第9話 超能力研究所


 大友たちに会った次の土曜日、有栖は超能力研究所に出向いた。メンバーによる未来予知の実験に立ち会うためだ。

今回の実験では、松平所長、尾関、翔太、奈緒美といった研究所の主力メンバーが集まっていた。

 大友一派との面談がきっかけとなり、はたして未来がどうなるものか、尾関の予知力が確かなものかどうかを確かめておきたかったのだ。

 研究所には、午前中に全員が集まり、夕方まで話し合った。有栖は正午頃に宅配ピザを注文した。宅配ピザの配達係が研究所に入って来ても、有栖以外のメンバーは誰一人として、顔を上げようとしなかった。彼らは皆、デスクの上の書類に目を通しているふりをしていた。

 配達係が帰り、ピザを大型テーブルの上に乗せても、彼らはまったく気にならないようだ。さらに、研究所のメンバーはあまり食が進まない様子だ。

 有栖が首を傾げるのを見て、翔太は「俺たちは不死身の人間なのだよ。食事などしなくても、生きていける水準に達している」と言うと、よろけて転んだあと、「あいたたた」と右手で左腕をさすって見せた。

「今日の実験で、大事なポイントは尾崎さんの予知したことが現実になるかどうかということだよ」と松平が言うと、奈緒美は「手品師のステージと違って、タネも仕掛けもないことを実感して欲しいの」と補足した。

 尾関は「風が吹くと木の葉が揺れる。それと同じことだ」と言いながら頷いた。「さっきのピザの宅配のタイミングは、今回の実験に最適だった。だが、時間は戻らない」と松平は言った。

 奈緒美が「本来の実験では、あなたにトランプを五十二枚引かせる前に、何を引くかを尾崎さんに予め当ててもらう予定だったの」と説明すると、今度は翔太が「五十二枚も引いてもらうのは、手品ではないことを証明するためなのだ」と、付け足した。

 有栖はピザを頬張りながらも、成り行きを見守るように、目を白黒させると「それって、どうなのかしら」と怪訝そうな表情をして見せた。

「そのこと、だがね…」と松平は言うと「トランプの実験だけでは、たとえ百枚引こうと、あなたの胸の内に、手品ではないかという疑念が残りそうだ」と言いながら苦笑した。

「というと…」有栖が言い終わる前に、松平は「トランプの実験のあとで、君に喫茶店に電話してもらい、出前の時刻や様子を予め尾関さんに当ててもらうというのはどうだろう?」

「それで、尾関さんの実力が証明できるのなら、私はそれで良いのだけど…」

 有栖が話し終えると、翔太がジョーカーを除く五十二枚のカードを彼女の目の前にポンと置いた。

「じゃあ、予定通り進めましょう」と言いながら尾関の方を見た。

 尾関は「時が経つと、目の前にすべてが現れる」と言いながら、ペンとノートを手に取った。そして、有栖から見えない席に移動し、何やらノートに書きこみ、約五分後に戻ってきた。

 有栖はトランプをシャッフルすると、テーブルの上に一枚ずつ表向きに並べて行った。

 彼女がめくったカードは、ハートの3、スペードのクイーン、スペードの9、クローバーのエース、ハートの7、ダイヤの7…、そしてダイヤのキングで五十二枚をすべて並べ終えた。

 尾関は、そのタイミングに合わせてノートの一ページ目を開いて見せた。そこには、当然のように、ハートの3から始まりダイヤのキングで終わる五十二枚のカードについて、順序正しく記述されていた。

「すごいよね。でも、この状況はテレビで見たマジックショーと見分けがつかない」

 翔太がそういうと、尾関は苦笑いして「箱の外側から見ても、中身が何かまではわからない」と答えた。

 奈緒美は様子を見て、固定電話の受話器を取り、有栖を見て、予定通り喫茶店に注文するように促した。

 喫茶店の出前の男は、アルバイトの二十歳の店員で、黒地に白の横縞が入ったTシャツに、ジーンズ姿で、スニーカーは紺色のものを履いていた。

 店員は研究所の中に入ると、指示されたテーブルの上に、シルバートレイを載せ、コーヒーカップを並べた。

 彼は有栖の顔を見て「千五百円いただきます」と言うと、彼女から二千円受け取り、つり銭の五百円玉を渡した。

 店員が帰った後、尾関がノートの二ページ目を開いて見せた。驚くことに、店員の服装や態度まで、実際に目の前で起きたこととほとんど同じ内容が書き込まれていた。

 だが、一か所だけ違うところがあった。それは、店員に代金を支払い、つり銭を受け取ったのが、有栖ではなく、松平と記されていた点だ。

 この点を指摘されると、尾関は「有栖さんが喫茶店に電話をかける時刻が、予定より十五秒遅れたからだ」と答えた。

(まるで、この部屋には、他の誰も存在しないかのように、店員の目が自分だけをまっすぐに見つめていたのはなぜだろう?)と有栖は思った。

 松平は「この実験の意義は、単に君の疑いを晴らすことだけにあるのではない」と言いながら、有栖の様子を見て「つまり、君が長曾我部商事の実権を握り続けることが、この世界を救うことになる」

 尾関は「失業対策、豊かな暮らし、大地震…」と呪文のように唱えた。

有栖は何げなくコーヒーカップを持ち上げた。ぽたぽたとしずくが数滴こぼれて、皿の上に落ちた。「それって、どういう意味なのかしら?」

「要するに君が、この世界を大きく変えるということだ」と松平は言った。

「走り出さなければ、ゴールにはたどりつけない」と尾関が付け足した。

 有栖から見ると、尾関の言葉は無意識の暗闇から立ち昇るイメージにしては具体的で鮮明すぎる感じがした。もっとも、人の心が読める松平の説明なしには、意味不明なのだが…。

「それなら、宝くじの当選番号や売り場も予知して、軍資金をゲットできそうなものだけど」

「物には順序があり、人にはさだめがある」

 それを聞いて、奈緒美は「素晴らしいですね尾関さん」と言いながら、涙ぐんで見えた。

「尾関さんが言っているのは、誰がいつ宝くじを当てるかは予知できるが、それを自分が横取りしようとは思わないとのことだよ」

  ※

 休み明けの会議で、大友たちは予定通り「AIビジネスへの本格参入に関する試案」として、プレゼンテーションを行った。

 大友が前に進み出て「今回のプレゼンでAIビジネスに本格参入すれば、私たち長曾我部商事にとって、何がもたらされると思いますか?」と問いかけた。彼は右手を上げて、挙手を促したが、この時点での反応はなかった。

「そして、本題に入る前に、このデータを見てください」と言うと、秋川がノートパソコンとプロジェクターを操作して、スクリーン上に表やグラフを映し出した。

 大友は「この数字が当社にとってどんな意味があるのか、何をもたらすのかというのが今回のプレゼンのテーマです」と言うと、隣にいた東村と交代した。

 東村は「AIとはご存知のように、人間の知的能力をコンピューター上で実現する技術ですが、近年はディープラーニング、機械学習という基礎分野での技術向上により、応用範囲は広がり、人間の知能や作業能力を凌駕しています。今後、さらに技術の進歩によって、産業社会においても必須項になりつつあるのです」と言い終わると、配布した資料に目を通すように促した。

 資料には、数値やデータ、導入事例、用語解説、予想できる仕入・販売ルート、新規開拓の可能性まで網羅しており、そこからの推計値としての収支のシュミレーションと今後のワークプロセスが記されていた。

 長曾我部誠社長は「よく出来た内容だ」とだけ告げると、会議室を出た。有栖は「ディテ―ルは別として、大筋では理解できたわ」と言った。

 役員たちの大半は仕入・販売ルートの確立と、収支シュミレーションに関心を示し、「検証次第では、前向きに考える」という博会長の意見に賛成した。

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