第7話 カルスダーゲン亜大陸の歴史

 カルスダーゲン亜大陸は、南北に広がる縹渺たる大地である。

この広大な大地が、更に茫漠たる陸塊の一部であるのか、それとも境界が知られていない巨島であるのかは、確認されていない。

 故に便宜上、「亜大陸」と呼ばれている。

カルスダーゲンとは、世界を生み出した創造主アントローポス真名まなであるとも言われているが、無論、こちらも裏付けなどあるはずもない。

 亜大陸は、大きく「北方」「中原」「南方」に分類される。

北方は、冬季ともなれば、ブリザードと積雪に閉ざされてしまう寒冷地であり、南方はわずかな草原の他には、殆ど不毛の砂漠が広がっている。

  中原は、穏やかな気候と共に豊穣の実りをもたらす肥沃な土地が続いている。

従って、北方の人間たちにとっても、南方の人間たちにとっても、実り豊かな中原は垂涎の土地であり、中原を巡って古来より、戦いが繰り返されて来た。

 北方には、白い肌とホワイトブロンドの髪、色素の薄いペールブルーの双眸、そして何よりも厳寒に耐えるため強靭な肉体を備えた民族が誕生した。

 北方では、大小、多数の部族が生存の場を確保するため、諍いを繰り返していたが、部族のひとつであるゲルトベルグ族が他の部族を糾合し、亜大陸に最初の「国家」を形成する。

 最初の指導者は、女性であった。

その名をエフゲニアと言う。

 亜大陸最初の国家は、彼女の名前を採って「エフゲニア帝国」、もしくは「帝政エフゲニア」と呼ばれるようになる。

 エフゲニア帝国では、皇帝インペラートルを決めるために、国内の最も有力な大貴族を「選帝侯」に定め、彼らに次期皇帝を選出する「選挙権」を与えた。

 帝国においては、ヴァルデス家を筆頭に、バクーニン家、チェレンコフ家、ヴォローニン家、グーシキン家、カルサーヴィン家、スミルノフ家の七つの大貴族が、選帝侯家を務めて来た。

 次なる皇帝インペラートルを選り抜く大権を有する選帝侯家の威光と影響力は絶大であった。

 特に選帝侯家筆頭のヴァルデス家の権勢は圧倒的であり、ヴァルデス家は、他の選帝侯家を従えて、帝国の国政をほしいままにし続けてきた。

 ヴァルデス家を中心とする大貴族たちの国政壟断に悩まされ続けて来たゲルトベルグ帝室は、ある時、「南方鎮撫」の名目で、ヴァルデス家を中原に追いやる事に成功する。

 亜大陸を南北に分断するアポリネール大河は、中原に位置する広大な湖を水源地としている。

 その湖に浮かぶ島こそが、ゲルトベルグ帝室がヴァルデス選帝侯家に対して与えた、新たな封土であった。

 一悶着が予想されたが、意外にもヴァルデス選帝侯家はあっさりと転封を受け入れ、一族と家臣団を率いて中原へ移転する。

 ゲルトベルグ帝室がヴァルデス選帝侯家の中原への転封を命じた口実は、亜大陸南部の騎馬民族の勢力拡大に対する備えをなすためであった。

 沙馮シャフーと呼ばれる、複数の剽悍な騎馬民族が棲息するのが、亜大陸南部である。

 果てしない草原は、体格の優れた駿馬を産み、その駿馬に騎乗して戦う強靭な戦士を生み出した。

 軽装騎兵ライズリと呼ばれる、革鎧を纏い、半月刀を携えた騎士たちこそは、南方の武力を代表するものであり、また、あぶみを最初に発明したのも、彼ら、草原の騎士と騎兵たちであった。

 沙馮シャフーは草原の戦士であり、砂漠の略奪者たちであった。

沙馮シャフーの騎馬軍団は、度々、北方の領域に侵入し、農民たちが収穫した作物を嬉々として奪って行った。

 古来より、アポリネール大河が亜大陸の北方と南方を隔てる自然の境界として、人々に認知されてきた。

 そのアポリネール大河の水源である湖に存在する巨大な中洲に、沙馮シャフーに備えるための要塞都市を建設する事は、エフゲニア帝国の積日の悲願であった。

 言わば、ヴァルデス選帝侯家がこの都市建設の作業に取り掛かったのだ。

アポリネール大河の水源である湖には、もう島嶼と呼んでいいほどの広大な中洲が存在し、ヴァルデス選帝侯家は、この中洲、「ヴァイスベルゲン島」に拠点を建設し、この都市を土地の名前にちなんで、首都「ヴァイスベルゲン」と定める。

 ヴァイスベルゲン島の地下には、数百年前に廃棄されたダンジョンが広がっていた。

 ヴァルデス家の命令で地下に派遣された遺跡探索者エクスカベーターたちは、廃ダンジョンから、「神々の時代」、お互いに争っていた彼らが敵を討ち果たすために完成した、神々の武器、「魔神器」を発見する。

 廃ダンジョンから発掘された「魔神器」は、以下の四つ。

「金の魔導弓 クリューソス」「銀の魔導弓 アルギュロス」「デスサイズ 月影ムーンシェイド」「エメスの指輪」である。

 「魔神器」発見の報は、スパイたちによって直ちにエフゲニア本国へもたらされる。

「魔神器」の発見に狂喜したエフゲニア帝国は、「魔神器」の引き渡しをヴァルデス選帝侯家に要求する。

 しかし、ヴァルデス家がそれを拒絶した事から、独立戦争が勃発する。

戦争は一年間に及ぶが、「魔神器」の恐るべき性能と相まって、ヴァルデス家はエフゲニア帝国から独立を果たす。

 ヴァルデス選帝侯家は、ヴァルデス大公家に称号を変え、ヴァルデス選帝侯国は、ヴァルデス公国と国号を改める。

 この独立戦争で四つの「魔神器」は、「恐ろしいのは、クリューソス。怖いのは、月影ムーンシェイド。強いのは、アルギュロス。おぞましいのは、エメスの指輪」という恐怖の伝説を残す。

 帝国からの独立を果たした事を寿ぐ祝祭で、一人の道化師が姿現わす。

道化師の名前は、ケイパーリット。

 道化師ケイパーリットは、ヴァルデス公国の騎士と貴族にひとつの体術を伝授する。

 「円」と「螺旋」と「球」の動き、そして体幹の移動を基本とするその体術は、「ケイパーリット式旋舞拳闘」と呼ばれ、現在も受け継がれている。 

 ケイパーリットは、公国の貴人の女性たちにも、あるギフトを贈る。

それは、溶血性の蛇毒が塗られた、髪飾りなどに隠して携行する暗器「ツァイガー」である。 

 暗器「ツァイガー」で刺されると、蛇毒が毛細血管を破壊して、大の男が数時間はのたうち回るほどの苦痛を与えるのである。

 ケイパーリットは、ヴァルデス公国の貴人の男性に、「ケイパーリット式旋舞拳闘」を、女性に暗器「ツァイガー」を与えて、そのまま、姿を消してしまう。

 ヴァルデス公国では、ケイパーリットは公国の人間たちに祝福を与えるために降臨した、古の神々の一柱であったと信じられている。

 四つの「魔神器」は、独立戦争で功績を上げた「寄子」の貴族たちに与えられる。

「金の魔導弓 クリューソス」と「銀の魔導弓 アルギュロス」は、バウムガルトナー伯爵家へ、「デスサイズ 月影ムーンシェイド」は、レオンハルト伯爵家へ、「エメスの指輪」は、グアルネッリ伯爵家へ。

 ヴァルデス大公家が独立を果たしてから、三百年が過ぎ、亜大陸の状況は大きく変化する。

 ゲルトベルグ帝室に引き入られたエフゲニア帝国は、国家の方針を転換し。周辺の国々や異民族を次々に吸収して、帝国の版図を拡大する。

 一方、亜大陸南部でも、沙馮シャフーの有力部族であるサイード族、ハザーラ族が周辺の大小の諸部族を糾合し、緩やかな共同体「沙馮シャフー部族国家連合群」を形成する。

 ヴァルデス公国は、南北の両面からエフゲニア帝国と沙馮シャフーの脅威に晒される事となった。

 公国は、エフゲニア帝国に対して、友好的な姿勢を示し、その一方で沙馮シャフーと裏で結んだり、沙馮シャフーの部族間の対立を背後から使嗾して争わせるなど、巧な外交政策によって、南北両面からの圧力を躱し続けて来た。

 エフゲニア、沙馮シャフーそれぞれがヴァルデス公国を自陣営に引き込むべく、あらゆる政治的工作を仕掛けてきた。

 ヴァルデス公国は、綱渡りのような繊細な外交技術によって、南北の二大勢力からかろうじて独立を守り続けて来たのだった。

 だが、ある日、突然、ヴァルデス公国の薄氷の平和は終わりを告げる。

ヴァルデス公国の煮え切らない態度に業をにやしたエフゲニア帝国と沙馮シャフーは、背後で手を結んで南北の両面から公国に攻めかかり、公国を強引に二等分しようと図る。

 二張りの魔導弓の所有者であり、公国の外務卿を任されていたグイン・バウムガルトナー伯爵は、エフゲニアと沙馮シャフー、両者に降伏文書を提示するため、中立地であるシャンプール砦へ向かう。

 だが、降伏文書に調印するはずの部屋でグイン・バウムガルトナーは、エフゲニア・沙馮シャフー双方の大使を暗殺し、そのまま行方をくらませてしまう。

 エフゲニアと沙馮シャフーはそれぞれ、相手方の奸計に嵌められたと錯覚して、シャンプール平原で戦闘に突入する。

 この戦いで双方、大きな痛手を被り、軍を撤収させる。

結果、ヴァルデス公国は首の皮一枚で独立を守ることが出来たが、グイン・バウムガルトナー逐電によって、バウムガルトナー伯爵家は爵位を剥奪され、騎士爵に降格されてしまう。

 この「シャンプールの惨劇」は、エフゲニア帝国と沙馮シャフーの双方に、ヴァルデス公国に対する深い憎悪と怨恨を残す事になった。

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