靑色宝箱

猫市

「従者の憂鬱」(題:「青い蛍石」)

 古びた硝子の高坏に盛りつけた欠片を、主はつまんで口に放り込む。視線は開いた本に固定したまま、体はソファに横たえたまま。

「主。さすがに行儀が悪いかと」

「今日の仕事は終わったもん」

 屁理屈を返すあいだにも手は止まらない。

「そもそも鉱石は食べ物ではありませんが」

 無数の青、無限の青、見事な劈開。主は憑かれたように食べ続けているのは、蛍石だ。

「でも、美味しいよ?」

 にっこり笑う瞳には奇妙な紋様が浮かぶ。

 この家にスープを煮込む火が絶えて久しい。

 美しい人だった、と今でも主はうっとりと言う。

 そいつが悪魔だと知っていれば、と今でも俺は悔やんでいる。

 夜明け色の目をしたそいつと、主は契約をした。

 今や魔法使いと呼ばれ、他者の願いを叶えたり歪めたり、自身の望みを叶えようとして余計な事件を起こしている。

「俺の手料理、食べたくないんですか」

「食べたいよお。でも、もう無理だからね」

 拳を固く握るのを、多分主は気づいている。そのくせ知らないふりをする。

 ――ぼくがどうなっても一緒にいてくれるでしょ。紺碧

 もちろんだ。どこへ行こうが俺はついていく。

 けれどその前に、必ずあなたを人間に戻してみせる。

 またひと粒、さくりと蛍石がはじけた。



執筆者:此瀬 朔真

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