第13話 月面悪神掃討ツアーの誘い

気がつくと知らない建物に居た。ガラスのような透明な板と鉄骨で組まれているアトリウムのような空間だ。見上げて外を見るとおそらく昼だというのに空は真っ暗である。また、空を覆う無色透明な膜があるように見える。視線を戻し周りの建物を見てみるとコンクリートで出来た建物が並んでいる。街並みはモノトーンで木々なども無い。非常に無機質だ。


……?

ガラスに人影が写り込んだ。外が暗いせいかガラスは鏡のようで、写り込んだ人の特徴もよく見える。明度の高い銀髪と真っ赤な瞳、そして目を引く長いうさみみである。


「!!!!」

見間違うものか!そこにいるのは紛うことなき兎、ラブリであった。

俺は慌てて後ろを振り返った。


「おい兎!お前何で……!!」


「同志、兎は待っているぞ。」


「おい!ラブリ!」


ガバッ


「夢か……?」

自宅のソファの上で目が覚めた。夢など見たのは何時ぶりだろうか。一般に夢は物理的に空間を専有せずとも存在するもの、例をあげるなら死者などとの交流と言われている。……そうだ。兎は死んだのだ。だが悲しんでいる暇はない。いかなる手段をもってしても兎を救い出す。そのためなら、この身を修羅にやつしても構わない。俺にはそれだけの覚悟がある。


そうは言ったものの、都合よく手段が思いつくわけでもない。何せ月までの距離は約385000kmだ。というかそもそも、この地上には未だ宇宙に出る技術はない。だが、事実として兎はこの地上に舞い落ちた。地上には無くても月には存在するのだ。


……月に行くための技術を手に入れるために月に行かなければならない、というジレンマが生じてしまった。いや、本当にそうか?




翌朝、俺は王都からほど近い野山に来ていた。


秋は実りの季節である。この時期は収穫を迎えた果物や木の実を目当てに、あるいは紅葉を見にくる人々も多い。俺の目的はそんな人々に危険が及ばないように魔物を予め退治しておくこと……ではない。宇宙船墜落後の兎の居住地を探すのだ。


記憶を頼りに兎と初めて会った場所を探す。程なくして人が住んでいた跡のある洞穴ほらあなを見つけた。洞穴の奥を調べると、図鑑2冊分ほどの大きさの機械を見つけた。おそらくこれが救難信号を送るのに使っていた装置だ。装置の埃を払い、折り畳まれている装置を展開する。中には画面と文字入力用のボタンが並んでいた。祈るようにパワーボタンを押してみると画面が光り、装置が起動した。良かった。壊れてはいないらしい。だが。


「読めない……。」

何が書いてあるのか全く読めない。もしや機械語というやつだろうか。入力用のボタンを見ると、見たこともない文字が書かれている。とりあえず持ち帰って解読を試みよう。



あれから2週間が経った。持ち帰った機械を王都一番の技師に見せてみたところ、壊れてはいないという。ただ、使われている文字について心当たりはないようで、お手上げだと言われた。文字について王都の文献を探し回っていたが、月から来た人自体がいないようで、月都げっとや文字についての記述はなかった。まぁそれこそ月から来た人がいれば転移の魔法で月に行けるのだが。


カランカラン


玄関ドアの呼び鈴が鳴った。一体誰が何の用だ?全く心当たりが無いがドアを開けた。


「狼耳の男性、傭兵のハティ殿に相違そういないかね?」

ドアの前に居たのは黒い髪にうさみみを生やした和装の幼女だった。声は確かに幼いが、見た目とはギャップの大きいハスキーな声。話し方も見た目の年齢不相応に落ち着いている。一度会ったら忘れないほど特徴的だ。つまりこいつは知り合いではない。


「どちら様?何の用だ?」


「申し遅れた。私はイナバ。月面の悪神掃討ツアーに興味はないか?」

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