を構えた。


「……いいだろう。相手をしてやる」


呵呵呵カカカ!そう来なくてはな!」

男は大剣を構え突撃してきた。


「ッ!!」

はやい!


バタイユは急接近すると、大剣を弧を描くように振り回した。すかさず跳び、上に避ける。が、まだ遠心力の残るはずのバタイユの剣は私の頭上に振り下ろされていた。


十拳剣とつかのつるぎ生大刀いくたち】』

十拳剣を掲げて防御する。無号のままでは防ぎきれないと考え、生太刀を降臨インストールした。体に負荷はかかるが、直撃よりマシだ。


「ぐぅぅ!!」

途轍も無い衝撃が降り注ぐ。なんとか受け流し距離を取ったが、勝てる未来が見えない。敵の強さはアダマンタイトクラスに匹敵するだろう。対して私はプラチナ上位レベルだ。ダイヤモンドランクにすら一線を画すアダマンタイト相手では無謀と言える。


「はぁ……はぁ…………はぁ……………」


「何だ。口ほどにもないな。折角3000年ぶりに退屈から開放されると思ったのだがな。」


「舐めるなよ……!私は、まだ、やれる……」


「止めておけ。このままやってもお前の恩人の息子のように無様に負けることになるぞ。」


「なんだと……?建御名方たけみなかた神は父君の為、侵略者と戦った。貴様はその名誉を侮辱する気か?」


「無謀に無策で挑む事は勇敢とは言わぬ。名誉が宿るのは勇敢な死だ。ゆえに無駄死にに名誉など無い。それでも、戦いを恐れて国を売り渡す売国奴よりはマシだがな。大方、その父君とやらは侵略者にむざむざと国を明け渡したのだろう?」


こいつは今、大国様を愚弄したのか?大国様が、大国主命おおくにぬしのみことがどのような思いで苦労を重ねて作り上げた国を譲ったのかも知らない癖に……!


「貴様だけは許さんぞ……」


大黒天マハーカーラ

我が身が黒い炎に包まれていく。体から立ち上る熱気により灰が舞う。炎に焼かれ、絶えず襲い来る苦痛も、怒りの前では無いに等しい。


十拳剣とつかのつるぎ天叢雲剣あまのむらくものつるぎ】』

言わずとしれた日本神話最強の剣だ。天津神あまつかみの所有物を使うのは癪だが、今目の前の相手を仕留めるには必要だ。


「何という神気……!最高だ!吾を楽しませよ!!」


天叢雲剣を構え、再びバタイユとまみえる。口角を上げ、突っ込んできたバタイユと激しい剣戟の応酬が続く。それにより生じる衝撃波でみるみるうちに辺りの地形が変わってゆく。互いの攻撃は速度と重みを増していった。


私達の斬撃は音を置き去りにし、光に追いつかんとした。永遠にも思えた切り合いも、ついに終わりを迎える。バタイユの剣がイナバの首を落とさんとする刹那、わずかに早くイナバの刀がバタイユの首を切り飛ばした。


「はぁ、はぁ……」

身を包んでいた炎が消える。それと同時に刀を地面に突き刺し、支えにするようにして膝をついた。


「見事……!今宵の戦は……まっこと、愉しいものであった…………」

バタイユはそう言い残し、満足げな顔のまま力尽きた。


「勝った……だが、私は暫く動けそうにない。すまないが、ハティ殿。後は、たのんだ……」

私の意識もそこで途絶えた。

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