第5話 うさぎシルバー

今日は兎と組んでからシルバーに昇進して挑んだ依頼の帰り道だ。万年ブロンズだと思っていた俺も、パーティーを組んでからは順調に依頼をこなし、ついに先日見事ランクアップを果たした。


シルバーなれば斡旋される依頼の報酬も上がる。ソロ時代はパーティー向けの依頼は受けられなかったため、報酬の安い依頼を、睡眠時間を削りながら数をこなすことで貯金を作っていた。その貯金も兎の治療費などに消えたが。


兎も角そんな生活ともおさらば出来ると思い、浮足立って高難度の討伐依頼を選んだのが拙かった。俺達は森で暴れているゴリラデーモンゴリラの討伐に向かったが返り討ちに会い、命からがら帰還のスクロールで逃げ帰ってきた。


今はギルドに報告を終え、辺りを照らしていた沈んだ日の残光が段々と消え、仄暗ほのぐらくなっていく中、王都のメインストリートを歩いて自宅へと帰る途中である。




「すまない、同志。兎は無理を言ってしまった。魔獣の討伐に行きたいと言わなければ同志を危険に晒すこともなかった。」


兎はすっかりしょげている。黄昏時たそがれどきであるから顔はよく見えないが、ガックリと落ちた肩と声色こわいろがそれを物語っていた。




「さっきも言っただろ。お前のせいじゃない。」




「でも……。」




「見くびるなよ。お前の提案に乗って仕事を受けたのは俺自身だ。俺が危険な目にあったのは俺自身の責任だ。俺は自分の責任くらい自分で取れる。」




「そうか……。同志は優しいな。」


兎はいつものごとく笑ってみせた。だが兎は依然としていつもの調子ではない。こんなことを考えているのは自分でも恥ずかしいが、いつもなら先程の言葉の最後に『素直じゃないが。』と付け加え、軽口を叩いているだろう。




「…………。」


凹んでいる兎にこれ以上なんと言葉をかければ良いのか分からない。ずっとソロで活動していたくらいだ。コミュニケーションが苦手な自覚はある。




どう接すれば良いか思い悩んでいると、通りの向こうからポコポコと馬の歩く音が聞こえてきた。馬の上を見ると鎧で武装し、剣や槍を携えた獣人が見える。戦闘馬せんとうばに跨った王都の騎馬隊だ。




「あれが戦闘馬か……。」


兎が口を開いた。




「今から討伐に行くんじゃねぇか?日が暮れる時間に出発するくらいだ。強敵なのかもな。」


戦闘馬隊は王都の特殊部隊だ。騎手の練度も高く、馬自体も何代にも戦闘に適した個体を交配し続けている。




「なぁ同志。」




「なんだ。」




「お前は戦闘馬の中にも落ちこぼれがいると思うか?」




「急にどうした?……そりゃいるだろうが。遺伝的に恵まれた個体を交配しても、訓練を積ませても一定割合で適正のないやつは出てくる。」


藪から棒に何だその質問は。兎の意図がわからない。いや、まさかこいつ……!




「そうだ。月は一定階級以上の者にしか子孫を残す権利が与えられない。兵士の子供は生まれてからずっと訓練を受ける。でも兎は……」




「おい!!!!」


俺は兎の肩を両手でつかんだ。驚いた兎はうつむいていた顔を上げた。その瞬間、さっき黄昏時に隠されて見えなかった兎の顔が見えた。兎の頬を涙が伝った。




「俺はお前が好きで一緒に戦ってるんだ!……お前が優秀だからだとか、お前に価値があるからとか、そんなんじゃねぇよ。他の誰でもないお前と一緒に居たいからだ。」




「おい同志……。お前の気持ちはすごく嬉しい。でもなぁ……。」




「なんだ?」


小声で頬をかきながら口元を緩め、ちょっと恥ずかしそうに言う兎の視線をたどる。




「ここ……大通りの真ん中だ。」




「!!!!」


途端に顔が赤くなる。耳が熱い。辺りを見渡すと、周りの人はおろか戦闘馬隊までもが足を止めてこちらを見ていた。




「先に帰る!!」


返事はいらない。待ってなどいられない。一目散に家へと駆け出した。




「ああああああーーーーー!!!!」


通りでの出来事がフラッシュバックする。忘れたい。布団を頭からかぶってしばらくの間悶ていた。




「なぁ同志ー。兎はすごく嬉しかったぞ。なぁー、機嫌直せ同志。」


布団の前で帰ってきた兎が慰めている。……つもりだが実情は傷をえぐり返しているだけだ。




「うるせぇーーーー!!!!」


兎との愉快(?)な生活は続く。

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