第4話 うさぎブロンズ(後編)

「同志……兎は少し気持ちが悪いぞ……。」


夜道を兎に肩を貸しながら歩く。そりゃあれだけ飲み食いすれば酒に強かろうがどうだろうが気持ち悪くもなるだろう。


遡ること数刻、気分良く飲み食いしていた兎は急にトイレに立ったかと思うと、それっきり戻ってこなかった。不審に思い店員さんとトイレを確認すると、そこには便器を抱えてうずくまる兎の姿があった。

お会計を済ませた俺は、もはや真っ直ぐ歩くこともかなわない兎を肩に掛け、1時間かけて繁華街から歩いてきた。




「家までもうちょっとだ。我慢して歩け。」




「ああ……しかしお酒と言うのはいっぱい飲むと気分が悪くなるんだな。」




「知らなかったのか?」


当たり前だと言いかけたがこいつは元々月の住人だ。こっちの常識とは異なるのかもしれない。




「ん……。酒を口にできるのは月の神々か、あるいは高位の軍人だけだ。今日食べたような料理だってそうだ。」




「月は厳しい階級社会なんだな。」




「そうだ。兎みたいなのは……いくらでも替えがきく……。不都合があれば……。……兎は、きっと…………。」


そう言うと下を向いて歩いていた兎が顔を上げた。そしてじっと俺の目を見て言った。




「なぁ、同志。お前は兎と一緒にいてくれるか?」


赤く不思議な目が俺を見つめる。その瞳はどこか縋るようだった。




「……少なくとも、お前が借りを返すまではな。」


しかし、俺は兎の視線に耐えられず、思わず目を背けてしまった。




「……借りを返したら、もう一緒にはいられないか?」


兎は寂しそうな声で言った。怯えるような声音で、小さく、振り絞るようだった。




「……好きなだけ居ればいい。さっきのは、その、照れ隠しだ。」


自分でだって分かっている。俺は感情を伝えるのが苦手だ。そのせいで曲解させてしまう。


……俺も本当はこの関係を心地よく思い始めている。




「同志……!!兎は分かっていたぞ、同志が素直じゃないって。」


兎は元の元気な顔に戻った。この活力のある表情を見ると何故か安心した。




「う、うるさい!適当なことを言うな。」




「……ああ、嘘だ。適当を言った。」




「?」




「兎は不安だった。同志と分かれる日が来るかもしれないのが。」




「兎、お前……。」




「だから、同志からの借りを絶やさないため、どうやって迷惑をかけ続けようか悩んでいたぞ。」


兎はニヤニヤしながら言った。俺をからかう元気はあるようだ。




「お前……元気そうで何よりだな?もう肩貸してやらねー。」




「ああ同志!もうちょっとでいい。肩を貸してくれ。でないと……。」




「なんだ?」




「吐く。」




閑静な夜の住宅街に嘔吐の音が響く。

兎との愉快な共同生活は続く。

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