第2話 兎の同志

山の麓まで降りるとちょうど観光馬車の第一便が来たところだった。


「おいどうした!後ろの人は!?」


御者の男性が驚いた様子で声を掛けてきた。




「病人だ!悪いが王都まで急ぎで飛ばしてくれるか!?」




「お、おう分かった!!」


馬車の椅子に少女を寝かせる。しばらくして馬に鞭をうつ音が聞こえ、馬車が走り出した。


依然として少女の呼吸は荒く、時折うめき声を上げているが、顔を見ると微笑み返してくる。


何なんだこいつは。侵略者じゃないのか!?




30分ほどして王都についた。また少女を担ぎ病院に駆け込む。勢いよくドアを開けると何事かといった様子で医師が出てきた。




「どうしましたか!?」




「急患だ!すごい熱なんだ!腕に傷もある!悪いけどすぐに診てもらえないか!?」




「そうしたいのは山々なんですが……その、他の患者の方々もお待ちでして。」




「………そうか、すまない。邪魔したな。」


無理を言っている時間はない。急患の受け入れをしている病院はどこだ?そう考えているとギルド付属病院が思い当たった。あそこは仕事柄迅速な処置を必要とする人も多いはずだ。病院はギルドに併設されている。ギルドへと急ごう。




ギルドに到着するとすぐに事情を説明した。やはり、こういった自体への対応は慣れているようですぐに診てもらうことが出来た。医師からは敗血症と診断された。輸液と抗菌薬の投与はしたが、治るかどうかは分からないそうだ。




ベッド横の椅子に腰掛ける。辺りを見回す。病室には窓から月明かりが差し込んでいる。ベッドに寝かされた病衣の少女の腕にはチューブが繋がれている。青白い月光が照らす顔は心なしか赤みが引いて見える。きめ細かく白い肌は人形のようだ。……胸と腹の動きを見る限り人形になっていはいないようで安心する。荒かった呼吸も今は穏やかだ。朝になればきっと目を覚ますはずだ。……そうだよな?




おはよう、と誰かが呼ぶ声がする。いつの間にやら眠っていたらしい。瞼の裏が赤く見える。日はもう昇ったようだ。ゆっくりと目を開けると、目に飛び込んできたのは窓辺から射す朝日と笑顔の少女であった。




「おはよう。兎のことを助けてくれたみたいだな。ありがとう。」


ベッドから上体を起こした少女が言った。




「……そんなんじゃねぇよ。」




「お前……優しいけど素直じゃないなぁ。自分を殺そうとした敵に夜通し看病までしておいてそれはないぞ。」


少女は困惑した笑みを浮かべている。




「うるせぇ。それに……。」




「それに?」




「タダじゃない、そう、タダじゃないぞ!お前の治療費も労力も、貸しだからな!!治ったら返してもらうぞ!」




「そうか、分かった。」


思いがけない返答だ。すんなり従うとは思わなかった。




「お前、地上侵略とやらはいいのか?」




「……兎は昨日一度死んだ。それに……いや、なんでもない。お前に従おう。好きに使え。」




「……そうかよ。じゃあお前には俺と組んで傭兵をやってもらう。文句は聞かねぇからな。」




「だから好きに使えと言っている。」


こいつと話しているとなんか調子が狂う。そういえばこいつの名前は何だ?




「……お前、何ていうんだ?」




「??」


不思議そうに首をかしげている。名前を聞いただけだぞ?




「兎は兎だ。」


名前が兎ということか?いや、普通に考えれば名乗る気はないということだろう。……まあいい。




「お前はなんと呼べばいい?」




「好きにしろ。」




「……機嫌が悪いのか?好きに呼べというなら、同志と呼ぶか。」




「同志?」




「志を同じくするものの呼び方だ。こっちじゃ使わないのか?」




「使わないし、大体なんで俺がお前の同志なんだよ。」




「共に協力して生計を立てるんだろ?じゃあ同志だ。よろしくな、同志。」



こうして俺と兎の奇妙な共同生活が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る