第2話 襲撃

「神の盾 ヴァヌヌの物語」


「追えッ、逃すなッ‼︎」

 疾走する馬車を盗賊たちの怒声が追いかけてくる。

円弧を模る炎の魔法が馬車に向かって飛来した。火炎系の初球魔法フレイムエッジだ。

「プロテクション」

 馬車のボディ後方に備えられた従僕用のランブルシートに陣取った少年が、前面に防御魔法を展開させる。

 フレイムエッジが防御魔法に弾かれ、火の粉となって爆散する。

馬車前方の御者台では、御者であるロレンツォが馬に鞭をくれながら、盗賊たちの攻撃を防ぐために、適宜、防御魔法を展開し続けている。

 盗賊の一人が、馬車を転倒させるために車輪に太い木の棒を突っ込もうとする。

馬車を護衛するヴァンゼッティ家の私兵が片刃の剣で、無造作にその男を斬り伏せる。

 冒険者のような出で立ちに身を包んでいるが、それは、この馬車が貴族の所有である事を隠蔽するための偽装だ。

 彼らはヴァンゼッティ男爵家が養う私設の兵士集団であった。

馬車を囲んで、盗賊たちの襲撃から車中の主人を守る私兵たちはヴァヌヌとロレンツォを除いて、六人。

 それに対して、追い縋ってくる盗賊たちの数は二十名ほどだ。

状況は、圧倒的に不利だ。

 ランブルシートで仁王立ちになって、馬車の中にいる主人を守り続けてきた少年は、唇を強く噛み締めた。

 この時期は、街道筋に跳梁する盗賊、山賊どもの活動が活発になる。

その狙いは、公都ヴァイスベルゲンの公立魔導アカデミーに入学するために上京する貴族の子弟たちの行程を襲撃することだ。

 これから数年間を公都で過ごすために、貴族の子弟たちは、新しく購入した道具や調度品、什器、宝石、衣服などを数多く、持参している。

 それだけでひと財産であったし、お付きのメイドが同行していれば、若い女は公都の私娼窟で高く売れる。

 何より、貴族様のご令息、ご令嬢を人質にとれば、莫大な身代金をせしめることが出来る。

 破落戸ごろつきどもにとっては、一年に一度の稼ぎ時と言う訳だ。


ヴァンゼッティ家は、作戦を誤ったのだ。


少年ヴァヌヌは、唇を噛んだ。

 盗賊の襲撃をかわすやり方には、ふた通りある。

ひとつは、光輝く胸甲に身を包んだ騎士たちを大勢、旅程に随行させ、あからさまに武力を見せつけることによって、野盗の類を寄せ付けないようにするやり方。

 もうひとつは、馬車の一行をそのまま、普通の商隊のそれに偽装するやり方だ。

盗賊たちに、あんな貧相な馬車を襲っても、大した実入りにはならないと思わせることだ。

 今回、ヴァンゼッティ男爵家の長男、チェーザレ・ヴァンゼッテイのアカデミー入学のための道行は、後者のやり方で実行された。

 そして、それが完全に裏目に出たという訳だ。

また、魔法による攻撃が仕掛けられて来た。

 氷雪系の魔法、アイスエッジだ。

ヴァヌヌは、また防御魔法「プロテクション」を展開して、魔法による攻撃から車中の主人を守った。

「チェーザレ様、気持ちを強く守って下さい。何があっても、絶対に鍵を開けないで」

 馬車の中にいるチェーザレからは、返事がない。

前方を警戒しながら、背後を振り返るとチェーザレと呼ばれた少年が、豪華なクッションに頭を突っ込んで、ぶるぶると震えているのが見てとれた。

 チェーザレは、幼少の頃から父親であるヴァンゼッティ男爵が金にモノを言わせて雇い入れた優秀な魔法使いたちから魔法の手解きを受けていた。

 また、チェーザレは常々、自分がいかに優秀な魔法の使い手であるかを吹聴してきた。

 それが、いざとなったら、この体たらくだ。

ヴァヌヌは、防御魔法で盗賊たちの攻撃を防ぎながら、奇妙な違和感を感じていた。

 高々、数名の護衛を伴うだけの馬車を襲撃するには、盗賊たちのやり方はあまりに大掛かりすぎる。

 まるで、この馬車が貴族の所有物である事を最初から知っていたかのようだ。

再び、火炎系の魔法フレイムエッジが馬車を襲う。

 馬車の斜め前方を馬で疾駆する若い盗賊が、振り向きざまに炎の攻撃魔法を放って来たのだ。

 この攻撃は、御者台で二頭建ての馬を操るロレンツォが、防御魔法で防ぐはずだった。

 しかし、大きな衝撃を感じて、ヴァヌヌは後ろを振り返った。

フレイムエッジが、馬車のボディに命中していたのだ。

 主人であるチェーザレを内部に閉じ込めたまま、ワゴンは炎上した。

「チェーザレ様」

 ヴァヌヌは、ランブルシートから車体後方のガラスを叩く。

「チェーザレ様、ドアを、ドアの鍵を開けて下さい‼︎」

 盗賊の侵入を防ぐために、車体の扉は内側から施錠されている。

ヴァヌヌの声が聞こえないはずはないのに、チェーザレは駝鳥のようにクッションに顔を埋めて震えているだけだ。

 覚悟を決めて、ヴァヌヌはドアノブに手をかけて、力任せにそれを捩じ切ろうとする。

 ドアノブは炎の熱を浴びて、赤熱していた。

ジュッという音がして、ヴァヌヌの掌の皮膚と肉が焼け爛れた。

 苦痛を堪えながら、ヴァヌヌは力を込め続ける。

鍵の内部シリンダーが破壊され、ドアノブが無理矢理にもぎ取られた。

「チェーザレ様」

 背が低く、小太りの少年が中から飛び出して来た。

邪険にヴァヌヌの身体を払いのける。

「ど、退けっ」

 そのまま、御者台へ移り、ロレンツォを突き飛ばして、チェーザレは馬車と馬を繋ぐ馬具をナイフで切り裂いた。

 チェーザレは、馬車を曳く二頭の馬のうち、芦毛の雄馬に飛び乗って、馬の尻を平手で叩いた。

 驚いた雄馬が一瞬、棒立ちになった後、 チェーザレを乗せ、馬車を置き去りにして疾走し始めた。

「チェーザレ様、離れては駄目です」

 だが、パニック状態に陥っているチェーザレは、後ろを振り返らず、さらに馬の速度を上げる。

 盗賊たちの首領らしき男が叫んだ。

「あれだ! あいつが男爵家の餓鬼だ。逃すなっ‼︎」

 ヴァヌヌは、御者台のロレンツォに視線をやった。

フレイムエッジを被弾した際、ロレンツォ自身も半身にかなりの火傷を負っているようだった。

 ヴァヌヌは、馬車に残されたもう一頭の栗毛の雄馬をくびきから解放した。

栗毛の手綱を握り締めると、両の掌に抉るような痛みが走る。

 ヴァヌヌの掌の皮膚は溶け落ちて、赤い肉が剥き出しになっている。

苦痛に耐えながら、ヴァヌヌは雄馬を駆る。

 数人の盗賊たちが、左右からヴァヌヌの乗った馬を追い越して行く。

首領らしき男が、業を煮やして怒号した。

「チッ、多少、痛めつけても構わねェ。馬ごと、やっちまえ‼︎」

 盗賊たちが馬上で魔法を放つための印契を結ぶ。

「チェーザレ様ッ‼︎」

 一刻の猶予もなかった。

 ヴァヌヌは、ずっと練習してきた、とっておきの魔法を使用する決心をした。

右手の人差し指と中指を揃え、前方を疾走するチェーザレの背中に照準を合わせる。  

 おそらく、地上でヴァヌヌのみにしか行使できない、特別な魔法が放たれた。

「リモート・プロテクション」

 チェーザレの身体が、淡い光芒に包まれる。

それは、最も基本的な防御魔法「プロテクション」であったが、それが術者から離れた位置にいる第三者に作用することは、常識ではありえない事だった。

 盗賊たちが放った魔法が、チェーザレを包む魔法の障壁に遮られ、弾け散った。

盗賊たちが何が起こったのか理解できず、唖然として目を剥いた。

 チェーザレ自身も驚いて、手綱を強く手前に引っ張ったので馬が後ろ脚で棒立ちになる。

 チェーザレは、無様に地面に転げ落ちる。

盗賊たちが馬の脚を止め、チェーザレの周囲を囲む。

 ヴァヌヌは馬から飛び降り、チェーザレを背中に庇って、盗賊たちと対峙した。

ヴァヌヌは、防御魔法「プロテクション」を自分自身と、自分と同い年の主人のために展開する。

 チェーザレは、ガタガタと震えながら、ヴァヌヌに命じた。

「か、構わないから、攻撃魔法でみんな、殺してしまえ、ヴァヌヌ」

「…僕は攻撃魔法を使えないのです。ご存知でしょう」

 チェーザレが息を呑んだ。

盗賊団の首領が、勝ち誇ったせせら笑いを浮かべた。

「手間をかけさせやがって… 男爵家の坊ちゃんは、身代金かねに換えないといけねェから、傷を付けたりはしねェけどよ……  鬱陶しい従卒の餓鬼は、ちいとばかし、痛い目を見てもらうぜ…  俺らの仕事を邪魔してくれた礼だ、へへッ」

 首領は、胴巻から湾曲した短剣を取り出して、赤い舌でべろりと刀身を舐めた。


これまでか。


 同い年の主人を背中に庇いながら、ヴァヌヌは死を覚悟した。

その時、多数の馬蹄の音とともに、空気を切り裂く喇叭の音が響き渡った。

 ハッとして、ヴァヌヌが後方を振り返る。

「フルール・ド・リス」の旌旗を掲げた旗手を先頭に、鈍色に輝く胸甲を纏った騎士の一隊が土煙を舞いあげて、こちらへ殺到してくる。

 「フルール・ド・リス」、つまり、アイリス(百合)の意匠は、ヴァルデス公国を支配する大公家の紋章だ。

 つまり、ヴァルデス公国の正式な騎士団であると言う事だった。

「チッ、退却! 退却だッ」

 盗賊団の首領が、慌てて馬首を返す。

盗賊たちもそれに倣う。

 逃走を始めた盗賊たちを追って、騎士団がヴァヌヌとチェーザレの傍を風のような速さで駆け過ぎて行く。

 ほっと安堵の息を吐いて、ヴァヌヌは主人を振り返った。

ツンというアンモニアの匂いが、ヴァヌヌの鼻腔を刺激する。

 チェーザレは、失禁していた。ヴァヌヌは、上着を脱いで、チェーザレに着せかけようとした。

「余計な事をするなッ」

 そう吐き捨てて、チェーザレは邪険にヴァヌヌの手を跳ね除けた。

「も、申し訳ありません…」

 とりあえず、チェーザレも自分も無事だった。

今は、それで良しとすべきだろう。


 暗闇の中で焚き火の火が燃えている。

公都ヴァイスベルゲンまで。後一日。今宵は最後の野営だ。

 火の番人は、老御者ロレンツォであった。

ロレンツォは、闇の中で揺れる炎を見詰めながら、ずっと沈黙を守っている。

 ロレンツォの後ろへ音もなく、一つの人影が近付いた。

「火傷の具合はどうですか、ロレンツォさん」

 炎を見詰めたまま、ロレンツォは答えた。

「君こそ、大丈夫なのか。掌にひどい熱傷を負っただろう、ヴァヌヌ」

 ヴァヌヌは、ロレンツォの隣に腰を降ろした。ヴァヌヌの両手は白い包帯に覆われてる。

「…ロレンツォさんにお聞きしたい事があります」

「……」

「ヴァンゼッテイ家の長男チェーザレ様を乗せた馬車が、本日、この近辺を通過するという情報を盗賊団に漏らしたのは、ロレンツォさん、あなたですね」

「…なぜ、そう思うんのだね」

「わずか十名足らずの馬車の一行を襲撃するには、盗賊どもは数が多すぎました。まるで、民間人に化けた兵士たちが馬車を守っていることをあらかじめ、知っていたかのように。それに盗賊の首領らしき男は、単騎で逃走する少年をチェーザレ・ヴァンゼッティその人である事を即座に認めました。更に、火炎魔法フレイムエッジが飛来した時、あなたはわざと防御魔法を展開しなかった。そのため、馬車のワゴンが炎上して、危うくチェーザレ様は焼け死ぬ所でした。全て、あなたの仕業としか思えません」

 ロレンツォは炎を見詰めたまま、ふっと微笑した。

「あなたがそうした理由は、お嬢さんですか」

「アマンダの事を聞き及んでいるのだね、ヴァヌヌ」

「チェーザレ様が、アマンダさんを…… あなたの一人娘を手籠にしたと…」

「少し、違うな… チェーザレ様は、いや、あの犬畜生は、言うことを聞かないと父親を馘首クビにするぞと脅して、アマンダに関係を迫ったのだ…」

 焚き火の中で、乾いた枝が爆ぜて火の粉を巻き散らした。

「アマンダは仕方なく、何度かチェーザレ様と関係を持ったらしい… 心配をかけたくなかったのだろう、わしには何も言わなかったがね…」

「……」

「そうこうするうちに、アマンダはチェーザレ様の子をみごもってしまった。それをチェーザレ様に告げると、あの方はこう言ったそうだ。『お前、落とし子を産んで、ヴァンゼッテイ家の跡取りにでもするつもりか』とね。そして、娘に銀貨一枚を投げて寄越した。その後、こう言ったそうだ。『その金で腹の餓鬼を堕ろしてこい』とな…」

 ロレンツォは、虚な表情で焚き火に乾いた木の枝を投げ込んだ。

「メイドの安月給に銀貨一枚を加えても、まともな医者にはかかれない。アマンダは、村のモグリ医者に頼んで、お腹の子を堕胎した。その帰り、アマンダは土手の下の小道で倒れた。アマンダの下半身は、真っ赤な血で染まっていたそうだ…」

 ロレンツォは、顔を上げて星空を見上げた。

「それからずっと、アマンダはベッドに伏せったままだ。押し黙ったまま、時々、光を失った眼で、外の風景を眺めている。娘は、もう子供を産む事が出来ないかもしれないそうだよ。子供好きで、誰よりも明るく笑う娘だったあの子が…」

「だから、チェーザレ様に復讐しようと?」

「…告発したければ、すればいい。わしにはもう、何も残っておらん」

「でも、娘さんは…… アマンダさんはまだ、生きています」

「生きていると言える状態かね」

「それでも、生きていかねばなりません。ロレンツォさん、辞表を出して下さい。チェーザレ様の従卒として、あの方に危害を加えようとする人物をお側に置く事はできません。ロレンツォさん、ヴァンゼッティ家の家令であるヴィターリ様は、アマンダさんの件でロレンツォさんに同情的です。今、男爵家を辞すれば、ヴィターリさんは正規の退職金に加えて、かなりの金額を上乗せして下さるはずです」

 ロレンツォは、自嘲的に笑った。

「上乗せ分は、慰謝料と口止め料かね」

「アマンダさんの傷ついた身体と心を癒すには、時間が必要です。その間、お金も必要になります。ですが、アマンダさんが一番、必要としているのは、他ならぬあなたです。あなたが処罰されたら、誰がアマンダさんの面倒を看るのですか」

 ロレンツォは項垂れた。

十四歳の少年に諭されるまでもなく、大事な一人娘を守ることが出来るのは、ロレンツォだけである事は嫌というほど、分かっていた事だ。

「ヴァヌヌ、君の言う通りだ。公都ヴァイスベルゲンに着いたら、辞表を出すよ。君の厚意に心から感謝する…」

 ヴァヌヌは、寂しそうに笑った。

「あなたからは、たくさん、教わりました。一生、忘れるません」

「ヴァヌヌ、先ほどの魔法は何だったのだ。かなり離れた位置にいたチェーザレ様に防御魔法を展開させていたようだが… どうやって、あんな事ができるのだ?」

「たくさん、練習しましたからね。これでも、将来は、魔術師マージ志望ですから」

 そう言って、ヴァヌヌはまた寂しげな笑みを浮かべた。

「しかし、ヴァヌヌ。君の魔核は…」

 魔法が存在するこの世界では、人間は人体に「ボアズ(Boaz)」と「ヤキン(Jachin」という、二つの「魔核」と呼ばれる霊的中枢を備えている。

 「ボアズ」と「ヤキン」は肉眼で見えるものではなく、外科手術などで取り除くことができるものでもない。

 「魔核」は、自然界に存在する「マナ」と呼ばれる外在的魔法エネルギーを、「オド」という人体内の内在的魔法エネルギーへ変換する。

 「魔核」は、魔法を行使する者たちにとって、最も重要な器官なのである。

目に見えずとも、「ボアズ」は、右肺の上部に存在し、「ヤキン」は、左肺の上に存在している。

 そして、「ボアズ」は、攻撃魔法を司り、「ヤキン」は、防御魔法を司どっている。

ヴァヌヌはチェーザレの父親であるヴァンゼッティ男爵によって、攻撃魔法を司る「魔核」=「ボアズ」を潰されていた。

 不可視であっても、外から強力な魔力を照射することによって、「魔核」を破壊することは可能なのだ。

 チェーザレは、父親のヴァンゼッティ男爵に、「ヴァヌヌが攻撃魔法で自分を傷付けようとした」と讒言を吹き込んだ。

 今から、二年前のことだ。

亜大陸の外から入り込んで来た流人の子供であるヴァヌヌは、幼いころからヴァンゼッティ家の用人として働き、将来は、優秀な魔術師マージになることを夢見て、忙しい仕事の合間に魔法の練習に励んで来た。

 魔法の才能に恵まれていたヴァヌヌは、熱心に練習し続けてきたこともあって、その年齢にしては高度な魔法をいくつもマスターしていた。

 それが、チェーザレの気に触ったのだ。

チェーザレ自身は、父親が雇ってくれた優秀な教師たちから魔法の実技と理論を学んでいた。

 しかし、生来、怠け者であるチェーザレはろくに訓練も勉強もして来なかった。

だからこそ、限られた時間の中で練習に励み、自分より高いレベルの魔法を行使できるヴァヌヌが気に入らなかったのだろう。

 チェーザレの讒言によって、ヴァヌヌは拘束され、チェーザレの教師たちの手で強力な魔力を「ボアズ」に照射されて、「魔核」の機能を破壊されたのだった。

 ヴァヌヌはそれによって、攻撃魔法を行使する能力を永遠に喪失した。

防御魔法を担当する「ヤキン」まで破壊されなかったのは、絶望したヴァヌヌから立場や身分を超えた復讐を受ける事を警戒したのだろう。

 ロレンツォは、ヴァヌヌの痩せた首筋を見やった。

「君は、どうしてそんな仕打ちに耐えられるのだ」

「男爵様は、チェーザレ様の従者として、僕にも公立魔導アカデミーで学ぶ機会を与えて下さいました」

「ふふっ、流石に後ろめたかったのだろうさ……」

「それでも、四年間、僕はチェーザレ様と共にアカデミーで魔法を学ぶ事ができます。あの事件がなかったら、僕は一生、ヴァンゼッテイ男爵家の小間使いで終わっていたはず」

「……強いのだな、君は。さっきの魔法だが……」

「僕に残されたのは、防御魔法を司る魔核『ヤキン』だけです。だから、防御魔法を複数、展開したり、離れた位置に設置したりとか、自分なりに工夫して来たのです」

 ロレンツォは、深く心を打たれた。

「君は冤罪で、永遠に攻撃魔法を奪われたのだぞ」

「でも、生きています」

「攻撃魔法を奪われるのは、騎士になりたいと願う少年が、剣を奮う利き腕を斬り落とされたようなものだ」

「それでも、生きていかなくてはなりません」

 ロレンツォは暫し、沈黙した。

「君はどうして、そんな不公平に耐えられるのだ?」

 また、焚き火の中で火の粉が弾けた。

一瞬、ヴァヌヌの顔が光に照らされた。

「…僕の人生で、公平なことなど何一つ、ありませんでしたよ」

 暗闇の中で、森の賢人コノハズクが、陰気な歌を歌っている。


後に「神のイージス」と呼ばれ、魔術師マージの戦術に革命を起こすことになる十四歳の少年ヴァヌヌ。


――公立魔導アカデミー入学式まで、後、一ヶ月。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る