第17話 無双


「随分とお喋りだな。月の人間は皆そうなのか?」


「そう焦るなよ。さっきも言っただろう?皆殺しにすると。死に急ぐこともなかろう。それとも地上人は皆短気なのか?」


「私達を皆殺しに?ハッハッハ!」

イナバがわざとらしく大きな声を上げて笑ってみせた。


「……何がおかしい?」


「いや失敬、月の民もジョークを言うとは知らなかったものでね。」


「貴様らの知る月の民とは月からの廃棄組だろう?それならジョークと思うのも無理はない。だが我々はあのようなグズ共とは違う。選びぬかれたエリートの力をお見せしよう。掛かれ。」

男が指示を出すとともに、俺達を取り囲んでいた気配が一斉に動き出す。周囲から銃声が聞こえてきた。だがそんなことはどうだっていい。こいつはラブリのことを愚弄ぐろうした。到底許せることではない。


「イナバ、左半分は任せていいか?」


「勿論だとも。奴はリューを侮辱した。」


「月の妖精、俺達に力を貸してくれるか?」


「ああ、協力する。では私はあの司令官の相手をしよう。」

月の妖精はゴールドランクの傭兵だったか。あの男の相手くらいなら問題ないだろう。


「殺すなよ?イナバも極力殺さず頼む。」


「任せたまえ。」


俺は抜剣し、暗闇の中迫りくる弾丸を叩き落とした。それと同時に砲火ほうかの位置や足音から敵の位置を推察し、武器めがけて斬撃を飛ばした。数秒のうちに50回これを繰り返すと、右側はやがてされた敵だけになった。


十握剣とつかのつるぎ【無号】』

左側ではイナバが刀を顕現けんげんさせ、俺と同様の事を行った。当然右側も伸された敵で溢れかえった。


ことが終わって正面を見ると、銃を向けられて地面に這いつくばっている男の姿が見えた。月の妖精も仕事を終えたようだ。


「馬鹿な……!!月の精鋭が一瞬にして……あり得ない!!透明化までしていたんだぞ?」


「音だけ聞けば大体の位置は分かんだよ。位置が分かれば止まったまと同然だ。」


「そうなのかね?」

イナバが信じられないものを見るように言った。ならこいつはどうやって敵の位置を割り出したんだ?


「お前も音から位置を探ったんじゃないのか?」


「勿論参考にはしているが、砲火と射程が主だ。100人もいれば完全に透明化した味方の位置など奴らも正確に把握できないだろう。そんな状態でターゲットを包囲して撃つのだから、他の味方の射程外から攻撃する訓練を受けているはずだ。撃った後に動く方向もある程度決まっていると考えられる。でないと味方が入り乱れるからな。」

なるほど、奴らはフレンドリファイヤを避ける訓練を受けていたのか。それで動きに規則性があったんだな。


「貴様……あの一瞬でそこまで見切ったというのか?」


伊達だてながくは生きていない。知恵比べには慣れている。」

敵の練度れんどの高さを利用したのか。老獪ろうかいなヤツ。


「ところで、こいつはどうするんだい?」

捕縛した敵の司令官に銃を向けながら月の妖精が問いかける。


「待ってくれ!お願いだ、殺さないでくれ!俺はただ良い暮らしがしたいだけなんだよ。別に月の為に命を尽くして戦おうなんて思っていない!」


「何だね?戦って勝てる見込みが無いと考えるやいな命乞いのちごいか?」

さっきの戦闘で俺達が殺さない程度に加減していた為、命乞いをすれば死にはしないと思ったのだろうか。そりゃ寝覚めが悪くなるし人殺しなんてやりたくはないが……。


「さっきまでの態度とは随分な違いだね?」

緊張が走る。返答次第では俺以外の二人はるかもしれない。二人とも異世界人だし命の重さに対する考えが異なる可能性がある。


「そりゃ誰だって自分が大事だろう。貴様らだって手柄を立てれば6時間睡眠、栄養価の高い食事、適切な医療にアクセス出来ると言われれば俺と同じことをするはずだ。いや、将来的に侵略が成功すれば嗜好品しこうひんや趣味の時間だって手に入るかもしれないんだぞ!?」

月の生活が酷いという話は兎から聞いていた。だがエリートのこいつらでさえこのレベルとは思わなかった。話を聞いていると呆れとあわれみが湧いてきてしまった。さっさと情報を聞き出してしまおう。


「……そんな生活、ここじゃ珍しくないぞ。いいから情報を吐きやがれ。投降したら今よりマシな生活させてやるよ。逆らったら殺す。」


「わ、分かった。だ。降参す……」

男がそう言ったときだった。男の装備が急速に白い光と熱を放ち始めたのだ。いや、男の装備だけではない。俺達の周りで気を失っている他の兵士の装備も同様に光っている。


「跳べ!!!!」

月の妖精とイナバに向かい俺は大声で叫んだ。それと同時に俺自身も跳び上がる。空を飛べない俺とイナバは、上空で月の妖精の手を掴みぶら下がった。その直後、地上では次々に爆炎が上がった。


「ッ!!!」

爆風により生まれた乱流により空中を揺られる。次第に風と光が止み、残ったのは数多のクレーターだけだった。


「酷いことしやがる……。」


「『私達の負け』という言葉に反応して爆発したように思えた……。」

月の妖精がそう呟いた。


「負け犬は必要ないという意思表示か、あるいは機密保持のためか……。何にせよ滅茶苦茶な奴らだ。ところで……。」

敵とは言え大量に死人が出たことにショックを受けている俺とは対照的に、イナバは冷静なようだ。


「宇宙船は無事かね?」


「!!!!」

宇宙船が故障するのは非常に不味い。通信端末を王都の技師に見せた時の反応を鑑みて、もし損傷していれば直すことは不可能と言えるだろう。慌てて宇宙船に駆け寄り手分けしてダメージをチェックする。宇宙船は丈夫なようで幸い大きな傷はなさそうだ。


「ああああ!!!!」

突然イナバが叫んだ。すぐに向かい確かめる。イナバが居たのは宇宙船の尾翼の部分で、近くにはクレーターと折れた尾翼の一部があった。パーツの重要度は分からないが壊れているのは確かだ。


「大丈夫、おそらく直せるよ。」

月の妖精はそう言うと機体の故障部に手をかざし、瞑想を始めた。しばらくすると、妖精の左目が淡く輝き始め、壊れたパーツ同士が接着されもとに戻った。


「直った……!」

妖精は能力を持つらしいが、こいつはこんな凄い能力を使えたのか!


「すごいぞ!月の妖精、お前のお陰で助かった!」


「それは良かった。あと、私のことは『ルーナエ』と呼んでほしいな。」



俺達三人は月へ向かう。24時間後、明日の夜には月に着く見込みだ。いよいよ決戦の刻が迫っている。兎を救い出すという覚悟を胸に、宇宙船の中で眠りについた。

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