第14話 お茶をすする不審者

どこで俺が月に行こうとしていることを知った?

月に行く方法を知っている?

こいつが俺に話を持ちかけるメリットは?

こいつの目的はなんだ?

そもそもこいつは何者だ?


疑問を挙げればキリがないが、まずは質問に答えるとしよう。


「興味ならある。話を聞こう。上がれよ。」


「それは重畳ちょうじょうだ。お邪魔します。」


得体の知れない訪問者は行儀よくソファに掛けながら俺が淹れる茶を待っている。

一応招き上げた客ではあるので紅茶とお茶請けを出した。


「これはこれは……いただきます。……ふむ、非常に美味しい。味も香りも色味も、全てが高水準に纏まっている。一朝一夕いっちょういっせきせる技ではない。」


「……同居人が喜ぶから淹れていただけだ。」


兎嬢うさぎじょうのことかね?今日私が来た理由もおそらく彼女に関係する。」


「月面悪神掃討ツアーだったか?何なんだそのふざけた名称は。」

俺にはそんなおふざけに付き合っている暇はない。


「ハティ殿は何らかの理由で月へ行く方法を探している。差詰さしづめ先日亡くなった兎嬢の死と月に何らかの関係があって、その復讐といったところか。私はそのサポートをしようと申し出ているのだ。」

兎が亡くなったことは公表されていない。俺が月に関する文献について調べていたのも、その現場を目撃していなければ知らないはずだ。何より、月に都市があって人が住んでいることは月の関係者であるか、あるいは関係者と面識がなければ知りようがない。


「……お前一体何者だ?」


「真っ当な疑問だ。私は縁結びの神イナバ。こことは違う世界からやってきた。」


「神?こことは違う世界だと?」

わけがわからない。


「そうだとも。この世界にも居るだろう?神は実体を伴わないもの、一つの概念を司る存在だ。」


「悪いが神なんてものは俺は見たことがない。」

神を信仰する人間はいる。だがそうでない俺からすればただの空想上の存在だ。


「きっとそうだろう。この世界の神は概念の擬人化だ。実体が無いから神域と呼ばれる場所に引き籠っている。そしてその神域は通常人が立ち入れない。」

だから人が神に会うことはまず無い、という訳か。


「じゃあお前は何でここにいるんだ?」

こいつも神なら神域の外を出歩けないはずだ。


「さっき行った通りだ。私はこの世界で生まれた神ではない。『縁』という概念を司る為、この世界に神として入った。だが、それはそれとして元の世界で得た実体を持っている。」


「お前が縁結びの神だってことは分かった。それで月の都のことや俺の目的について何故知っている?」

俺の目的は復讐ではないが、それ以外は概ねこいつの推測通りだった。


「月の実態については私も接触したのだ。兎嬢と同じように地上に送られてきた士官とね。その娘に復讐を頼まれたのもあって月に行く協力者を探していた。君の素性はその際に調べさせてもらった。」

確かに兎は地上征服部隊は10人いると言っていた。兎の他に生き残りがいてもおかしくはない。


「お前の目的は復讐の代行か?」

頼まれたのもあってという言い方が気になった。それとは別に主目的のあるような言い方だ。


「……いいや。私の目的は想い人の開放さ。月の悪神を倒し、月侵略や神殺しという事象と縁を結ぶ。もっとも、彼がそれを望んでいるかは分からないがね。……たとえ自己満足でも、私はそれを2600年以上諦められなかったのだ。」

……想い人の開放か。


「大体わかった。いいだろう。お前に協力してやる。それで、どうやって月に攻め入るつもりだ?転移の魔法か?」


「転移の魔法では行けない。私は月に行ったことが無いからな。仮に君が月に行った事があったとしても、そもそも月を覆う結界が転移を阻害するため難しい。」


「結界?」


「月を覆う透明な膜だ。物体を選択的に透過する。重力が地上の1/6しかない月に大気圏が存在するのはこの結界によるものだ。」

兎が地上で変わらず呼吸をしていた事を鑑みると、何らかの手段で人為的に大気の組成が地上に近い状態に保たれている可能性が高い。都市を覆う膜の存在も以前夢で見た。話の信憑性はある。


「つまり、結界を破壊して転移しようものなら月面が生存不能な場所になるというわけか。」


「そういうわけだ。転移による侵入を実現するより、君の拾ってきた通信機と私の能力の合せ技のほうが見込みがある。」


「それで俺に近づいてきたわけだな?お前の能力が月の攻略にどう役立つんだ?」

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