第6話 カルスダーゲン亜大陸の神話
「光あれ」
永遠の混沌の闇の中で、何者かがそう言った。
「無」以外、何も存在しない空間に、極小の光の粒子が生まれた。
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これこそが、今なお、グアルネッリ家のゴーレムマスターたちに、「
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最後に、<
最初の人間は、二人。「男」と「女」である。
永遠の混沌の海の中で、「創造」を行った者は、大いに満足し、こう言った。
「地に満ちよ」
「
しかしながら、<
「人間」の対局としての「巨人」の誕生である。
「創造主」によって、「地に満ちよ」と命じられた「人間」たちよりずっと早く、「巨人」たちは繁殖し、その数を増やして、遍く地上に満ち満ちた。
「巨人の時代」の始まりである。
「巨人」たちは、「人間」よりずっと大きく、強く、
やがて、「巨人」たちから、その亜種である「神々」が生まれた。
「巨人」たちの地上における覇権は、何万年も続き、「巨人」とその亜種、「神々」たちにとって、「人間」とは、地上の覇者である恐竜たちの足元をこそこそと這い回る、ちっぽけな哺乳類の如き、哀れな存在でしかなかった。
ある日、世界の片隅に在る小さな花園で、一体の小妖精が呱々の声をあげた。
花園を吹き過ぎるそよ風の精、「スプライト」である。
この世で最も力弱い存在であるはずの妖精は、誕生の際のちょっとしたアクシデントで、驚くべき
妖精が生まれた花の蕾を、二人の「神々」の少女たちが覗き込んでいたのだ。
少女たちは、花の蕾を見詰めながら、いかにも楽しそうに笑っていた。
「嗚呼、何テ美味シイノカシラ」
本来なら、花芯の蜜や花弁を濡らす露などを吸って、カゲロウのように短い生涯を送る、小さな、小さな存在、スプライト。
スプライトは、「笑い」のエネルギーを吸収した。
この時、このスプライトは「笑い」を糧とするユニーク個体へと変容を遂げた。
妖精ラスティエッジの誕生である。
ラスティエッジは、二柱の「神々」の幼体と並んで飛び、幼い姉妹が交わす、他愛もない会話に耳をそば立てた。
ころころとよく笑う姉妹だった。
二柱の幼い「神々」の笑い声がラスティエッジに膨大なエネルギーを提供した。
しかし、ここで、姉と妹、二柱の「神々」にとんでもない災難が降りかかる。
幼い姉妹は誤って、ある「巨人」のテリトリーに迷い込んでしまったのだ。
大人の「巨人」は、自分の領域に侵入して来た姉妹の姿を認め、嘲笑と共に姉妹を嬲りにかかった。
「巨人」はその巨躯を姉妹の前に誇示し、厳しい声で姉妹を脅した。
「死にたいのか、お前たち」
二柱の幼い「神々」の姉妹は竦み上がり、必死に「巨人」に謝罪した。
「巨人」は。さらに威圧的な態度で姉と妹を威嚇した。
いかに「神々」とはいえ、幼い個体が「巨人」にかなうはずなどない事は分かりきっていることだった。
姉は妹の前に立って、彼女を庇った。
「巨人」は、獰猛に嗤った。
「お前が先に死にたいようだな」
姉妹の傍にいたラスティエッジは、猛烈な「怒り」と「空腹」と「恐怖」を感じた。
「笑エマセン」
自分よりずっと小さく、弱い存在をいたぶって快感を得る輩に対して、ラスティエッジは、激烈な瞋恚を抱いた。
それと同時に感じた猛烈な飢餓は、ラスティエッジが「笑い」を糧とする特殊な個体へ変容している事を如実に表していた。
そして、「笑えない」事態に直面するとエネルギーを吸収できず、自分が飢えて死ぬ事をラスティエッジは理解した。
ラスティエッジは、瘴気を放射した。
地上で最も強大な存在である「巨人」は、一瞬で腐って消え果てた。
ラスティエッジの腹の虫は、それだけでは治らなかった。
ラスティエッジは、腹立ち紛れに、「巨人」たちを全て滅ぼしてやることにした。
地上に君臨する「巨人」たちは、世界の片隅で自分たちにとって最大の脅威となる存在が生まれた事に当初、気が付くことはなかった。
しかし、いやでもそれを知る事になるまで、さほど時間はかからなかった。
最初、ラスティエッジの存在を察知した時、「巨人」たちは怪訝な表情を浮かべた。
地上で最も強大な存在である自分達、「巨人」。
それに挑戦してくる者が出現するなど、数千年の間、「巨人」たちは想像さえした事がなかった。
しかし、すぐにラスティエッジの脅威は、全ての「巨人」たちに知られることとなった。
世界の果てで誕生した小妖精は、見境なく、「巨人」たちを蹂躙し続けていたからである。
ラスティエッジの一方的な進撃に、「巨人」たちは激怒したが、それはすぐに恐怖に変わった。
「巨人」たちは、ラスティエッジと交渉を試み、それが無駄だと知ると、種としての存亡を賭けて、ラスティエッジに立ち向かった。
そしてすぐに、それが完全に無駄な抵抗である事を思い知らされた。
恐怖は、絶望へと変わった。
生き残れる可能性があるとすれば、ラスティエッジに命乞いをする事だけだった。
そして、ラスティエッジはそれを無視した。
ラスティエッジは怒りに任せて、「巨人」たちを殺して、殺して、殺し続けた。
一ヶ月も経たないうちに、ラスティエッジは「巨人」の領域をあらかた灰に変え、殆どの「巨人」を殲滅した。
ようやく、ラスティエッジの腹の虫が治った頃、地上を支配した数百万体の「巨人」は、この世界から消え去っていた。
ラスティエッジの一方的な殺戮から辛うじて逃れることが出来た一握りの「巨人」たちは「堕落」して魔物に成り果ててしまった。
こうやって、「巨人の時代」が終わり、「神々の時代」が始まった。
ラスティエッジによって、世界は滅亡した。
全て、愚か者がラスティエッジを怒らせ、彼女を腹ぺこにしてしまったからである。
ラスティエッジは、人間たちの寄席で馬鹿笑いをするのが大好きだった。
「笑い」を糧とするラスティエッジにとって、寄席はまさにパラダイスだった。
舞台の上に次々に登場する芸人たちは、磨き抜いた芸でラスティエッジに上質な笑いを提供し、ラスティエッジは毎日、この至福の空間で腹を抱えて笑い転げていた。
「巨人」の時代が終わったとは言え、「巨人」たちの後を継いだ「神々」たちもまた、人間にとっては、超越者に等しい存在であった。
人間たちは、「神々」に帰依し、「神々」に祈りを捧げる事で、その庇護を乞うた。
「神々」は、上位者である「巨人」たちが地上から消滅した事で次第に傲慢になり、「神々」の中の至高の存在「最高神」の座を巡って争うようになった。
「神々」は、敵対する「神々」と戦うために「神の兵器」を創造する。
これが人間の時代となった現在も伝承されている「魔神器」である。
「神々」は、他の「神々」と戦う時、人間の存在を気にかける事など微塵もなかった。
「巨人」たちにとって、人間がそうであったように、「神々」にとっても、人間など、足元を這い回る地虫に等しい存在でしかなかったからである。
ある日、ラスティエッジはいつものように、寄席で笑い転げていた。
ラスティエッジの隣には、彼女の友人である人間の少女が座っていた。
ふと、寄席の上空に大きな影が差し掛かった。
見上げると、二柱の「神々」が大空で戦っていた。
一方が火炎の魔法を放った。
もう一方が、防御魔法でそれを弾いた。
そして、弾かれた火炎魔法が寄席を直撃した。
ラスティエッジは、瘴気のバリアで魔法を防いだが、人間たちに同じ真似は出来なかった。
寄席は紅蓮の炎に包まれ、人間たちは悲鳴を上げる間も無く、焼け死んでしまった。
ラスティエッジは、呆然となった。
ラスティエッジの友人である少女が、物言わぬ消し炭と変わっていた。
無限の寿命を持つラスティエッジにとって、少女の母親も祖母も、そのまた母親も祖母も、代を継いで彼女の大切な友人であり続けた。
その少女が、黒焦げの死体になっていた。
「笑エマセン」
ラスティエッジは、再び、激甚な
ラスティエッジは、上空に向けて瘴気を放ち、二柱の「神々」を一瞬で灰に変えた。
もちろん、そんな事でラスティエッジの怒りを鎮める事などできるはずがなかった。
ラスティエッジは、腹立ち任せに「神々」を全て滅ぼしてやる事にした。
そこから先は、「巨人」の時代に起こったのと同じ事が、また繰り返された。
ラスティエッジは怒りに任せて、「神々」を殺して、殺して、殺し続けた。
「神々」たちの哀願も、命乞いも、非難も全て無視して、ラスティエッジは一方的な殺戮を続けた。
一ヶ月も経った頃、「神々」の領域はその殆どが灰となり、「神々」は地の果て、空の極み、水底の底の底までも逃げ延びた、わずかな数を残して全滅した。
こうして、「巨人の時代」に続き、「神々の時代」が終わった。
ラスティエッジによって、世界は二度目の滅亡を迎えた。
全て、愚か者がラスティエッジを怒らせ、彼女を腹ぺこにしてしまったからである。
殺すべき「神々」が消え去って久しく、ラスティエッジの腹の虫はやっと治った。
ラスティエッジは、戦場に転がっていた赤錆だらけの安物の短剣を見つけた。
ラスティエッジは、その柄の部分に嵌め込まれた、赤いガラスの珠の中に入り込んで永い眠りに就いた。
その短剣こそが、未だ地上に顕現した事のない魔神器「
「
そしていつか。「
ともあれ、こうやって「人間の時代」が始まった。
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