第7話 一泊二日温泉旅行 ②
「すみません、今日は満室でして……。」
馬車に揺られること2時間。目的の宿に到着し、宿泊可能か尋ねると満室であると告げられた。兎の顔からは落胆が見て取れた。
「ざ、残念だったな、同志!でも気にすることはない!兎が何とかする。任せておけ!」
その後も温泉街の旅館を片っ端から回り続けたが、宿泊を受け入れてくれるところはなく、日が暮れ始めた。
「ここもダメ、あそこもダメだった、これは……同志はこういう店に興味があるか?」
兎が地図上で指したのはお風呂屋さんだった。大人用の。
「からかうな。……なぁ兎。お前の気持ちは伝わったよ。ありがとう。もう十分だ。だから……」
「ダメだ!!」
兎が話を遮るように大きな声で言った。
「今日はお前を楽しませるって、兎はそう言った。約束は守るから、だから兎に任せてくれ。」
「そう言ったって温泉街の旅館は粗方回ったがもう……。」
「ここだ。」
兎が地図上で指さしたのは、温泉街とは少し離れた位置にある旅館だった。
「ここがダメなら今日は大人しく諦める。最後にここだけ確認させてくれ。」
「……分かった。」
兎と二人で薄暗い山道を歩く。日が沈むのはあっという間で、すでに夜の帳は降りていた。何かに祈るようにしながら10分ほど歩いた。山の上に明かりの灯った建物が見えてきた。目的地の旅館だ。意を決して旅館の扉を開ける。
「ようこそおいでくださいました。ご宿泊でしょうか。」
重たく感じた扉を開けると受付の妙齢の女性が迎えてくれた。
「はい!宿泊は可能ですか?」
震える声で兎が尋ねる。緊張が走る。一瞬と呼ぶにはあまりに長く感じられた張り詰めた空気の中、女将はにこりと笑顔で答えた。
「もちろんでございます。ではチェックインをお願いします。」
「やったぞ!同志!」
兎は俺の手を取ると、喜びが溢れるあまりに飛び跳ねていた。兎が跳んでいるのになぜだか腕が引っ張られていない。無意識に自分も一緒に飛び跳ねていたようだ。
「……宿が見つかって良かった。」
「口も素直になれ同志。体はこんなに素直だぞ?」
「うるせぇ。チェックイン済ませるぞ。」
兎とチェックインを済ませると部屋に案内された。兎が値段は気にしない、一番いい部屋を用意してほしいと言うと、とびきりのスイートルームに通してくれた。
「見てくれ同志!夜景が綺麗だぞ!」
兎は広縁の椅子に腰掛けて、窓から景色を見ているようだ。俺も兎と一緒に外の景色を見る。山の上にあるこの宿からは温泉街が一望できた。宵闇の中、川に沿ってオレンジ色の明かりが並ぶ光景は幻想的だった。
「ああ、これだけでも来た甲斐があった。」
「遠慮するな。風呂に食事に、まだまだ楽しみはある。」
そういえば風呂は各部屋に露天風呂が備え付けてあると言っていたか。入口横の扉から行けるらしい。部屋食の時間まではまだ少し時間がある。1人くらいは入れるだろう。
「まだ時間あるし風呂先に入ってこいよ。疲れているだろ?」
「それを言ったら同志、お前も疲れているはずだ。お前が先に入れ。」
「俺は食事のあとに入るからいい。」
「お前いつも食事前に風呂入るだろ。今日はお前を楽しませる旅だ。気を使わなくていい。」
「そう言われてもな……。」
今日一日身を粉にしてエスコートしてくれた兎より先にはいるのは気が引ける。
「……分かった。なら一緒に入るぞ。背中を流してやる。」
「は?おい!待てって!」
強引に風呂場に連れてこられた。戸惑う俺とは対照的に、兎は何も気にしていない様子で服を脱ぎ始めた。
「兎と同志の中だ。恥ずかしがることはない。」
下着姿の兎が言った。ブラの飾りは少なく、シンプルで洗練された響きづらいデザインである。ショーツもそれに合わせたシンプルな白いものだ。
服を脱ぐ兎の手が止まる。
「……いや、そうまじまじと見られると恥ずかしいな。さ、先に風呂に入っているぞ!あとで来い同志!」
そう言うと兎は急いで下着を脱ぎ脱衣場を出て行ってしまった。とりあえず俺も服を脱ぐ。扉を開けるとあいつが、裸で、風呂に……。胸の鼓動が鳴り止まない。このまま対面したら俺はどうなってしまうんだ……?
「風呂暖かくて気持ちいいな。」
「ああ、そうだな。」
「ご飯どれ食べても美味しいな。」
「ああ、そうだな。」
「布団フカフカで気持ちいいな。」
「ああ、そうだな。」
どうもしなかった。
……完全に毒気を抜かれた。旅の疲れに極上の風呂、飯、布団の三連コンボだ。抗えるはずはなかった。このまま目を瞑れば、俺が只々旅行を満喫して終わる。……いや、すべき事があるはずだ。
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